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第一章 グリマルディ家の娘
34,純粋で優しい心
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当てもなく夜道を走り続ける車は、目的地に辿り着けないまま彷徨い続ける。
──レイ。一体どこへ行ってしまったんだ。
就寝前、母から連絡を受けた。レイが家に帰っていないことを知った俺は、車であちこち走り回っていた。既に二時間以上も彼女を捜し続けている。
母はレイの友人や知人に連絡を取り、父も近所を捜しているが何の手がかりも入らない状況だった。
ジャスティン先生やメイリー、そしてダンス仲間たちにも連絡をしてみたが、誰も何も知らないと言う。
「くそ、ライクのやつ」
苛つく。
明日も朝早いのだろうか、既に就寝しているのか知らないが、ライクは電話に出ないしメッセージを送っても返事すらよこさない。いざというとき全く役に立たない奴だ。
ダンススクールにも、近くの公園にも、レイと一緒に訪れたことがある店にも足を運んでみた。だけど、どこにも彼女の姿はないんだ。
何度もテキストメッセージを送り、電話をかけてみてもレイは反応してくれない。
もうすぐ日付が変わる。
俺の心は焦りと不安に支配されていた。この時点で吐き気がしてしまう。
──レイの身にもしものことがあったら。事故に遭っていたら。誰かに誘拐されていたら。何かの事件に巻き込まれていたら。もしも、もしも……。
不安が頭の中を過るたびに、身体の震えが止まらなくなる。
レイに何かあったら必ず駆けつけると約束をしたのに、今の俺は全くの無力だ。もうどこを捜していいのか分からない。
とある小さな公園前に車を停める。
こんな自分に項垂れた。車内は暖房をつけているはずなのに、身体の震えが止まらない。
公園を囲む石の塀に、一匹の黒猫が歩いている。瞳孔を大きくして目を光らせ、こっちをじっと見つめてくるんだ。ひょいと車のボンネットに乗ると、そのまま座り込んでしまった。黒猫も、小刻みに身体を震わせている。
「そんなところに乗るなよ……」
お前は哀れだな。どうしたって暖は取れないのに。
心の中でそうぼやいた。
黒猫を眺めていると、俺はふと過去のことを思い出した。あれはたしか──レイがまだ六歳くらいのときか。
家のガーデンで、レイが一匹の仔猫を見つけたことがあったんだ。
『おにいちゃん、みて。このこ、いたそうだよ』
俺はダンス練習していたのを一旦中断し、レイの抱えてきた猫を見た。茶色い虎のような模様をした小さな猫だった。ぐったりしていて、弱々しい声で鳴いていたんだ。
『はこのなかで、ひとりぼっちだったの。レイたちの、かぞくにしてあげたいな』
明らかに捨てられた仔猫だった。しかも、毛がボサボサで身体中は傷だらけ。骨と皮しかないほど痩せ細り、どんな扱いをされていたのか想像するだけで胸が痛くなる。
動物に詳しいわけではないが、仔猫の命はそう長くないと俺は悟っていた。
『レイ。生き物を育てるのは大変なんだぞ。戻してこいよ』
『でも、とってもさむそう。このこに、ごはんをあげたい』
幼いレイは、まっすぐに俺を見てたしかにそう言った。
仕方なく俺は仔猫を部屋の中へ連れていき、毛布に包んで暖炉のそばであたためてやった。
何を与えたらいいのか分からず、とりあえず水を口元に運んでみた。だけど、仔猫は口を開けてくれない。それほど弱っていたのだろう。
そのとき、父と母は外出中だった。だから俺は、当時近所に住んでいた叔父に連絡をして助けを求めたんだ。
叔父はジェイクといって、いつも俺たちによくしてくれる。母のセナと昔から仲がいいらしく、何かあれば助け合っていた。
もちろん、その日も例外ではない。叔父のジェイクはすぐさま仔猫用のミルクを買って家に来てくれた。
だけど仔猫は、ミルクさえも飲もうとしない。
『ねこちゃん、いらないの? おなかすいてないの? おねがい。ひとくちでいいから、ミルクをのんで』
レイは仔猫から片時も離れることなく、献身的に世話をしていた。
叔父が車を出して動物病院へ連れていってくれたが、獣医は今夜が山だと宣告した。点滴をし、注射も打ったが気休めのようなものだという。
『ねこちゃん、げんきになる?』
レイは獣医の話を理解していなかったのか、それともまだ希望を捨てきれなかったのか。そんなことを訊いてくるんだ。
『この猫は……』
助からない。
そんなこと、いくらなんでも俺だって言えなかった。あのときの俺は、六歳児のレイにどう説明してやればいいかなんて頭が回るはずもなかった。
すると隣で叔父がレイの頭を撫でながら、こんな話をしたんだ。
『この子は、天国へ行く準備をしているんだな』
『てんごく? それはどこにあるの?』
『うーん。たぶん、空の向こうにあるんだよ。あったかくて、美味しいものがたくさんあって、愉快な仲間がたくさんいる楽しいところだ。末永く幸せに暮らせる場所だよ』
『ねこちゃんは、そこにいきたいの?』
『……そうだな』
『でも、どうしてこんなにかなしそうなの?』
『ちょっとだけ怪我をして、病気になったからだな。天国へ行けば、痛いのも全部なくなるんだよ。だからそれまではレイが優しくしてあげるんだぞ』
『うん、わかった!』
それまで不安げだったレイの表情はみるみる明るくなった。あのときのことを、俺は今でもよく覚えている。
それから夕方になり、父と母が帰宅してきた。二人とも衰弱しきった仔猫を見て本当に驚いた顔をしたな。
叔父も父も母も、そして俺も。あの仔猫の行く末は分かっていた。だけど幼い彼女だけは、叔父の言葉を信じて仔猫を守るように抱きかかえていた。
そして仔猫は、その日の夜にレイの腕の中で息を引き取ったんだ──
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