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第二章 特別な花

43,癒やしの魔法

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 しばらくはノース・ヒルの一件を思い出すと、身体に拒否反応が出た。気持ち悪さもしつこく残っている。
 忘れたい。忘れられない。毎晩、ふとしたときに身体の奥がゾワッとした。

 だけど、そんな嫌悪感を忘れさせてくれる人がいた。
 あの日を境に、彼が毎晩のように電話をくれるようになったの。
 夜の十時くらいかな。大体いつも決まった時間に私の携帯電話が着信音を鳴り響かせる。

 今日も、そう。
 棚の上に置いてあった携帯が鳴った。どうしても口元が緩んでしまう。
 ドキドキしながら通話ボタンを押すと、すぐに電話の向こうから私の大好きな声が聞こえてきた。

『レイ、まだ起きていたんだな』
「うん……。だっていつも電話くれるでしょう? ちゃんと待ってるんだよ?」
『もし疲れていたら寝ててもいいんだぞ。俺が勝手にコールしてるだけなんだから』
「ううん。声聞きたいの。安心するから……」

 ──あ。私、また妹らしくないこと言ってる。これじゃなんだか、恋人に贈るような台詞だよね?

 彼はどんな反応をするんだろう、と身構える。だけど私のちょっとした心配なんて払拭するように、電話越しで彼は小さく笑うの。

『そうだな、俺もだよ。レイの声を聞いてからの方が、よく眠れるんだ』

 まただ。私の胸が、キュッと締めつけられる。そんな風に言われたら、もう一度あなたに「大好き」って伝えたくなってしまう。
 あなたは──ヒルスは勘違いしているかもしれないけれど、この気持ち、妹としての意味じゃないからね。全然違う想いがあるんだよ。
 だけど……私たちは義理でも兄妹。ヒルスはきっと、私が自分の事情を知ってしまったことには気づいていない。
 秘める想いがあったとしても、私はこれからもあなたの妹として振る舞っていくしかない。

 胸の奥に芽吹いたばかりの気持ちを必死に押し殺し、私はふと微笑む。

「ねえ、ヒルス」
『うん?』
「毎日電話してくれるから、あの日のことは忘れられそうだよ」
『……そうか、それは良かった。それじゃあ、もう電話しなくてもいいのか……?』

 なぜか、彼の声が小さくなっていった。

 少しだけ、甘えてもいいかな。
 息を小さく吐き、続きの言葉をゆっくりと繋ぎ合わせた。

「ううん……してほしい」
『えっ』
「ヒルスがお仕事で疲れちゃったときは無理しないでほしいの。でも……電話できる日があったら、五分でもいいからこれからもお話ししたいな。……ダメ?」

 自分でも驚くほど甘えたような声。
 電話越しで、ヒルスが咳払いしているのが聞こえてきた。

『あのな……レイ』
「なに?」
『俺に遠慮なんてするなよ。いいに決まっているし、会えない日はいつでも電話する。いいか?』
「うん……分かった。ありがとう」

 ──ねえ、ヒルス。私、今すごく頬が熱くなっているの。あなたの一言一言に心が踊るし、ドキドキさせられるんだよ。
 以前まではあんなに冷たかったあなたが、こんなにも優しくしてくれるなんて、今でも信じられないよ。

「ヒルス、おやすみ」
『ああ。おやすみ……レイ』

 ヒルスの声は低くて凛々しい。こうして二人だけで会話をすると、彼は優しい話しかたをするようになった。
 いつしか私は、そんな彼の声を聞くと心が癒されるようになったの。

 だからもう、大丈夫。

 嫌なことも、怖いことも、どんなことも。ヒルスの清らかな魔法が溶かしてくれる。
 まるで灼熱の炎を、綺麗な水で消し去るように。
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