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第一章 グリマルディ家の娘

15,両親の想い

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 大会後。

 なかなか帰路につけないまま、俺は外でレイのことを待っていた。
 大会の取材に来ていた地元の新聞社や雑誌の記者たちが、こぞってレイを囲んでいたんだ。当の本人はその状況に戸惑ったような顔をしながらも、ハキハキとインタビューに答えている。

 応援に来ていた父のアイルと母のセナは、その様子を少し離れた場所から眺めながら「これまでの努力が報われたんだな」「さすがうちの娘ね」などと話をしている。

 正に俺も同じ気持ちだ。
 レイは本当に大した奴だと思う。彼女はこの日、三位入賞という素晴らしい成績を残したのだから。

 ──取材が終わりそうにないので、俺は両親と共に会場の駐車場でレイが戻ってくるのを待つことにした。今日出場していたダンサーや関係者などを乗せた車が次々と会場を後にし、その場には俺たちしかいなくなった。
 空はすっかり暗くなったが、丸い月が静かに夜を照らす。

「なあ、父さん母さん。俺、これからもレイと仲良くやっていけそうだよ」

 ちゃんと父と母に話すべきだと思った。まっすぐに二人を見つめ、俺は正直な気持ちを伝えようと語り始める。

「あいつが努力してる姿を間近で見ていたら、俺も頑張ろうって思えるようになったんだ。正直、出会った当初は構いたくもなかった。だけど今ではレイの存在自体が俺の活力になってるよ」

 そんな俺の言葉に、母の表情は柔らかいものになっていく。

「ヒルスがあの子のことを、そんな風に思ってくれるなんて……本当に嬉しいわ。たしかにあなたは、最初はレイを見て戸惑っていたものね……」
「お前は弟妹なんていらんとずっと言っていたからな」

 父に向かって、俺はぎこちなく頷いた。
 正しく言うと、血の繋がらない妹を家族として迎えるのに少なからず抵抗があったんだ。

「あいつがただの同居人だなんてもう思わないよ。レイは俺たちの大切な家族の一員だ」

 三人でこんな風にレイについて話すなんてこと、あまりしてこなかった。だが、俺の中で彼女に対する見方が変わった事実をどうしても両親に伝えたい。本当は「レイを実の妹のように思っている」と言えるのが一番なのだろうが──どうしてもそれだけは口にできない。嘘なんてつきたくなかった。

 風の通る音だけが鳴り響く。静寂の時間が訪れた。間を置いてから、今度は母が語り始めるんだ。

「レイはね、わたしとアイルの希望の光なのよ」

 ──希望の光?
 母の言葉に、俺は小首を傾げる。

「……あれは、ヒルスがまだ二歳になる前ね。覚えていないと思うけれど、あなたにはもう一人血の繋がった妹がいたのよ」
「えっ?」

 思いもよらない告白に、俺は目を見張った。
 俯き加減になり、母は小さな声でゆっくりと昔を思い出すように言葉を紡いでいく。

「だけどね、生まれる前にお腹の中であの子は生きるのをやめてしまったの。臨月に入るわずか三日前のことよ。いつも通り定期検診に行ったの。エコーに映る娘を見るのが楽しみで、わたしはその日も時間より早く病院に着いた。だけど──わたしの弾んだ心は、そのあと絶望に沈められたの……」

 母はしんみりとした表情になる。深く息を吸ってから、続きの言葉を口にした。

「お医者様からね、お腹の子の心臓が止まっていると突然告げられたのよ……。わたしはあのとき、色々考えてしまって。何かお腹に強い衝撃を与えてしまったかしら? 変なものを食べてしまったかしら? それともお腹を冷やしすぎたのかしら? でも、お医者様にも原因が分からなかったの。赤ちゃんの生命力の問題で稀にお腹の中で亡くなってしまうことがあるから、自分を責めないでと言われたけれど……」

 それから母は、言葉をつまらせた。目から溢れそうになるものを必死に抑えているようだ……。

 父は憂い顔をしながら、彼女の肩にそっと手を置いた。落ち着いた声で続けるんだ。

「あのときのセナは、本当に頑張ってくれたよ。おかげであの子に一目会うことができた。お腹から出てきた娘は、気持ちよさそうな顔で眠っていたな。髪の毛は黒と茶色が混ざったような綺麗な色をしていて、瞼は二重だったんだ」

 父の声が話していくうちに小刻みに震え始める。
 そんな父の肩に身を預けながら、母は懸命にその過去を俺に伝えてくれた。

「どうしてもあの子のことが忘れられなくて……。もう一度、わたしたちの所へ来てくれないかと願い続けたの。だけど……何年経ってもそれは叶わなかったわ」

 ──俺はこのとき、ハッとした。そうか、そうだったのか。今になってようやく分かった。俺が物心ついたときから、二人がなぜあれほどまでもう一人子供が欲しいといつも言っていたのか。
 生まれる前に亡くなってしまった、大切な娘。家族を一人失った悲しみ。二人にとって大層辛い過去だろう。だからこそ「戻ってきてほしい」と願い続けていたんだ。

 何も言えず、俺はただ俯くことしかできなくなった。
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