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守り抜いたあとで②

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(少し時を遡って、オリヴェル視点です。)





 それは、地を覆っていた雪がようやく姿を消し、長かった冬が過ぎ去ろうとしていた日のこと。
 王立騎士団本隊の中隊長を務めるオリヴェルはこの日、同僚で中隊長補佐のアウリスと連れ立って市内を巡回していた。
 本来ならば巡回や警備といった諸業務は一般兵が行うもので、役付であるこの二人にその任はないのだが、机に向かって雑務をするのが大層苦手な二人は度々こうして執務室を抜け出しては街に出張っていた。
 巡回とは体よく言ったもので、要するにただのサボりである。

「腹減ったな。どっか入って飯食おうぜ」
「あ、たまには市場でも行かない?今日あったかいし」
「は?さみーだろ今日。行かねーよ」
「……ヴェルってさ、ほんと寒さにだけは弱いよね」
 二人はこの春で六年目の付き合いになる。
 士官学校を出て十六から戦場に出ていたオリヴェルが、大学校の卒業後入団と同時に小隊長に任官した貴族のお坊ちゃんことアウリスと出会ったのは二十歳の時だった。
 出会った当初、実力で名を挙げていた平民出身のオリヴェルは、アウリスのような貴族の同僚からやっかみに遭うことが多く周囲から浮いていた。
 そんなオリヴェルに興味を示して近づいてきた稀有な男がアウリスだ。そして貴族の中でも位の高い侯爵家の次男であるアウリスに盾突ける者はそういなかったため、アウリスとつるむようになったオリヴェルは次第に周囲からも一目置かれる存在となっていった。
 その当時は騎士団内における階級はアウリスの方が幾つか上であったが、この六年間でオリヴェルは数々の武功を上げ、遂にはアウリスを追い越すまでに至った。
 そして昨年、一個中隊の隊長となった暁には男爵の称号を与えられ、今やオリヴェルも名のある貴族の一員である。


「あ、そういえば……」
 市場と言えば。アウリスはある事を思い出す。
「先週広場の警備してた子らがさ、俺達の天使がどうのって嬉しそうにはしゃいでたんだよね」
「天使だぁ?どうせ宿屋のイリスか、帽子屋んとこのエイラだろ」
 今名前を挙げられた二人はいずれもオリヴェルのお手付きである。
「いや、なんでもそれが、この春まで誰もその子を知らなかったらしいよ」
「ふーん……。そういうことならまあ、行くか」
 オリヴェルはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように目を光らせた。
「あ、最悪、教えなきゃよかった」
 若盛りの男二人は楽しそうにはしゃぐ。
 二十六歳という年齢はこの国において結婚適齢期の真っ只中と言えるが、二人はまだ独身だった。
 出世頭かつルックスまで兼ね備えた彼らは縁談の相手も引く手数多であったが、そんな人生を謳歌するかのごとく、彼らは未だ身を固めずに火遊びに明け暮れているのだ。


 二人が広場に向かってみると、真冬には閑散としていた昼市はすっかり賑わいを取り戻していた。
 オリヴェルとアウリスが姿を現すや否や、辺りのうら若き男女は一斉に色めき立つ。二人に向けて特別愛想よく呼び込みする者や、色っぽい仕草でアピールする者、ただ見惚れては友人とはしゃぐ者など様々だ。
 オリヴェルはつい彼らを品定めするように眺めてしまう。中には見覚えのある顔もある。市場には良くも悪くも人が大勢集まるので、例えば元恋人だったり、一夜過ごしただけの相手だったり、顔を合わせるのが少々気まずい相手と鉢合わせてしまうことも多いのだ。
「ちょっとヴェル、歩くの早い。なに、見つかったら不味い相手でもいた?」
 アウリスがにやにやと問いかけてくる。
「うるせえな。人混みが嫌いなだけだ」
 そんな風に足早に進んでいると、広場の端っこの方で小規模な人だかりができているのを見つけた。どうやら食事を売っている出店が、その小さな店構えの割に繁盛しているらしい。加えて周りを取り囲む客の殆どが若い男だった。
 オリヴェルは確信を持ちながら、その中心に居る店主を一目見ようと覗き込んだ。

 淡い金色の髪が、日に照らされて光るように輝く。
 髪の隙間から覗く白い首は細く、辺りの熱気により少し上気している。きらきらと透けるようなきめ細かい肌に、丸く潤んだ瞳、長く広がるまつ毛、上を向いた桜色の唇。
 派手さは無いが、まるで穢れを知らなさそうな美しい少年だった。




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