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第四章 あの子と共に
83,悲鳴
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家が近づくにつれ、いつもは閑静な住宅街の中が妙に騒がしくなってきたの。町と町の間で響き渡るのは、複数の消防のサイレンの音だった。
「凄い音だね……どこかで火事かな? 救急車の音もするね」
私が呟く声がかき消されそうになるほど、町に響く警報音がうるさく鳴り続ける。
最初は全然意識していなかったけれど──何となく、私たちが帰る方角へ消防車も向かっていることに気がついた。隣町の方からも緊急車両が出動しているようで、ヒルスは何度か道を譲ったの。
おかしい。何だろう……この得体の知れない嫌な予感は。
「家の方向で何かあったのかな……?」
家に近づけば近づくほど、サイレンの音が大きくなっていく。どうしても違和感が拭えない。
「いや、まさかな」
ヒルスは低い声で独り言のようにそう漏らす。
不安になってしまう。私はじっと彼を見つめた。
「ねえ、ヒルス」
「ん?」
彼の両手はハンドルを握りながら微かに震えている。
「違うよね」
「何が?」
「違うって、言ってよ」
「だから、何が……?」
抽象的な会話で、お互いに何を言いたいのか分からない。
ううん。分からないんじゃなくて、言いたくなかっただけ。
不安を乗せたまま走る車は、やがて私たちの家のすぐ近くまで辿り着いた。次の角を曲がれば、帰るべき場所がある。
なぜだろう。そこには多くの野次馬のような人々が集まっていて、更には消防車や救急車が何台も停まっていた。消防隊が何十人もいて、忙しなくあちこち動き回っている。
どうしてみんな、私たちの家がある方を見て不安そうな顔をしているの? 何をそんなに慌てているの……?
異様な光景を目の当たりにして、全身が硬直していく。
ヒルスは震えながらゆっくりと車から降りていった。
吐きそうなくらい動悸がした。私はケーキの箱を持って彼を追って外に出る。ヒルスの隣に並ぶと、その震える手をギュッと握り締めた。
するとヒルスは、瞳の奥を怯えた色に染めながらも私の顔をじっと見つめて小さく頷くの。
きっとこれは、ただのボヤ騒ぎか何かだよ。心配することなんてない。すぐそこの角を曲がって家が無事だというのを確認して、安心すればいいだけの話。
そう言い聞かせてみるのに、身体は正直だった。全身から汗が流れ出てきて、どうしても止められない。
ヒルスは私の冷たい右手を握り返してから、ゆっくりと歩みを進めた。
大丈夫。大丈夫だから。何も、怖いことなんてないよ……。
無表情と無言のまま野次馬たちの間をかき分け、私たちは息を乱しながら前へとゆっくり進んでいく。
──そして私たちは見てしまった。直視できないほど眩しく、真っ赤に燃え上がる炎を。夜空をもくもくと漂う不気味な黒い煙を。
その発生源は他のどこからでもなく、私たちが帰るべき場所からだった。
目の前で起きている状況が全然認識できない。
衝撃のあまり、私は手に持っていた白い箱を落としてしまう。グシャッとケーキが崩れる音が聞こえた気がした──
消防士たちが懸命に消火活動をしているというのに、私たちの家は全く鎮火する気配がない。炎に包まれ、至るところが黒く焼け焦げていく。物凄い音を立てて今にも崩れそうになっていた。
「お父さん、お母さん……!」
私は思わず震えた声で叫んだ。炎の燃える音と、野次馬が騒ぐ声と、消防士たちの慌ただしい叫び声で、私の悲鳴なんてかき消されてしまう。
だけど。だけど、だけど……叫ばずにはいられないの。
私はヒルスの手をバッと離し、燃え盛る炎に向かって走り出した。
「お父さん、お母さん!」
何度も何度も父と母を呼び、無我夢中になって燃え盛る炎へと駆けていく。
熱さなんて関係ない。もしも二人があの中にいたら。そう考えると、いてもたってもいられなくなった。
「あっ……お嬢さん! ここは危険だから近づかないで!」
けれど私の邪魔をするように、その先にいた消防士に行く手を阻まれてしまう。それでももがき続け、燃え崩れていく家に向かって私はひたすら叫び続けた。
「お父さんお母さん、どこにいるの? お父さん、お母さん!!」
「……この家の方ですか……」
「ねえ、お父さんとお母さんはどこにいるの⁉ 教えて。教えてよ!」
「今はまだ何も分からない状態なんです」
「お父さんたちは、避難したの⁉ まだ家の中にいるなんてことはないでしょう? 助けて。お父さんとお母さんを助けてよ……!」
まともに会話なんてできなかった。私を遮る消防士の腕を払いのけようと暴れ回る。
「凄い音だね……どこかで火事かな? 救急車の音もするね」
私が呟く声がかき消されそうになるほど、町に響く警報音がうるさく鳴り続ける。
最初は全然意識していなかったけれど──何となく、私たちが帰る方角へ消防車も向かっていることに気がついた。隣町の方からも緊急車両が出動しているようで、ヒルスは何度か道を譲ったの。
おかしい。何だろう……この得体の知れない嫌な予感は。
「家の方向で何かあったのかな……?」
家に近づけば近づくほど、サイレンの音が大きくなっていく。どうしても違和感が拭えない。
「いや、まさかな」
ヒルスは低い声で独り言のようにそう漏らす。
不安になってしまう。私はじっと彼を見つめた。
「ねえ、ヒルス」
「ん?」
彼の両手はハンドルを握りながら微かに震えている。
「違うよね」
「何が?」
「違うって、言ってよ」
「だから、何が……?」
抽象的な会話で、お互いに何を言いたいのか分からない。
ううん。分からないんじゃなくて、言いたくなかっただけ。
不安を乗せたまま走る車は、やがて私たちの家のすぐ近くまで辿り着いた。次の角を曲がれば、帰るべき場所がある。
なぜだろう。そこには多くの野次馬のような人々が集まっていて、更には消防車や救急車が何台も停まっていた。消防隊が何十人もいて、忙しなくあちこち動き回っている。
どうしてみんな、私たちの家がある方を見て不安そうな顔をしているの? 何をそんなに慌てているの……?
異様な光景を目の当たりにして、全身が硬直していく。
ヒルスは震えながらゆっくりと車から降りていった。
吐きそうなくらい動悸がした。私はケーキの箱を持って彼を追って外に出る。ヒルスの隣に並ぶと、その震える手をギュッと握り締めた。
するとヒルスは、瞳の奥を怯えた色に染めながらも私の顔をじっと見つめて小さく頷くの。
きっとこれは、ただのボヤ騒ぎか何かだよ。心配することなんてない。すぐそこの角を曲がって家が無事だというのを確認して、安心すればいいだけの話。
そう言い聞かせてみるのに、身体は正直だった。全身から汗が流れ出てきて、どうしても止められない。
ヒルスは私の冷たい右手を握り返してから、ゆっくりと歩みを進めた。
大丈夫。大丈夫だから。何も、怖いことなんてないよ……。
無表情と無言のまま野次馬たちの間をかき分け、私たちは息を乱しながら前へとゆっくり進んでいく。
──そして私たちは見てしまった。直視できないほど眩しく、真っ赤に燃え上がる炎を。夜空をもくもくと漂う不気味な黒い煙を。
その発生源は他のどこからでもなく、私たちが帰るべき場所からだった。
目の前で起きている状況が全然認識できない。
衝撃のあまり、私は手に持っていた白い箱を落としてしまう。グシャッとケーキが崩れる音が聞こえた気がした──
消防士たちが懸命に消火活動をしているというのに、私たちの家は全く鎮火する気配がない。炎に包まれ、至るところが黒く焼け焦げていく。物凄い音を立てて今にも崩れそうになっていた。
「お父さん、お母さん……!」
私は思わず震えた声で叫んだ。炎の燃える音と、野次馬が騒ぐ声と、消防士たちの慌ただしい叫び声で、私の悲鳴なんてかき消されてしまう。
だけど。だけど、だけど……叫ばずにはいられないの。
私はヒルスの手をバッと離し、燃え盛る炎に向かって走り出した。
「お父さん、お母さん!」
何度も何度も父と母を呼び、無我夢中になって燃え盛る炎へと駆けていく。
熱さなんて関係ない。もしも二人があの中にいたら。そう考えると、いてもたってもいられなくなった。
「あっ……お嬢さん! ここは危険だから近づかないで!」
けれど私の邪魔をするように、その先にいた消防士に行く手を阻まれてしまう。それでももがき続け、燃え崩れていく家に向かって私はひたすら叫び続けた。
「お父さんお母さん、どこにいるの? お父さん、お母さん!!」
「……この家の方ですか……」
「ねえ、お父さんとお母さんはどこにいるの⁉ 教えて。教えてよ!」
「今はまだ何も分からない状態なんです」
「お父さんたちは、避難したの⁉ まだ家の中にいるなんてことはないでしょう? 助けて。お父さんとお母さんを助けてよ……!」
まともに会話なんてできなかった。私を遮る消防士の腕を払いのけようと暴れ回る。
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