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第四章 あの子と共に
78,親密なペアダンス
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──白い長袖プルオーバーを着て、ショートパンツに履き替える。メイク直しを済ませ、長い髪の毛を整えた。準備を終えると、私は舞台裏でヒルスと合流した。
ヒルスは全身黒のストリート系の服を纏っている。普段はナチュラルな格好をしていることが多いから、ダンスの衣装になるとガラッと印象が変わるの。ダンサーとしてのヒルスは更に格好いい。
二人並んで柔軟体操を始めた。けれどその間、私は色々と考え込んでしまいどうしても口数が減ってしまう。
「レイ」
屈伸運動をしながら、ヒルスはじっと私の顔を覗き込んできた。
「顔が固いぞ」
「……あ。ごめん」
ハッと我に返り、私は小さく頷く。心はまだ半分どこかへ飛んだまま戻ってこない。
こんな私を眺めながら、ヒルスは心配そうに言うの。
「久しぶりのイベントだもんな。緊張するのは分かる」
「……ううん、そうじゃないの」
無理して作り笑いをする私に対して、ヒルスはそっと手を肩に添えた。
「本番中は俺がついてるだろ」
「ごめん、心配しないで。本当に大丈夫。ちょっとだけ考え事をしてただけなの」
「考え事って?」
「何でもないよ。今日は、ヒルスとのペアダンスだし思いっきり踊らないとね」
気持ちを切り替えて意識を集中させないと。
深呼吸してから、私はダンサーの表情を作っていく。
──念入りにストレッチをしていると、本番の時間はあっという間にやって来た。
ステージのライトが照らされる前に、私はヒルスと共にそれぞれのポジションに立つ。
隣で彼の呼吸音が微かに聞こえてきた。ヒルスから伝わってくるダンサーとしての空気が、私の心を刺激する。
会場中にアップテンポの音楽が流れると、私たち二人に眩しいライトが照らされた。その瞬間、ステージに向かってたくさんの歓声が上がるの。
ここは、五千人近くもの観客が入る大きな会場だ。ほぼ満席状態だろうか、何千もの熱気は上昇していくばかりで止まることを知らない。
私はヒルスと見つめ合い、世界的アーティストのクールな曲に乗ってテンポを刻み始めた。
ヒルスのダンスは力強くていつ見ても物凄い迫力。特に身体を一回転してから脚を振りかざすアルマーダの舞は、まるで格闘家のようで破壊力抜群。
私も続いて蹴り技を次々と決めていった。
次のメロディで、私が最も習得するのに手こずったアクロバット技の振りが来る。
(大丈夫だ、レイならできる)
ヒルスからの心の声が聞こえた気がした。綺麗な瞳で、私にそう訴えている。
(俺のマカコをしっかり見ていろよ)
ヒルスはしゃがんだ状態から床に片手をつけ、脚を後ろへしなやかに振り上げた。まるで重力なんて存在していないかのように滑らかな動きで着地する。彼が連続でマカコの技を決めると、会場中は更に沸いた。見ている私まで魅了されてしまう。
(さあ、次はレイの番だ)
この技は恐怖心をなくせば大丈夫。
ヒルスからの心の声援を受け、私も続いて魅せ技を披露しようとリズムに乗ってしゃがみ込む。そして後ろに脚を伸ばし、着地しようとしたとき──観客席で楽しそうにこちらを眺めるフレア先生の顔が目に入った。
『わたし、ヒルスのことが好きだったの。……ううん、違う。本当は今でも好き』
たった一瞬だけ、意識が逸れてしまった。今思い出すべきことじゃないのに。
私の身体は脚を着地させる前にバランスを崩し、倒立している状態からおかしな方向へと倒れていく。
──危ない!
背中から床に打ちつけられると思った。だけどその寸前、私は大きな腕に力強く包まれる。ヒルスが、咄嗟に背中を支えて抱き上げてくれたの。
束の間、会場中の歓声がピタッと止んだ。けれどすぐさま観客たちの悲鳴に近い狂喜の声が、私たち二人の周りに響き渡る。
私と彼は顔をうんと近づけて見つめ合い、今にも唇が重なってしまいそうなほどの距離になっていた。
心臓がドクドクと高く音を鳴らす。
(ごめんなさい、ヒルス。私……)
(大丈夫だよ。レイ。落ち着いて。もう一度やれるか)
(うん……)
目と目を合わせ、心だけで会話を交わす。
大きく頷いてから、私は体勢を整えてもう一度マカコの位置につく。
ヒルスは私の隣に立ち、ステップを小さく踏みながらじっとこちらを見つめていた。
再び意識を集中させ、溢れるほどの力を込めて私は両脚を上げる。重力に逆らい、全身の筋肉を上手く使って脚を後ろへと下ろしていく。
三回連続でマカコを決めたとき、ヒルスが私に向かって両手を広げた。
それを見て、私は身体を魅せるように回転させ彼の胸の中にすっと飛び込んだ。私たちはお互いの瞳を見つめ合い、身体を抱き寄せる。身を寄せ合ったままのポーズで、やがて曲は終わりを告げた。
この瞬間、男性ファンの雄叫びや女子たちの甲高い悲鳴が私とヒルスに浴びせられ、会場内は狂ったように湧いていた。
思わぬところでトラブルを起こしてしまったが、最後は完全なるアドリブでどうにか乗り切れた!
(ごめん、ヒルス。私……途中で失敗しちゃった)
(そんなことはない。今日のダンスはどう考えても大成功だよ)
流れる二人の汗はステージのライトに照らされ、私たちの熱気は上がり続ける。息を切らせる中、舞台の照明が消えるまで私はヒルスと離れることなく抱き合っていた。
ヒルスは全身黒のストリート系の服を纏っている。普段はナチュラルな格好をしていることが多いから、ダンスの衣装になるとガラッと印象が変わるの。ダンサーとしてのヒルスは更に格好いい。
二人並んで柔軟体操を始めた。けれどその間、私は色々と考え込んでしまいどうしても口数が減ってしまう。
「レイ」
屈伸運動をしながら、ヒルスはじっと私の顔を覗き込んできた。
「顔が固いぞ」
「……あ。ごめん」
ハッと我に返り、私は小さく頷く。心はまだ半分どこかへ飛んだまま戻ってこない。
こんな私を眺めながら、ヒルスは心配そうに言うの。
「久しぶりのイベントだもんな。緊張するのは分かる」
「……ううん、そうじゃないの」
無理して作り笑いをする私に対して、ヒルスはそっと手を肩に添えた。
「本番中は俺がついてるだろ」
「ごめん、心配しないで。本当に大丈夫。ちょっとだけ考え事をしてただけなの」
「考え事って?」
「何でもないよ。今日は、ヒルスとのペアダンスだし思いっきり踊らないとね」
気持ちを切り替えて意識を集中させないと。
深呼吸してから、私はダンサーの表情を作っていく。
──念入りにストレッチをしていると、本番の時間はあっという間にやって来た。
ステージのライトが照らされる前に、私はヒルスと共にそれぞれのポジションに立つ。
隣で彼の呼吸音が微かに聞こえてきた。ヒルスから伝わってくるダンサーとしての空気が、私の心を刺激する。
会場中にアップテンポの音楽が流れると、私たち二人に眩しいライトが照らされた。その瞬間、ステージに向かってたくさんの歓声が上がるの。
ここは、五千人近くもの観客が入る大きな会場だ。ほぼ満席状態だろうか、何千もの熱気は上昇していくばかりで止まることを知らない。
私はヒルスと見つめ合い、世界的アーティストのクールな曲に乗ってテンポを刻み始めた。
ヒルスのダンスは力強くていつ見ても物凄い迫力。特に身体を一回転してから脚を振りかざすアルマーダの舞は、まるで格闘家のようで破壊力抜群。
私も続いて蹴り技を次々と決めていった。
次のメロディで、私が最も習得するのに手こずったアクロバット技の振りが来る。
(大丈夫だ、レイならできる)
ヒルスからの心の声が聞こえた気がした。綺麗な瞳で、私にそう訴えている。
(俺のマカコをしっかり見ていろよ)
ヒルスはしゃがんだ状態から床に片手をつけ、脚を後ろへしなやかに振り上げた。まるで重力なんて存在していないかのように滑らかな動きで着地する。彼が連続でマカコの技を決めると、会場中は更に沸いた。見ている私まで魅了されてしまう。
(さあ、次はレイの番だ)
この技は恐怖心をなくせば大丈夫。
ヒルスからの心の声援を受け、私も続いて魅せ技を披露しようとリズムに乗ってしゃがみ込む。そして後ろに脚を伸ばし、着地しようとしたとき──観客席で楽しそうにこちらを眺めるフレア先生の顔が目に入った。
『わたし、ヒルスのことが好きだったの。……ううん、違う。本当は今でも好き』
たった一瞬だけ、意識が逸れてしまった。今思い出すべきことじゃないのに。
私の身体は脚を着地させる前にバランスを崩し、倒立している状態からおかしな方向へと倒れていく。
──危ない!
背中から床に打ちつけられると思った。だけどその寸前、私は大きな腕に力強く包まれる。ヒルスが、咄嗟に背中を支えて抱き上げてくれたの。
束の間、会場中の歓声がピタッと止んだ。けれどすぐさま観客たちの悲鳴に近い狂喜の声が、私たち二人の周りに響き渡る。
私と彼は顔をうんと近づけて見つめ合い、今にも唇が重なってしまいそうなほどの距離になっていた。
心臓がドクドクと高く音を鳴らす。
(ごめんなさい、ヒルス。私……)
(大丈夫だよ。レイ。落ち着いて。もう一度やれるか)
(うん……)
目と目を合わせ、心だけで会話を交わす。
大きく頷いてから、私は体勢を整えてもう一度マカコの位置につく。
ヒルスは私の隣に立ち、ステップを小さく踏みながらじっとこちらを見つめていた。
再び意識を集中させ、溢れるほどの力を込めて私は両脚を上げる。重力に逆らい、全身の筋肉を上手く使って脚を後ろへと下ろしていく。
三回連続でマカコを決めたとき、ヒルスが私に向かって両手を広げた。
それを見て、私は身体を魅せるように回転させ彼の胸の中にすっと飛び込んだ。私たちはお互いの瞳を見つめ合い、身体を抱き寄せる。身を寄せ合ったままのポーズで、やがて曲は終わりを告げた。
この瞬間、男性ファンの雄叫びや女子たちの甲高い悲鳴が私とヒルスに浴びせられ、会場内は狂ったように湧いていた。
思わぬところでトラブルを起こしてしまったが、最後は完全なるアドリブでどうにか乗り切れた!
(ごめん、ヒルス。私……途中で失敗しちゃった)
(そんなことはない。今日のダンスはどう考えても大成功だよ)
流れる二人の汗はステージのライトに照らされ、私たちの熱気は上がり続ける。息を切らせる中、舞台の照明が消えるまで私はヒルスと離れることなく抱き合っていた。
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