【完結】サルビアの育てかた

朱村びすりん

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第一章 グリマルディ家の娘

41,芽生え

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「私……嫌って言えなかったよ……」

 切実な声で、呟いた。

「ライクさんに……嫌って言えなかった。急に怖くなって、声が出なくなったの。ヒルスにだけは……あんなところ見られたくなかった……!」

 色んな感情が入り交じって爆発してしまう。彼の胸の中でまるで小さな子供が喚くように、私は大声で泣き崩れた。

 この歳で家出なんて、危ないに決まっている。衝動的に行動して、今更後悔したって遅すぎる。判断の甘さが結局自分の心を痛めつけてしまった。それが分からないうちは、ヒルスの言うとおり私なんてまだまだ子供だよ。

 彼はそのまま私のことを、息が苦しくなりそうなほどに強く抱き締めてくれた。
 心地のよいぬくもりが伝わってきて、辛さなんてものがどこかへ吹き飛んでいく。

「これで、分かったよな? もう二度と……馬鹿な真似はするなよ?」
「……うん」
「レイがいないと、俺は……不安で不安で頭がおかしくなりそうだったんだ。もしものことがあったら、傷つくのはお前だけじゃないんだからな?」

 その言葉に、私の悲しみが少しずつ消えていく。彼の腕から離れ、ヒルスの綺麗な瞳をじっと見つめる。

 ──兄なんかじゃない。

 いつも胸の奥を悩ませていたこのモヤモヤがなんなのか。この気持ちが一体なんだったのか。私が初めて気づいた瞬間。

「ねえ、ヒルス」
「うん?」
「そんなに私のことが好きなの?」

 ちょっとふざけたようにそう尋ねてみた。これが照れ隠しだってことが、彼に知られないように。
 不意の質問にヒルスの顔はなぜかみるみる赤くなっていくの。

「な、なんだよ急に。意味分かんねえ」
「もしかして恥ずかしいの?」
「お前なあ……」

 からかいながらこんな風に言っているけれど、本当は私も恥ずかしかったんだよ。平静を装うのに必死だった。でも気持ちは熱くなる一方なの。
 狼狽えるヒルスの様子を見て、私はつい声を出して笑ってしまう。

 それは、さっきまでの暗い空気がパッと明るくなった瞬間だった。
 怖い気持ちなんて、吹き飛んでいきそうだよ。全部を諦めていたときに、ヒルスが助けてくれたから。
 胸の鼓動が高まっていく。彼のところまでドキドキが伝わってしまいそうなほどに。

 私はちゃんと、素直な気持ちをあなたに伝えたいの。

「私は、ヒルスのこと大好きだよ」
「えっ」
「何かあったら必ず駆けつけるっていう約束、本当に守ってくれたから……」
「あ、ああ。……もう少し早く助けられたらよかったけどな」
「ううん。それでもいいの。あのときのヒルスは、映画に登場するようなスーパーヒーローみたいだったよ」
「俺が……?」

 いつの日かあなたが私に言ってくれたこと。今でもちゃんと覚えている。

『レイに何かあったら、必ず駆けつけるからな』

 それは単純に、妹として受け止めた言葉だった。だけど今は違う。

 全力で約束を守ってくれたあなたの行動が、私にとっては嬉しくて。そして……特別な想いが溢れて。

 頬をほんのり赤く染めながらも、ヒルスの表情は穏やかだ。
 そんなあなたの顔を見ると、いつだって心が踊るの。

「ヒルス、ありがとう。私を助けてくれて」
「ああ、もちろんだよ。俺は、レイのスーパーヒーローだからな」

 彼は少し気取ったように、そんなことを口にする。
 きっと端から見たら笑われちゃうよ。だけどね、私にとっては本当に素敵なスーパーヒーローだから。そんな台詞さえも格好いいよ。

 私の手をヒルスはもう一度握り締めてくれた。絡み合う指先から優しさが伝わってくる。そんな気がした。
 前を向き、ヒルスは再び車のエンジンをかける。

「レイ、帰ろう。父さんと母さんが待ってるよ」
「うん……」

 気づくと、朝日が眩しい時間帯になっていた。私たちが乗る車は輝かしい光に向かって走り出す。
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