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第一章 グリマルディ家の娘
7,ダンサーとしての才能と努力
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◆
それから、二年が過ぎた。
私は十歳になり、十七歳のヒルスも相変わらずダンスを続けていた。
ある日、私はスクールのみんなと一緒に小さなイベントに参加した。こつこつ練習してきたおかげで、今は上級クラスまで上がれたの。
他のメンバーは私より背が高く、筋肉質な子が多くて、派手なムーヴができる。一方、私なんか小柄だし手足も短いから全然目立たないの。
今回のステージでも隅の方のポジションだった。それでも絶対に、最後まで手を抜いたりしない。できるだけしなやかに、リズミカルに、指先にまで意識を集中させて踊り続ける。
観客席で両親とヒルスがじっとこちらを見ているのがふと目に入った。お父さんとお母さんはいつも私を応援してくれる。それにヒルスも──何かと見守ってくれているの。相変わらず距離はある気がするけれど、ダンスのことになるとたくさんお話するようになった。
ヒルスが見ているから。大好きな家族がいてくれるから。それだけで頑張れるんだよ。
──本番後。控え室に戻る途中、会場内の廊下でヒルスが待ってくれていた。
私は気分が高揚したまま、彼のそばへ駆けていく。
「ヒルス、今日も来てくれてありがとう」
「ジャスティン先生がお前に話があるみたいだぞ。だから一緒に来ただけだ」
「そうなの?」
腕を組みながらヒルスは冷たい目をしている。だけど、口調は柔らかい気がした。
「ちゃんと見てくれてたよね」
「いや、別に」
「ヒルスのおかげでいつも頑張れるんだよ!」
「……俺のおかげ?」
私が素直な気持ちを伝えると、ヒルスはちらっとこちらを見た。一瞬、頬が緩んだように見えたけれど、すぐにまた表情が固くなる。
ふぅ、と小さく息を吐いてから、ヒルスは小さく口を開いた。
「まあ、今日のお前はよくやったな」
「え?」
「レイのダンスが一番輝いてた、と思う」
「……本当に?」
思いもよらない言葉に、私は目を見張る。
調子に乗っちゃうと、またすぐにつれない態度を取られる。分かってる。分かってはいるんだけど……。
「嬉しい!」
こんなサプライズな言葉を受け取って、冷静でいられるわけがない。
「嬉しい! ヒルス、私のこと認めてくれたの!」
人目も憚らず、勢い余ってヒルスに抱きついた。身長差がありすぎて胸に顔を埋める形になっちゃった。だけど喜びに溢れている私の腕は、ヒルスを放す気になんてならない。
「お、おい。なんだよ、そんなに喜ぶか?」
「だって私、ヒルスに憧れてダンスを始めたんだよ! 褒められたんだから嬉しいに決まってる!」
「俺が憧れ、だと……?」
ヒルスの心臓の音が伝わってきた。鼓動がすごく早くなってる。
もしかして照れてるのかな?
そんな反応も可愛い、と思ってしまった。
「分かった、分かったから……そろそろ放してくれ」
困ったような声でヒルスはそっと私の両腕から離れていく。
「──いいね、君たち。とても仲がいい兄妹で、見ているだけでほっこりするよ!」
背後からハスキーな声が聞こえてきた。振り向くとそこには、お洒落なスーツを着こなしたオールバックの男性がいた。
ジャスティン・スミス先生だ。ダンススクールのボスであり、特待クラスのインストラクターをしてる。みんなの憧れのダンサー。
「ミスター・スミス。本日はありがとうございます」
気持ちを切り替え、私は丁寧に挨拶してみせた。
すると先生はにこやかに「ノー」と首を振る。
「レイ、そんなに堅くなることはないさ! 僕たちはみんな仲間だよ。僕のことも気軽に名前で呼んでくれたまえ」
「あ、はい。ジャスティン先生!」
実は直接話をしたことはあまりなかった。噂通りフレンドリーな人みたい。
私の肩の力がすっと抜けていく。
「レイ、今日のダンス、とってもクールだったよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「前々から思っていたんだけど──君には他の子にはない才能があるようだね」
「えっ、そうですか?」
ふんわりしていた笑顔が先生の顔から消え失せ、真剣な眼差しに変わった。
「センスはあるし、新しい技や振り付けもすぐに覚えるだろう。基礎だって手を抜かずに練習しているしね。どんなテンポでもリズミカルに踊れる。何よりも……君のダンスには光るものがあるんだ。見る人を魅了させてくれる、生まれながらに持っている才能を感じさせられるよ」
息継ぎもしない勢いで、先生は次々とそれらの言葉を向けてくれた。
でも、ちょっと待って……。いくらなんでも褒めすぎじゃないかな? お世辞だとしても、そこまで言われると恥ずかしくなる。
顔が熱くなりどう返事をしようか迷っていると、隣でヒルスが大きく頷くの。
「レイ。先生がここまで称賛するなんて、なかなかないんだぞ」
「そうなの?」
先程とは打って変わって、ヒルスはまっすぐ私の目を見て話した。
「ははは。ヒルスの言うとおり、そうかもしれないね! 僕はこう見えてダンスに関しては結構厳しい目で見ているんだ。気軽に褒めたりしないさ。それにヒルスもね、いつもクラス内で言っているよ。『レイは必ず将来ビッグなダンサーになる』ってね!」
「……ヒルスが?」
ちょっと信じられなかった。だって、家ではいつも冷たいヒルスだよ? 私のことをそんな風に言ってくれるなんて……考えられない。
ヒルスは顔を真っ赤にして、慌てたように言うの。
「ジャスティン先生、その話はこいつに漏らさない約束ですよ……」
「まあまあ、照れることはないさ! 事実だろう!」
二人のやりとりを見て、私は思わず目尻が熱くなる。
そうなんだ。ヒルス、そんな風に思ってくれていたんだ……。いつもだったら「もっと褒めてよ」なんてせがんじゃうけど、もう充分だよ。胸がいっぱいでどうしようもない。
こちらに視線を戻し、先生はまた優しい表情に戻った。
「どうかな、レイ。来週から特待クラスに来ないかい?」
「そんな……私なんかがいいんですか? 素敵なダンサーは他にもたくさんいるのに」
「何度も言わせる気かい? 僕もヒルスも君の実力を認めているんだよ。今日のダンスを見て改めて確信した。君はもっとその才能を伸ばすべきだ。僕たちの目に狂いはない!」
先生はキラキラと目を輝かせている。
特待クラスになると、一気にレベルが上がると聞いたことがある。メンバーたちのダンスもそうだし、練習量だって今までと比べられないくらい増える。踊ることは大好きだから、どんなに厳しい練習でも構わないとは思う。でも、メンバーの中には本気でプロを目指す子もいるらしい。そういう人たちと一緒になって練習していくのは、正直プレッシャーはある。
だけど──私も生半可な気持ちで踊ってきたわけじゃない。こんなにも先生が私のダンスを称賛してくれているし、ヒルスからも認めてもらえたし……。
期待と不安とドキドキが心の中で交差する。それでも、私は先生とヒルスに向かって大きく頷いた。
「私でよければ、よろしくお願いします」
それから、二年が過ぎた。
私は十歳になり、十七歳のヒルスも相変わらずダンスを続けていた。
ある日、私はスクールのみんなと一緒に小さなイベントに参加した。こつこつ練習してきたおかげで、今は上級クラスまで上がれたの。
他のメンバーは私より背が高く、筋肉質な子が多くて、派手なムーヴができる。一方、私なんか小柄だし手足も短いから全然目立たないの。
今回のステージでも隅の方のポジションだった。それでも絶対に、最後まで手を抜いたりしない。できるだけしなやかに、リズミカルに、指先にまで意識を集中させて踊り続ける。
観客席で両親とヒルスがじっとこちらを見ているのがふと目に入った。お父さんとお母さんはいつも私を応援してくれる。それにヒルスも──何かと見守ってくれているの。相変わらず距離はある気がするけれど、ダンスのことになるとたくさんお話するようになった。
ヒルスが見ているから。大好きな家族がいてくれるから。それだけで頑張れるんだよ。
──本番後。控え室に戻る途中、会場内の廊下でヒルスが待ってくれていた。
私は気分が高揚したまま、彼のそばへ駆けていく。
「ヒルス、今日も来てくれてありがとう」
「ジャスティン先生がお前に話があるみたいだぞ。だから一緒に来ただけだ」
「そうなの?」
腕を組みながらヒルスは冷たい目をしている。だけど、口調は柔らかい気がした。
「ちゃんと見てくれてたよね」
「いや、別に」
「ヒルスのおかげでいつも頑張れるんだよ!」
「……俺のおかげ?」
私が素直な気持ちを伝えると、ヒルスはちらっとこちらを見た。一瞬、頬が緩んだように見えたけれど、すぐにまた表情が固くなる。
ふぅ、と小さく息を吐いてから、ヒルスは小さく口を開いた。
「まあ、今日のお前はよくやったな」
「え?」
「レイのダンスが一番輝いてた、と思う」
「……本当に?」
思いもよらない言葉に、私は目を見張る。
調子に乗っちゃうと、またすぐにつれない態度を取られる。分かってる。分かってはいるんだけど……。
「嬉しい!」
こんなサプライズな言葉を受け取って、冷静でいられるわけがない。
「嬉しい! ヒルス、私のこと認めてくれたの!」
人目も憚らず、勢い余ってヒルスに抱きついた。身長差がありすぎて胸に顔を埋める形になっちゃった。だけど喜びに溢れている私の腕は、ヒルスを放す気になんてならない。
「お、おい。なんだよ、そんなに喜ぶか?」
「だって私、ヒルスに憧れてダンスを始めたんだよ! 褒められたんだから嬉しいに決まってる!」
「俺が憧れ、だと……?」
ヒルスの心臓の音が伝わってきた。鼓動がすごく早くなってる。
もしかして照れてるのかな?
そんな反応も可愛い、と思ってしまった。
「分かった、分かったから……そろそろ放してくれ」
困ったような声でヒルスはそっと私の両腕から離れていく。
「──いいね、君たち。とても仲がいい兄妹で、見ているだけでほっこりするよ!」
背後からハスキーな声が聞こえてきた。振り向くとそこには、お洒落なスーツを着こなしたオールバックの男性がいた。
ジャスティン・スミス先生だ。ダンススクールのボスであり、特待クラスのインストラクターをしてる。みんなの憧れのダンサー。
「ミスター・スミス。本日はありがとうございます」
気持ちを切り替え、私は丁寧に挨拶してみせた。
すると先生はにこやかに「ノー」と首を振る。
「レイ、そんなに堅くなることはないさ! 僕たちはみんな仲間だよ。僕のことも気軽に名前で呼んでくれたまえ」
「あ、はい。ジャスティン先生!」
実は直接話をしたことはあまりなかった。噂通りフレンドリーな人みたい。
私の肩の力がすっと抜けていく。
「レイ、今日のダンス、とってもクールだったよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「前々から思っていたんだけど──君には他の子にはない才能があるようだね」
「えっ、そうですか?」
ふんわりしていた笑顔が先生の顔から消え失せ、真剣な眼差しに変わった。
「センスはあるし、新しい技や振り付けもすぐに覚えるだろう。基礎だって手を抜かずに練習しているしね。どんなテンポでもリズミカルに踊れる。何よりも……君のダンスには光るものがあるんだ。見る人を魅了させてくれる、生まれながらに持っている才能を感じさせられるよ」
息継ぎもしない勢いで、先生は次々とそれらの言葉を向けてくれた。
でも、ちょっと待って……。いくらなんでも褒めすぎじゃないかな? お世辞だとしても、そこまで言われると恥ずかしくなる。
顔が熱くなりどう返事をしようか迷っていると、隣でヒルスが大きく頷くの。
「レイ。先生がここまで称賛するなんて、なかなかないんだぞ」
「そうなの?」
先程とは打って変わって、ヒルスはまっすぐ私の目を見て話した。
「ははは。ヒルスの言うとおり、そうかもしれないね! 僕はこう見えてダンスに関しては結構厳しい目で見ているんだ。気軽に褒めたりしないさ。それにヒルスもね、いつもクラス内で言っているよ。『レイは必ず将来ビッグなダンサーになる』ってね!」
「……ヒルスが?」
ちょっと信じられなかった。だって、家ではいつも冷たいヒルスだよ? 私のことをそんな風に言ってくれるなんて……考えられない。
ヒルスは顔を真っ赤にして、慌てたように言うの。
「ジャスティン先生、その話はこいつに漏らさない約束ですよ……」
「まあまあ、照れることはないさ! 事実だろう!」
二人のやりとりを見て、私は思わず目尻が熱くなる。
そうなんだ。ヒルス、そんな風に思ってくれていたんだ……。いつもだったら「もっと褒めてよ」なんてせがんじゃうけど、もう充分だよ。胸がいっぱいでどうしようもない。
こちらに視線を戻し、先生はまた優しい表情に戻った。
「どうかな、レイ。来週から特待クラスに来ないかい?」
「そんな……私なんかがいいんですか? 素敵なダンサーは他にもたくさんいるのに」
「何度も言わせる気かい? 僕もヒルスも君の実力を認めているんだよ。今日のダンスを見て改めて確信した。君はもっとその才能を伸ばすべきだ。僕たちの目に狂いはない!」
先生はキラキラと目を輝かせている。
特待クラスになると、一気にレベルが上がると聞いたことがある。メンバーたちのダンスもそうだし、練習量だって今までと比べられないくらい増える。踊ることは大好きだから、どんなに厳しい練習でも構わないとは思う。でも、メンバーの中には本気でプロを目指す子もいるらしい。そういう人たちと一緒になって練習していくのは、正直プレッシャーはある。
だけど──私も生半可な気持ちで踊ってきたわけじゃない。こんなにも先生が私のダンスを称賛してくれているし、ヒルスからも認めてもらえたし……。
期待と不安とドキドキが心の中で交差する。それでも、私は先生とヒルスに向かって大きく頷いた。
「私でよければ、よろしくお願いします」
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