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第一章 グリマルディ家の娘

27,再会

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 いつまでも落ち込んでいたって仕方がない。

 ある日のイベント。
 俺はこの日、気合いを入れていた。いや、思い入れはいつも以上かもしれない。
 今日のダンスイベントには孤児の子たちが招待されている。会場に集まってくれた彼らが、俺たちのダンスを見て少しでも楽しんでくれればいいと思った。

「ヒルス、今日はよろしくね」
「ああ」

 舞台裏で、俺とフレアは念入りに準備体操をしながら話す。
 フレアとはよくペアでステージで踊ることが多い。体操を元々習っていた彼女はアクロバット技もいくつかできるし、しなやかな身体で観客を魅了させる。刻むテンポも綺麗で、俺はフレアとのペアダンスをいつも楽しみにしていた。
 仕事上でもよく俺のサポートをしてくれる、よき先輩。

 屈伸をしながら、俺はフレアと向かい合わせになる。

「今日もスクールのみんなが来てるみたいね?」
「そうだな。みんな、いつもイベントがあると来てくれるんだ」

 ジャスティン先生はもちろん、ライクやメイリー、スクールの特待クラスの仲間たちが会場まで観に来てくれていた。
 だが──当然というのも虚しいが、レイの姿だけは会場のどこにも見当たらない。

 俺は柔軟運動しながら遠目になってしまう。

「……あ。今、またレイのこと考えてる」
「ん? そ、そんなことないよ」

 フレアには俺の心が読めるのか? レイのことを少しでも考えているといつも見透かされてしまう。

「顔に書いてあるわよ。『レイがいないから寂しい』ってね」
「書いてあるわけないだろ……変なこと言うなよ」

 フレアはまたいつものように笑うんだ。
 小恥ずかしくなり、俺は小さく唸る。気持ちを切り替えるため、深呼吸をして心を落ち着かせた。

 二人で他愛ない会話をしていると、あっという間に本番の時間がやって来た。
 フレアは俺の手をサッと引いてステージへと向かった。
 俺たちがステージに立つと、観客席にいる子供たちは無表情でこちらをじっと眺めている。いつものイベントや大会ならファンが来てくれていて、歓声で場が盛り上がるのだが、今日はそういうこともない。子供やその関係者だけしかいないんだ。
 初っ端からしんと静まり返り、俺たちの存在はアウェイ感が半端なかった。 

 それでも関係ない。ダンサーとしてしっかり踊るんだ。
 俺たちは決して笑顔を絶やさなかった。

 音楽が流れ始まると、二人で息を合わせて華麗にステップを踏み始める。
 曲は子供たちの間で流行っているものを選んだ。振り付けも動きが大きくて子供にも親しみやすいダンスだ。

 サビに入ると、それぞれソロを踊る。俺は得意のブレイクダンスの技の一つであるウインドミルを見せつけた。肩と背中を床に付けて、遠心力の勢いで全身を派手に回転させる。
 フレアは普段、ウェストコーストヒップホップダンスを好んでよく踊っているが、今日は俺に並んでアクロバティックな技を繰り出していた。バク転や側宙などを、音楽に合わせて次々と綺麗に決めていた。

 ふと観客席に目を向けると、俺たちのダンスを、目に点にしながら眺める子供たちの姿があった。
 曲が中盤に差し掛かる頃には、子供たちの顔に笑みが溢れ始める。中には席を立って見よう見まねで一緒に踊る子も出てきた。

 ――この子たちは、昔のレイと同じような境遇で暮らしている。今は自分を愛してくれる家族はいないかもしれないが、きっと大丈夫。君たちには喜びも悲しみも、全てを分かち合って愛情を注いでくれる家族がきっと未来で待っているから。
 だから、今この瞬間だけは俺たちのダンスを見て楽しい時間を過ごしてほしい。
 そんな想いで俺は全力でステップを踏み続けた。



 イベントが終わり、俺は帰る支度も済ませてひと息ついていた。控え室で籠っているのも息苦しいので、少し会場を散策してみる。
 すると、俺の存在に気付いた子供たちが笑顔で手を振ってくるんだ。

「お兄ちゃん今日のダンスかっこよかったよ!」
「すっごく楽しかった!」

 次々に声をかけてくれた。
 子供たちの中で、一番背の高い黒髪の少年は満面の笑みで「また素晴らしいダンスを見せてください」
 瞳をきらきら輝かせながらそう言うんだ。俺は笑みを浮かべ、彼らに手を振り返す。
 
「いつでもまた踊るよ」

 子供たちは嬉しそうに「ありがとう!」と言って帰っていった。俺の思いはどうやら届いたらしい。


「そこのお兄さん、ちょっといいですか」

 俺が穏やかな気持ちでいると、突然、見知らぬ中年女性に声を掛けられる。その人はなぜか、微笑みかけてきた。

「なんですか?」

 その人はしばらく、じっと見つめてくる。

「……あの。俺の顔に何かついてます?」
「いいえ、そういうわけではないです。ごめんなさいね、急に話し掛けてしまって。少し外でお話しませんか?」

 踊ったばかりで疲れているんだがな……俺は眉をひそめながらどう断ろうかこっそり考えた。
 しかし、女性は小声でこう言うのだ。

「レイちゃんはお元気ですか」
「えっ。レイの知り合いなのか?」
「はい。もちろん知っていますし、お父様たちにもたくさんお世話になっていますよ」
「……」

 今度は俺が、女性をじっと見つめる番だ。脳裏に、幼い頃の記憶が一瞬蘇る。
 この柔らかい笑みを浮かべるこの人はまさか。──そうだ、間違いない。

「……お久しぶりです、シスター」

 その女性は、レイが俺たちの家族になる前に彼女を孤児院で保護し、大切に育てていた人だったんだ。
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