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第一章 グリマルディ家の娘
8,ダンスを始めた理由
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その日の夜。
イベント後の興奮が冷めきらず、なかなか寝つけなかった。話がしたくなり、私はヒルスの部屋を訪ねた。
「ヒルス、来週からよろしくね」
「ああ……。いや、同じクラスになっても個々の練習をするまでだ。今まで以上に指導も厳しくなるから、覚悟しておけよ」
椅子に腰かけ、ヒルスは無表情でそう話す。相変わらず冷たい態度だけど、口調はどことなく柔らかい。
私はドアの前に立ちながら笑顔を崩さなかった。
「うん! ヒルスと一緒ならきっと頑張れるよ」
今日は存分に素直な気持ちを伝えたい。私の言葉に嘘偽りなんてないから。
ヒルスは顔を背けて、自分の額に手を当てた。頬が薄いピンク色に染まってる。
「ねぇ、ひとつ訊いてもいい?」
「なんだ」
「ヒルスは、どうしてダンスを始めたの?」
妹なのに、私はあなたのことをあまり知らない。以前よりはちょっとずつ話せるようになったから……どんなことでもいい。もっと色んな面を知りたい。
「聞きたいなぁ、ヒルスのこと。教えてくれない?」
ヒルスは一瞬だけ戸惑った表情になる。でも小さく頷くと、頬を緩ませながら語り始めた。
「きっかけは、ジャスティン先生なんだ」
それから私の目をじっと見つめるの。
「……あれはたしか、俺が六歳の頃か。テレビでジャスティン先生が踊っているのをたまたま見たんだよ」
「えっ、先生ってテレビに出たことがあるの?」
「ワールド大会で優勝したときにな。俺はそれまで、何に対してもあまり興味が湧かなかった。あの日、テレビの向こうでステージに立つ先生のダンスがあまりにもクールで、俺にとっては衝撃的だったんだ。今でも鮮明に覚えてる」
「だからヒルスは、先生のダンススクールに通い始めたの?」
「いや、ワールド大会で優勝したとき先生はまだ無名のアマチュアだったんだ。スクールもなかったし、ダンスは趣味でやっていたそうだ」
「えっ、趣味で? それで大会に優勝できたの?」
私にとって未知の世界で想像つかないけど、ワールド大会でナンバーワンになるなんて相当な努力がないと叶わないというのは分かる。ジャスティン先生って、どれだけすごい人なの?
私は目を見開いた。
「ダンススクールを経営する前は普通に会社勤めをしていたらしい。でも優勝を機に有名になって、活躍の場が広げられたんだ。王室の前で踊ったこともあるんだぞ。弟子入りをするダンサーも現れて、数人だが取ることにもなったそうだ。その二年後だよ、ファンたちの要望に応えるために先生がダンススクールの経営を始めたのは。しかも、そのスクールが家の近くに建ったんだぞ? 俺は八歳のときに確信した。これは運命なんじゃないかって。だから父さんと母さんにスクールに通わせてほしいとお願いしたんだ」
そこまでほぼ息継ぎなしに語り尽くすと、ヒルスは今までにないくらい愉快な顔をするの。
私はそんな彼を見て、笑いが溢れた。どうしても止められない。こらえようとすればするほど抑えられなくなり、とうとう肩も震え始めちゃった。
「……おい。何、笑ってるんだよ。バカにしてるのか?」
「ふふ。ううん、違うよ。ごめん。嬉しいから笑ってるだけ」
「はぁ?」
「ヒルスが楽しそうに話してくれて、嬉しくなっちゃった。だから笑っただけ。気分悪くしないでね?」
「なんだよ、それ」
ため息を吐いて、ヒルスはまた目を逸らした。顔が真っ赤になってる。
「ジャスティン先生って今も昔もすごい人なんだね。だからみんなに信頼されてるんだ?」
「人望が厚いのはそれだけじゃないよ。先生はいつも前向きで、仲間想いで、ダンスに対する熱意が半端じゃない。人柄もいいから、スクールには自然と色んな奴が集まってくるんだと思う」
ダンスを始めたきっかけは人それぞれだと思うけど、ヒルスにそんな熱い想いがあるなんて知らなかった。彼がリスペクトしている先生の元でこれからレッスンを受けられるなんて。
私は胸がいっぱいになった。
「素敵なお話をしてくれてありがとう。今日聞いたこと、忘れないよ。これからも一緒に頑張ろうね!」
私がそう言うと、ヒルスは肩をすくめる。
「分かったから。明日も早いんだぞ、早く寝ろ」
「はい。おやすみなさい!」
気分が高まっていた私は、部屋に戻ったあとも目が冴えてしまった。
来週から始まる特待クラスでのレッスンに、期待と不安を胸に抱く。目をギュッと閉ざし、なんとか眠りに落ちていった──
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