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第二章 特別な花
47,グリマルディ家の過去③
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──その後、どうにか家へ帰ったのだが、何をする気も起きずに放心状態になった。
リビングのソファに腰かけ、先ほどの出来事が頭の中で回転し続ける。これは、夢なのではないかと疑った。ひたすら無音で時が過ぎるだけだ。
灯りも点けないまま夜を迎え、やがて仕事を終えたアイルが帰宅してきた。闇に包まれるリビングでソファに座るセナの存在に気づき、アイルは大きく目を見開く。
「ど、どうしたんだ、セナ……真っ暗じゃないか」
吃りながらも、アイルは部屋の灯りを点けた。
「あなた、おかえりなさい」
「ああ……。ヒルスはどうした?」
「ジェイクのところにいるわ」
「検診は終わったんだろう。迎えに行かないのか」
「……そうね。行かないと」
無表情のまま立ち上がるが、おぼつかない足でよろけてしまった。
アイルはすぐさまセナを両手で支え、それから優しく抱き締めた。
「……何かあったのか?」
眉を八の字にしながらアイルはじっと見つめてくる。
そんな顔をしないで。
余計に悲しくなってしまう。
セナは無理に微笑んで見せた。
「なんでもないわよ」
「そんなわけない。体調が悪いのか?」
「そうじゃないの。身体は大丈夫」
「どうしてそんな悲しい顔をしているんだ」
「あら、そんな顔してた……?」
アイルは決して、目を逸らすことはしない。
話さなきゃ。今日あったこと。お腹の子がどうなってしまったのか。話さなきゃならない。それなのに、言えない。
目の前がぼやけていた。顔が熱くなり、またもや冷たい雫が頬に流れ落ちる。
セナを包み込むアイルの両腕が小刻みに震え始めた。
「わたし、信じられないの……」
絞り出すような声で、セナはどうにか話を続ける。
「信じたくない、信じられない。つい最近まで、あんなに元気にしていたのに。それなのに、お腹の子が……わたしたちの赤ちゃんは……もう……」
──死んでしまった
たった一言が、声に出して言うことができない。どうしてもできなかった。
だって、この前検診に行ったときはちゃんと心臓が動いていた。つい最近までお腹の中でたくさん暴れて、あちこち蹴っていたのに。どうして突然、生きるのをやめてしまったの……?
(何か悪い物でも食べてしまったかしら? お腹を冷やしすぎてしまったかしら? お腹に衝撃を与えてしまったかしら?)
どんなに考えても、答えは出てこない。なぜこうなったのか全然分からない。
どうして? なんで? 天国へ旅立つには、あまりにも早すぎる。あともう少しで会えたのに……!
「……分かったよ。もうそれ以上、何も言わなくていい」
アイルは優しく囁くと、セナのお腹をそっと撫でる。
続きの言葉を聞かなくても、察していたのだろう。いつもあたたかいはずのアイルの手は、凍てついたようだった。
リビングのソファに腰かけ、先ほどの出来事が頭の中で回転し続ける。これは、夢なのではないかと疑った。ひたすら無音で時が過ぎるだけだ。
灯りも点けないまま夜を迎え、やがて仕事を終えたアイルが帰宅してきた。闇に包まれるリビングでソファに座るセナの存在に気づき、アイルは大きく目を見開く。
「ど、どうしたんだ、セナ……真っ暗じゃないか」
吃りながらも、アイルは部屋の灯りを点けた。
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「ああ……。ヒルスはどうした?」
「ジェイクのところにいるわ」
「検診は終わったんだろう。迎えに行かないのか」
「……そうね。行かないと」
無表情のまま立ち上がるが、おぼつかない足でよろけてしまった。
アイルはすぐさまセナを両手で支え、それから優しく抱き締めた。
「……何かあったのか?」
眉を八の字にしながらアイルはじっと見つめてくる。
そんな顔をしないで。
余計に悲しくなってしまう。
セナは無理に微笑んで見せた。
「なんでもないわよ」
「そんなわけない。体調が悪いのか?」
「そうじゃないの。身体は大丈夫」
「どうしてそんな悲しい顔をしているんだ」
「あら、そんな顔してた……?」
アイルは決して、目を逸らすことはしない。
話さなきゃ。今日あったこと。お腹の子がどうなってしまったのか。話さなきゃならない。それなのに、言えない。
目の前がぼやけていた。顔が熱くなり、またもや冷たい雫が頬に流れ落ちる。
セナを包み込むアイルの両腕が小刻みに震え始めた。
「わたし、信じられないの……」
絞り出すような声で、セナはどうにか話を続ける。
「信じたくない、信じられない。つい最近まで、あんなに元気にしていたのに。それなのに、お腹の子が……わたしたちの赤ちゃんは……もう……」
──死んでしまった
たった一言が、声に出して言うことができない。どうしてもできなかった。
だって、この前検診に行ったときはちゃんと心臓が動いていた。つい最近までお腹の中でたくさん暴れて、あちこち蹴っていたのに。どうして突然、生きるのをやめてしまったの……?
(何か悪い物でも食べてしまったかしら? お腹を冷やしすぎてしまったかしら? お腹に衝撃を与えてしまったかしら?)
どんなに考えても、答えは出てこない。なぜこうなったのか全然分からない。
どうして? なんで? 天国へ旅立つには、あまりにも早すぎる。あともう少しで会えたのに……!
「……分かったよ。もうそれ以上、何も言わなくていい」
アイルは優しく囁くと、セナのお腹をそっと撫でる。
続きの言葉を聞かなくても、察していたのだろう。いつもあたたかいはずのアイルの手は、凍てついたようだった。
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