113 / 205
第七章 彼女を想うヒルスの物語
113,機嫌の悪い彼女
しおりを挟む◆
重い瞼を開くと、なぜか俺は自分のベッドの上で横たわっていた。全身が熱く、脱力感が半端じゃない。頭の中を継続的に軽い力で誰かに殴られているような気分だ。
(おかしいな、昨日パブで飲んでたんだよな……)
記憶が途中から全くない。トイレに行ったところまでは覚えているが、その後はどうしたか。
思い出せない事態に、俺は嫌な予感がした。
よろめく足をなんとか立たせ、ベッドから起き上がると、キッチンで料理をしているレイの姿が目に映る。
「……レイ」
小さく俺が声を掛けるが、レイは気付いていないのだろうか、手を止めることなく料理に集中している。わざと視界に入るようキッチンに近づくと、彼女はやっとこちらに目を向けてくれた。
「……おはよう。起きたんだね」
「うん、おはようレイ」
気のせいだろうか。レイの声が冷たいように感じる。笑いもしない。いつもなら可愛らしい笑顔を向けてくれるのに。
ああ、まずいな。胸騒ぎがする……。
俺は恐る恐るレイに昨日のことを聞いてみた。
「なあ、レイ。昨日の帰り……どうしたんだっけ」
そう問われると、レイは一度料理をする手を止める。
「あの後、ヒルスが寝ちゃったからタクシーで家まで帰って来たんだよ。ジャスティン先生とジェイク叔父さんに手伝ってもらったの」
無表情で話すレイを前に、俺は心の中で叫んだ。「やってしまった」と。
「そうか、ごめん。俺、あんまり酒強くなくて……」
「それは仕方ないよ。そんなの私じゃなくて先生と叔父さんに謝るだけでいいし」
「えっ」
「それよりさ、ヒルスは……他に、言うことはない?」
野菜スープの入った鍋をかき混ぜながら、レイは怒っているような、いや、不機嫌そうな表情でいるんだ。
(何だ? 他に何か悪いことしたかな)
未だに働こうとしない頭を必死に叩き起こし、記憶を掘り起こすが──思い当たる節がない。
何も答えられないでいると、レイはコンロの火を止めて小さくため息を吐く。
「……覚えてないんだね。それならもういいよ」
レイは、俺に背を向けて洗い物をさっさと済ませていた。
未だに寝ぼける頭のままで考えたところで、本当に思い出せないんだ。
機嫌が悪そうなレイと話しづらくなってしまった俺は、逃げるように洗面所に向かって歯を磨き始める。
(滅多なことで怒らないレイが、どうしてあんなに冷たいんだろう)
ぼんやりしながら俺が思考を巡らせていると、レイが俺の隣にやって来た。上着を羽織り、肩にバッグを下げて、今から外出する様子だった。
「私、これから出掛けるね」
「どこへ行くんだ?」
「……友達と約束があるの」
「そうか。じゃあ夕飯は俺が用意しておくから、ゆっくり楽しんでこいよ」
「別に楽しむようなことじゃないんだけどね」
「うん?」
「ごはん作っておいたから食べてね。もうすぐランチタイムだし」
レイに言われて俺はそこで初めて時計を確認した。既に十一時を回っている。……どれだけ眠っていたと言うんだ。
「ごめん、レイ。こんなに遅くまで寝てたなんて。それで、怒っているのか?」
「怒っているわけじゃないよ。今日はお休みなんだから、別に寝坊してもいいんじゃない」
そう言ってくれるレイだが、やはり話しかたがいつもより冷たい気がした。
「行ってくるね」
最後まで俺に笑みを向けてくれることもなく、レイは出掛けて行った。ゆっくりと玄関ドアが閉まると、俺は妙な寂しさを感じてしまう。
──その後一人で黙々とブランチを食べていると、俺のスマホが着信音を鳴り響かせる。画面を確認してみると、フレアからのテキストメッセージだった。
《今日時間ある?》
俺はスープを飲みきってから返信を打ち込む。
《暇だよ》
《分かった。ヒルス、今からスタジオ近くのカフェに来なさい》
フレアからの突然の呼び出しに俺は少し戸惑う。しかし、今日は特にやることもないので、俺はフレアの誘いに応じることにした。
そこでも俺はなぜか冷たい態度を取られるはめになるんだ。
数分後に待ち合わせのカフェを訪れると、既にフレアが席に着いて待っていた。
眉間に皺を寄せ、腕を組み、笑顔なんて程遠い表情を浮かべるフレアは明らかに機嫌が悪い。
「急にどうしたんだよ」
「うん。まあ座って。何頼む? 紅茶?」
「そうだな」
俺が向かいの席に座ると、フレアはコーヒーを一口飲んで鋭い目つきになるんだ。
「ヒルス……昨日はやらかしたわね」
「ええと? 帰りのことか」
「帰りに先生やジェイクに迷惑かけたことはもちろんだけど、それよりももっと大変なことをしたじゃない」
「えっ? フレアまでなんだよ」
レイにもフレアにも責められているような気がして俺は頭を抱える。どんなに考えても俺の記憶は甦らないのだからどうしようもない。
「まさか、覚えてないの?」
「何の話をしているのかさっぱりだ」
目線を下に落とし、俺は小さく頷くしかない。そんな俺の前で、フレアは大きく息を吐く。
「あなたがお酒に弱いのは分かっているけど、昨日はいつもより酔いが早かったわね」
「そうだな。二杯しか飲んでいなかったはずなのに」
フレアは無表情で俺の顔を見つめ、小声で言うんだ。
「帰ったらレイちゃんに謝ったほうがいいわよ」
「だから何を」
「だってあなた昨日──」
俺はフレアの話を聞いて驚愕した。それと同時に、自分自身の行動が許せなく、殴り飛ばしたくなるほどの怒りが込み上げてくる。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる