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Episode.05
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結局、信彦と美耶は、そのまま裕二のマンションに泊まった。とはいっても、鷹也の祖父母の時のようにゲストルームを用意したのではない。鍵がかかり、簡易シャワーとトイレがある鷹也の部屋に美耶が、鷹也は裕二の部屋へ、信彦はリビングのソファー、という部屋分けになった。
信彦は、階段を降りてくる裕二の足音で、目を覚ました。外はもう明るくなっている。
「眠れた?」
「ああ、ウチのベッドよりフカフカだからな」
毛布をたたみながら、裕二に、信彦が答えた。
「シャワー浴びてこい、タオルは適当なの使っていいから」
「おう、助かる」
信彦と入れ替わりに、鷹也も降りてくる。
「おはよう」
「おはよう
今、増尾がシャワー使ってるから」
そう言いながら、裕二が朝食を4人分、テーブルに並べ始めた。
その香りに誘われてか、美耶もリビングに現れる。彼女はシャワーも済ませ、登校準備も完璧だった。
「タカちゃん先輩の朝食だ
ごちそうになります」
トーストとスクランブルエッグ、ホットミルクと紅茶とコーヒー。テーブルに並んだ、ホテルの朝食並みの品揃えに、美耶が目を丸くする。
「先輩、毎日こんなの作ってるんですか?
マメですね」
「あ、今日は人数いるからまとめて作れるのを用意しただけだ」
「裕二先輩、凝り性だから」
鷹也が笑ってフォローにならないフォローをする。
3人で朝食を始めたところへ、シャワーを浴び終えた信彦が戻ってきた。
次に、鷹也が、最後に裕二が、入れ替わりシャワーを浴びて、全員が朝食を済ませた。
それから、裕二の車で登校する。
昼前、裕二のスマートフォンに、晃からのメッセージが届いた。
内容は、今日1日、講義も実習も休む。午後遅く、澄人に大学病院で診察を受けさせる。そして、厩舎の近くに喫煙所を設けてほしい。というものだった。
昼食後、実習の準備で早々に席を立った美耶と鷹也を見送り、信彦と裕二は馬術部の顧問教授の元を訪ねた。
獣医学部畜産科加藤慶祐教授は、獣医学部教員棟の中でも、特に広い教授室を持っている。とはいっても、デスクと、研究のための資料と論文の山に埋もれた本棚が部屋の大半を占めており、日々訪ねてくる要人のための応接セットが、かろうじて、大学の施設という体を保っている。ただ、その応接用ソファーも、研究員や教授自身のベッドとして利用されることが多い。
裕二と信彦が訪ねた時、教授はソファーでの昼寝から目覚めた直後のようだった。
急に訪ねた2人に、教授自身が不揃いのカップでコーヒーを出す。
「めずらしいね、馬術部でなにか?」
「すみません、こんな時だけ」
挨拶をしてから、馬術部部長として謝る裕二に、物腰柔らかく、いいよいいよ と教授が答えた。学生にも分け隔てなく腰の低い彼の年齢は50代後半、還暦目の前なのだが、見ようによっては40代、場合によっては、30代と間違われる外見をしている。それでいて、競走馬の馬主である政財界の重鎮とも強力なコネクションを持っている。見た目を頭脳、交友範囲が全く釣り合わない、ある意味、研究者として愛される人物だった。
その教授に、昨日厩舎であったことと、晃に喫煙所設置を頼まれたことを話す。
少し考え込んでから、教授が言った。
「高遠くんも、大変だねぇ」
それから、ちょっと待っていて、と、デスクからどこかへ内線電話をかける。
続けて2ヶ所に電話をかけてから、教授が笑顔で戻ってきた。
「実は、前々から、厩務員さんたちから、喫煙所が欲しい、って話があがってきてたんだ
でも、ほら、この時勢、不必要だ、って施設課の許可が降りなくてね」
「タバコなんて百害あって一利なし、の標本みたいなモノですからね」
教授に、信彦が同意する。
実際、男女問わず圧倒的大多数が非喫煙者だ。特に、大学生の場合、喫煙者を探す方が難しいだろう。
だが、厩務員は違う。過疎の山村だった頃からの住人である彼らは、大人は喫煙をするのが当たり前、という世代が多かった。また、若くても、家業である林業や農業の際の虫除けの延長として、喫煙習慣が身についてしまった者もいる。彼らは、厩務の合間はともかく、昼食後や仕事終わりに喫煙することが多い。
実際、厩務員が、こっそりと厩舎の影や飼葉の近くで喫煙していたこともあり、制約を続けて事故が起きるより、場所を決めて安全を確保したいと、教授らは考えていた。
そこへ、裕二らが相談に来たのだ。
「アルファの学生が、フェロモン対策として喫煙する っていうのは初耳でした
医学部のバース性科の先生に尋ねたら、そういう方もいらっしゃる、ということで、施設科への申請にも、一筆協力してくれるそうです」
教授の言葉に安堵して、裕二と信彦は、深々と頭を下げて、教授室を後にした。
実習や午後の講義の後、馬術部部室で準備をしている裕二と鷹也の元へ、案の定、恵介と昌将やってきた。
4人だけが部室に残り、心配してやってきた信彦と美耶は、外で待つこととなった。
部室中央のテーブルに人数分、4本のペットボトルのジャスミン茶を置き、パイプイスに座る裕二と鷹也の前に、昌将と恵介が並んで座る。
昌将と恵介は、昨日のことを気にしてはいないようだった。むしろ、裕二と鷹也が部室で待っていたことを、喜んでいるようにしか、見えない。彼らは、裕二と鷹也しか、見えていないのだ。
「裕二サン、やっぱり、僕を」
「申し訳ない、それはない」
自分を待っていてくれたと受け取り、嬉しそうに話しかけた昌将に、裕二が即答する。
その一方で、声をかけるタイミングを測る恵介に、鷹也は視線をそらし、顔を伏せたままだ。
「この際、2人には、ハッキリ言っておく」
そう前置きした裕二の横、テーブルの下で、鷹也は裕二の上着の裾を握りしめていた。
昌将と恵介は、そんな2人を見て、たぶん、何を言われるのかが、予想できたのだろう。それでも、まだ、期待を残した目で、2人を見る。
「…… 2人も、本当はわかっていると思う
俺と、高遠裕二と三ツ橋鷹也は
運命の番として、つきあっている
だから、2人には、あきらめてもらうしかない」
「でも、アルファは1人に縛られるわけじゃないよね
愛人枠でもいいから」
乗り出して訴える昌将に、裕二は首を横に振った。
「俺は、1人しか、大切にできないから」
横で、恥ずかしそうに鷹也が目を伏せる。対照的に、昌将の目から大粒の涙がこぼれた。
声を上げることも、肩を震わせることもなく、ただ、裕二をみつまたまま。
とっさに、タオルを昌将にかぶせ、恵介が、不服そうに、口を挟んだ。
「……三ツ橋くんは、それでいいんですか?
俺のこと、本当にわからないですか?」
「…… ごめんなさい
コンビニで助けてくれたのは、先輩だったんですね
ただ、降矢先輩のことは、副部長に言われるまで思い出せませんでした」
「その前は?」
えっ と、鷹也が顔をあげる。裕二も驚いて鷹也と恵介を見た。
「ごめんなさい、先輩
その前って」
「俺がアレから三ツ橋くんを助けたのは、
2度目、なんですよ
ああ、でもあの時は、気を失っていたから」
血の気が引き、鷹也が真っ青になった。全身を丸め、握りしめた手に、脂汗も浮き始めている。
あの日の雷と土砂降りの雨、下腹部の痛みが、蘇る。
「大丈夫か?! 鷹也」
裕二が立ち上がり、鷹也を抱きしめた。裕二の腕を、そっと押しのけ、数回小さく呼吸をしてから上半身を伸ばし、鷹也は恵介の方を見る。
「先輩、もしかして
もしかして、通報してくれたのは
先輩だったんですか?」
恵介が、にっこりと笑った。
「あの中学では、ササキタカシは、学内唯一のオメガとして、有名だったんですよ
あの兄弟がいつも一緒だったから、君は気がついていなかっただけで」
そのまま、恵介は当時のことを語り始めた。
彼らの中学校は、当時、バース性を持つ生徒が極端に少なかった。学校全体のアルファは、1年生の翔と瞬の大山兄弟と加藤謙人、3年生の降矢恵介ともう1人、教師1名、の6名。
オメガは佐々木貴志、1人。
アルファの教師は佐々木貴志の学年とは関わらない、事故が起きないようアドバイスのみをする、というポジションに落ち着いた。しかし、生徒はそうはいかない。
結局、牽制し合うであろうアルファたちを同じクラスに、貴志だけを別クラスにして様子をみる、という対策しか、立てられなかった。
「あの日、独りになった君に、声をかけようとしていたのは、彼だけではなかったんです」
恵介は、塾の夏期講習の帰りだった。自宅とは反対側の、図書館へ向かう道を、期待しながら歩いていた。
貴志がベータの同級生たちと図書館通いをしているのは、把握していた。翔と瞬が帰省して、一緒にいない、ということも。
もちろん、貴志の自宅住所も把握している。だから、その道で、偶然を装って出会うことを期待して、歩いていた。
雷の轟音が響き、大粒の雨が大量に降り注ぐゲリラ豪雨の中、ずぶ濡れの貴志と謙人を見たとき、最初に思ったのは『先を越された』だった。
ただ、自転車を挟んで言い争うような雰囲気に、すぐに近づくことはせず、コンビニへ入り、雨宿りのふりをして、遠目で成り行きを見守っていた。
運悪く、そのコンビニで、恵介は同級生数人に話しかけられてしまう。彼らの雑談に付き合っているうちに、恵介は貴志と澄人の姿を見失ってしまった。
雨が上がり、同級生らと別れ、恵介は慌てて貴志らを探した。
「ガード下で、あなたを見つけたときは、心臓が止まりそうになりました」
恵介の言葉で、鷹也は嘔吐しそうになるのを、必死で堪えている。
裕二が、鷹也を支え、部室の洗面台へ連れて行った。
口をすすいで戻った2人に、恵介が、話を続ける。
「ツライことを思い出させて、申し訳ない
でも、俺のバイト先に三ツ橋くんが現れて、また、アイツに付きまとわれていて
また、助けられなくて」
恵介の目にも、涙が浮かんでいた。
「ごめん
たぶん、2回も目の前であなたを助けられなくて
それを認めたくなくて、
再会したことだけを、考えるようにしていたんだ」
恵介はもちろん、昌将も、それ以上はもう、何も言わなかった。
信彦は、階段を降りてくる裕二の足音で、目を覚ました。外はもう明るくなっている。
「眠れた?」
「ああ、ウチのベッドよりフカフカだからな」
毛布をたたみながら、裕二に、信彦が答えた。
「シャワー浴びてこい、タオルは適当なの使っていいから」
「おう、助かる」
信彦と入れ替わりに、鷹也も降りてくる。
「おはよう」
「おはよう
今、増尾がシャワー使ってるから」
そう言いながら、裕二が朝食を4人分、テーブルに並べ始めた。
その香りに誘われてか、美耶もリビングに現れる。彼女はシャワーも済ませ、登校準備も完璧だった。
「タカちゃん先輩の朝食だ
ごちそうになります」
トーストとスクランブルエッグ、ホットミルクと紅茶とコーヒー。テーブルに並んだ、ホテルの朝食並みの品揃えに、美耶が目を丸くする。
「先輩、毎日こんなの作ってるんですか?
マメですね」
「あ、今日は人数いるからまとめて作れるのを用意しただけだ」
「裕二先輩、凝り性だから」
鷹也が笑ってフォローにならないフォローをする。
3人で朝食を始めたところへ、シャワーを浴び終えた信彦が戻ってきた。
次に、鷹也が、最後に裕二が、入れ替わりシャワーを浴びて、全員が朝食を済ませた。
それから、裕二の車で登校する。
昼前、裕二のスマートフォンに、晃からのメッセージが届いた。
内容は、今日1日、講義も実習も休む。午後遅く、澄人に大学病院で診察を受けさせる。そして、厩舎の近くに喫煙所を設けてほしい。というものだった。
昼食後、実習の準備で早々に席を立った美耶と鷹也を見送り、信彦と裕二は馬術部の顧問教授の元を訪ねた。
獣医学部畜産科加藤慶祐教授は、獣医学部教員棟の中でも、特に広い教授室を持っている。とはいっても、デスクと、研究のための資料と論文の山に埋もれた本棚が部屋の大半を占めており、日々訪ねてくる要人のための応接セットが、かろうじて、大学の施設という体を保っている。ただ、その応接用ソファーも、研究員や教授自身のベッドとして利用されることが多い。
裕二と信彦が訪ねた時、教授はソファーでの昼寝から目覚めた直後のようだった。
急に訪ねた2人に、教授自身が不揃いのカップでコーヒーを出す。
「めずらしいね、馬術部でなにか?」
「すみません、こんな時だけ」
挨拶をしてから、馬術部部長として謝る裕二に、物腰柔らかく、いいよいいよ と教授が答えた。学生にも分け隔てなく腰の低い彼の年齢は50代後半、還暦目の前なのだが、見ようによっては40代、場合によっては、30代と間違われる外見をしている。それでいて、競走馬の馬主である政財界の重鎮とも強力なコネクションを持っている。見た目を頭脳、交友範囲が全く釣り合わない、ある意味、研究者として愛される人物だった。
その教授に、昨日厩舎であったことと、晃に喫煙所設置を頼まれたことを話す。
少し考え込んでから、教授が言った。
「高遠くんも、大変だねぇ」
それから、ちょっと待っていて、と、デスクからどこかへ内線電話をかける。
続けて2ヶ所に電話をかけてから、教授が笑顔で戻ってきた。
「実は、前々から、厩務員さんたちから、喫煙所が欲しい、って話があがってきてたんだ
でも、ほら、この時勢、不必要だ、って施設課の許可が降りなくてね」
「タバコなんて百害あって一利なし、の標本みたいなモノですからね」
教授に、信彦が同意する。
実際、男女問わず圧倒的大多数が非喫煙者だ。特に、大学生の場合、喫煙者を探す方が難しいだろう。
だが、厩務員は違う。過疎の山村だった頃からの住人である彼らは、大人は喫煙をするのが当たり前、という世代が多かった。また、若くても、家業である林業や農業の際の虫除けの延長として、喫煙習慣が身についてしまった者もいる。彼らは、厩務の合間はともかく、昼食後や仕事終わりに喫煙することが多い。
実際、厩務員が、こっそりと厩舎の影や飼葉の近くで喫煙していたこともあり、制約を続けて事故が起きるより、場所を決めて安全を確保したいと、教授らは考えていた。
そこへ、裕二らが相談に来たのだ。
「アルファの学生が、フェロモン対策として喫煙する っていうのは初耳でした
医学部のバース性科の先生に尋ねたら、そういう方もいらっしゃる、ということで、施設科への申請にも、一筆協力してくれるそうです」
教授の言葉に安堵して、裕二と信彦は、深々と頭を下げて、教授室を後にした。
実習や午後の講義の後、馬術部部室で準備をしている裕二と鷹也の元へ、案の定、恵介と昌将やってきた。
4人だけが部室に残り、心配してやってきた信彦と美耶は、外で待つこととなった。
部室中央のテーブルに人数分、4本のペットボトルのジャスミン茶を置き、パイプイスに座る裕二と鷹也の前に、昌将と恵介が並んで座る。
昌将と恵介は、昨日のことを気にしてはいないようだった。むしろ、裕二と鷹也が部室で待っていたことを、喜んでいるようにしか、見えない。彼らは、裕二と鷹也しか、見えていないのだ。
「裕二サン、やっぱり、僕を」
「申し訳ない、それはない」
自分を待っていてくれたと受け取り、嬉しそうに話しかけた昌将に、裕二が即答する。
その一方で、声をかけるタイミングを測る恵介に、鷹也は視線をそらし、顔を伏せたままだ。
「この際、2人には、ハッキリ言っておく」
そう前置きした裕二の横、テーブルの下で、鷹也は裕二の上着の裾を握りしめていた。
昌将と恵介は、そんな2人を見て、たぶん、何を言われるのかが、予想できたのだろう。それでも、まだ、期待を残した目で、2人を見る。
「…… 2人も、本当はわかっていると思う
俺と、高遠裕二と三ツ橋鷹也は
運命の番として、つきあっている
だから、2人には、あきらめてもらうしかない」
「でも、アルファは1人に縛られるわけじゃないよね
愛人枠でもいいから」
乗り出して訴える昌将に、裕二は首を横に振った。
「俺は、1人しか、大切にできないから」
横で、恥ずかしそうに鷹也が目を伏せる。対照的に、昌将の目から大粒の涙がこぼれた。
声を上げることも、肩を震わせることもなく、ただ、裕二をみつまたまま。
とっさに、タオルを昌将にかぶせ、恵介が、不服そうに、口を挟んだ。
「……三ツ橋くんは、それでいいんですか?
俺のこと、本当にわからないですか?」
「…… ごめんなさい
コンビニで助けてくれたのは、先輩だったんですね
ただ、降矢先輩のことは、副部長に言われるまで思い出せませんでした」
「その前は?」
えっ と、鷹也が顔をあげる。裕二も驚いて鷹也と恵介を見た。
「ごめんなさい、先輩
その前って」
「俺がアレから三ツ橋くんを助けたのは、
2度目、なんですよ
ああ、でもあの時は、気を失っていたから」
血の気が引き、鷹也が真っ青になった。全身を丸め、握りしめた手に、脂汗も浮き始めている。
あの日の雷と土砂降りの雨、下腹部の痛みが、蘇る。
「大丈夫か?! 鷹也」
裕二が立ち上がり、鷹也を抱きしめた。裕二の腕を、そっと押しのけ、数回小さく呼吸をしてから上半身を伸ばし、鷹也は恵介の方を見る。
「先輩、もしかして
もしかして、通報してくれたのは
先輩だったんですか?」
恵介が、にっこりと笑った。
「あの中学では、ササキタカシは、学内唯一のオメガとして、有名だったんですよ
あの兄弟がいつも一緒だったから、君は気がついていなかっただけで」
そのまま、恵介は当時のことを語り始めた。
彼らの中学校は、当時、バース性を持つ生徒が極端に少なかった。学校全体のアルファは、1年生の翔と瞬の大山兄弟と加藤謙人、3年生の降矢恵介ともう1人、教師1名、の6名。
オメガは佐々木貴志、1人。
アルファの教師は佐々木貴志の学年とは関わらない、事故が起きないようアドバイスのみをする、というポジションに落ち着いた。しかし、生徒はそうはいかない。
結局、牽制し合うであろうアルファたちを同じクラスに、貴志だけを別クラスにして様子をみる、という対策しか、立てられなかった。
「あの日、独りになった君に、声をかけようとしていたのは、彼だけではなかったんです」
恵介は、塾の夏期講習の帰りだった。自宅とは反対側の、図書館へ向かう道を、期待しながら歩いていた。
貴志がベータの同級生たちと図書館通いをしているのは、把握していた。翔と瞬が帰省して、一緒にいない、ということも。
もちろん、貴志の自宅住所も把握している。だから、その道で、偶然を装って出会うことを期待して、歩いていた。
雷の轟音が響き、大粒の雨が大量に降り注ぐゲリラ豪雨の中、ずぶ濡れの貴志と謙人を見たとき、最初に思ったのは『先を越された』だった。
ただ、自転車を挟んで言い争うような雰囲気に、すぐに近づくことはせず、コンビニへ入り、雨宿りのふりをして、遠目で成り行きを見守っていた。
運悪く、そのコンビニで、恵介は同級生数人に話しかけられてしまう。彼らの雑談に付き合っているうちに、恵介は貴志と澄人の姿を見失ってしまった。
雨が上がり、同級生らと別れ、恵介は慌てて貴志らを探した。
「ガード下で、あなたを見つけたときは、心臓が止まりそうになりました」
恵介の言葉で、鷹也は嘔吐しそうになるのを、必死で堪えている。
裕二が、鷹也を支え、部室の洗面台へ連れて行った。
口をすすいで戻った2人に、恵介が、話を続ける。
「ツライことを思い出させて、申し訳ない
でも、俺のバイト先に三ツ橋くんが現れて、また、アイツに付きまとわれていて
また、助けられなくて」
恵介の目にも、涙が浮かんでいた。
「ごめん
たぶん、2回も目の前であなたを助けられなくて
それを認めたくなくて、
再会したことだけを、考えるようにしていたんだ」
恵介はもちろん、昌将も、それ以上はもう、何も言わなかった。
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