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Episode.02
知られたくないこと、知ってほしいこと
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鷹也が病室で目を覚ました少し後、別の病室でも松本澄人も意識を取り戻していた。
自分が個室のベッドに寝かされていることに気がついた澄人は、状況を確認しようと周囲を見回した途端、激しい頭痛とめまい、手足の軽い痺れに襲われた。視界が薄暗く回転し、起き上がることができない。続いて、胃を握り潰れるような痛みが、強烈な吐き気とともに襲ってきた。
ナースコールボタンを押そうと探すが、体が思うように動かない。
誰かが、澄人の上半身を抱え起こし、ゴミ箱のビニル袋が口元に当ててくれた。それから、背中を大きな手が優しくさすった。
胃が空になると、ペットボトルの水が差し出され、それを受け取って、口の中をすすぐ。
一息ついて、ベッドに仰向けに寝転がってから、澄人はお礼の言葉を口にした。
「……ありがとうございます」
「おう、そのまま寝てな」
返事をしたのは医師でも看護師でもなく、医学部3年の上杉晃だった。
「え? 上杉先輩?」
驚いて起き上がろうとした澄人を、晃が止める。
「いいから
皆、有名人の方がいいらしいから、さ
俺がこっちにいてやるよ」
担当医は自分が呼ぶから、と、横になった澄人の、はだけた布団を直す。
晃の気配で安心したのか、澄人の呼吸も落ち着き、すぐに寝息を立て始めた。
ふたたび、澄人が目を覚ました時には、病室の窓の外はすっかり暗くなっている。薄明かりの中、室内を見回すと、壁の時計が目に入った。19時前。
ベッドから少し離れた、小さなライトの下で晃が厚い医学書を読んでいる。彼は、澄人が目覚めたことに気づき、本を自分のカバンにしまう。
「ゆっくり休めたか?」
「あ、はい」
「このまま泊まって行くか?」
晃はそう笑うと、担当医を呼ぶために部屋を出た。
いつもの、定期診断の担当医の診察が終わると、入れ替わりにまた、晃が病室へ入ってくる。
「俺もここに泊まる
誰かいた方が心強いだろ」
「親族以外でもいいんですか?」
「ホントはダメだけど
でも、まぁ、そこは」
晃が曖昧に笑う。
言葉には出さなかったが、澄人も、一人で病室に残されることに不安があった。
「……ありがとうございます…」
「いや
騒動の大元は、きっと、俺のせいだから」
言葉の意味がわからず、澄人が首をかしげる。
晃は、食堂にやってきた翔と瞬が何者であるか、なぜ澄人に暴言を吐いたのかを説明する。内容は、澄人が眠っている間に、様子を見に来た信彦から教わっていた。
晃は、信彦には黙っていたが、翔と瞬が食堂で鷹也を見つけた理由に心当たりがあった。
「俺が、医学部の連中に高遠さんのコイビトについて情報を流したんだ
相手は先日の放火事件の被害者の1人だ、って
で、あの兄弟の同期が現場動画をみつけてきて
今朝、皆で動画を見て、
三ツ橋くんの顔を確かめていたそうだ」
「それで、あの2人が三ツ橋をみつけた、と?」
「そいういこと」
「でも、先輩に、三ツ橋が放火事件の被害者だ、って伝えたの、俺ですから」
そうだったな、と晃が苦笑いをする。
「俺は、高遠の被害には遭ってないけど、な」
少し黙ってから、ベッドに横になって天井を見上げ、澄人が晃に尋ねた。
「威嚇を放つ、ってどんな感じなんでしょう
先輩も、アルファでしょう」
晃もカミングアウトはしていない。が、標準的なアルファなのは明らかだった。ランクはB-。医学部内で最も人数の多い中間ランクだ。
「俺は大昔、ガキの頃に1回っきりだから
覚えてないな」
晃の返事を聞いて、澄人が自嘲気味に笑う。
「俺、威嚇、できないんですよ
なのに、近くにいただけで、1番影響受けて重態になるって、理不尽ですよね
自分に向けられたわけでもないのに」
頭まで布団をかぶった澄人の声が、震えていた。
「松本は、さ
獣医になったどうするの?」
不意に、晃が澄人に尋ねた。
「え?」
戸惑う澄人に、晃はそのまま言葉を続ける。
「実家は開業獣医じゃないって言ってたよね、
企業に就職?」
「あ、いえ、
できるだけアルファやオメガに会わないで住む職場を探すつもりです
田舎の役場とかが理想かな
獣医師の免許さえ取れれば、どこへでも行けるので」
「ホントの田舎はやめておいた方がいい
せめて、県庁所在地あたりにしておけ」
それから、晃は澄人に聞かせるように、なんとなく、一人語りを始めた。
「俺の実家は分家の分家
田舎の名士の末端の、その端っこで ……」
晃は一族の末端の、逃げ遅れた父親が仕方なく農家を継いでいるような家の生まれだ、と言った。
田舎の分家では珍しいアルファ。本家を仕切る老人たちが、一族にアルファが生まれたのは戦後初だ、と歓喜したくらいだ。本家には嫡男が、晃の2歳上に立派な男子がいたというのに。その後も、子供の頃の晃は、事あるごとに本家に呼び出され、いずれは養子にも、という話まで、勝手に進められていた。
そしてそれが、田舎らしい陰湿な嫉妬といじめの対象になった。
「運悪く、IターンだかUターンだかでやってきた家族の娘さんが、その子は中学生で俺の1学年下だったんだけど、オメガだったんだ」
忘れられた、時代に取り残された田舎にアルファとオメガが揃ってしまった。
今はもう、彼女が運命だったのかどうか、確かめようがない、と晃が言った。
「ランク検査の直前に、自殺したんだ
思春期特有の不安定さがその原因、ってされた
遺書もかなった、見つからなかったし」
彼女の葬儀の場で、弔問に訪れた本家の嫡男に、友人顔をして悲しむふりをする、その取り巻きに激昂して、威嚇を使ってしまった、と。
「彼女の両親は、その後すぐに村を出て行った
俺の家も、居づらくなって、家族で東京に出てきた
……だから、ど田舎なんか、住むもんじゃないよ」
布団に潜ったままの澄人に、晃の表情までは、わからなかった。
「……
俺も、高遠を見習って、コイビトを作るか」
「相手は、いるんですか?」
「松本が、立候補してくれるかい?」
晃と澄人は、ようやく、笑うことができた。
自分が個室のベッドに寝かされていることに気がついた澄人は、状況を確認しようと周囲を見回した途端、激しい頭痛とめまい、手足の軽い痺れに襲われた。視界が薄暗く回転し、起き上がることができない。続いて、胃を握り潰れるような痛みが、強烈な吐き気とともに襲ってきた。
ナースコールボタンを押そうと探すが、体が思うように動かない。
誰かが、澄人の上半身を抱え起こし、ゴミ箱のビニル袋が口元に当ててくれた。それから、背中を大きな手が優しくさすった。
胃が空になると、ペットボトルの水が差し出され、それを受け取って、口の中をすすぐ。
一息ついて、ベッドに仰向けに寝転がってから、澄人はお礼の言葉を口にした。
「……ありがとうございます」
「おう、そのまま寝てな」
返事をしたのは医師でも看護師でもなく、医学部3年の上杉晃だった。
「え? 上杉先輩?」
驚いて起き上がろうとした澄人を、晃が止める。
「いいから
皆、有名人の方がいいらしいから、さ
俺がこっちにいてやるよ」
担当医は自分が呼ぶから、と、横になった澄人の、はだけた布団を直す。
晃の気配で安心したのか、澄人の呼吸も落ち着き、すぐに寝息を立て始めた。
ふたたび、澄人が目を覚ました時には、病室の窓の外はすっかり暗くなっている。薄明かりの中、室内を見回すと、壁の時計が目に入った。19時前。
ベッドから少し離れた、小さなライトの下で晃が厚い医学書を読んでいる。彼は、澄人が目覚めたことに気づき、本を自分のカバンにしまう。
「ゆっくり休めたか?」
「あ、はい」
「このまま泊まって行くか?」
晃はそう笑うと、担当医を呼ぶために部屋を出た。
いつもの、定期診断の担当医の診察が終わると、入れ替わりにまた、晃が病室へ入ってくる。
「俺もここに泊まる
誰かいた方が心強いだろ」
「親族以外でもいいんですか?」
「ホントはダメだけど
でも、まぁ、そこは」
晃が曖昧に笑う。
言葉には出さなかったが、澄人も、一人で病室に残されることに不安があった。
「……ありがとうございます…」
「いや
騒動の大元は、きっと、俺のせいだから」
言葉の意味がわからず、澄人が首をかしげる。
晃は、食堂にやってきた翔と瞬が何者であるか、なぜ澄人に暴言を吐いたのかを説明する。内容は、澄人が眠っている間に、様子を見に来た信彦から教わっていた。
晃は、信彦には黙っていたが、翔と瞬が食堂で鷹也を見つけた理由に心当たりがあった。
「俺が、医学部の連中に高遠さんのコイビトについて情報を流したんだ
相手は先日の放火事件の被害者の1人だ、って
で、あの兄弟の同期が現場動画をみつけてきて
今朝、皆で動画を見て、
三ツ橋くんの顔を確かめていたそうだ」
「それで、あの2人が三ツ橋をみつけた、と?」
「そいういこと」
「でも、先輩に、三ツ橋が放火事件の被害者だ、って伝えたの、俺ですから」
そうだったな、と晃が苦笑いをする。
「俺は、高遠の被害には遭ってないけど、な」
少し黙ってから、ベッドに横になって天井を見上げ、澄人が晃に尋ねた。
「威嚇を放つ、ってどんな感じなんでしょう
先輩も、アルファでしょう」
晃もカミングアウトはしていない。が、標準的なアルファなのは明らかだった。ランクはB-。医学部内で最も人数の多い中間ランクだ。
「俺は大昔、ガキの頃に1回っきりだから
覚えてないな」
晃の返事を聞いて、澄人が自嘲気味に笑う。
「俺、威嚇、できないんですよ
なのに、近くにいただけで、1番影響受けて重態になるって、理不尽ですよね
自分に向けられたわけでもないのに」
頭まで布団をかぶった澄人の声が、震えていた。
「松本は、さ
獣医になったどうするの?」
不意に、晃が澄人に尋ねた。
「え?」
戸惑う澄人に、晃はそのまま言葉を続ける。
「実家は開業獣医じゃないって言ってたよね、
企業に就職?」
「あ、いえ、
できるだけアルファやオメガに会わないで住む職場を探すつもりです
田舎の役場とかが理想かな
獣医師の免許さえ取れれば、どこへでも行けるので」
「ホントの田舎はやめておいた方がいい
せめて、県庁所在地あたりにしておけ」
それから、晃は澄人に聞かせるように、なんとなく、一人語りを始めた。
「俺の実家は分家の分家
田舎の名士の末端の、その端っこで ……」
晃は一族の末端の、逃げ遅れた父親が仕方なく農家を継いでいるような家の生まれだ、と言った。
田舎の分家では珍しいアルファ。本家を仕切る老人たちが、一族にアルファが生まれたのは戦後初だ、と歓喜したくらいだ。本家には嫡男が、晃の2歳上に立派な男子がいたというのに。その後も、子供の頃の晃は、事あるごとに本家に呼び出され、いずれは養子にも、という話まで、勝手に進められていた。
そしてそれが、田舎らしい陰湿な嫉妬といじめの対象になった。
「運悪く、IターンだかUターンだかでやってきた家族の娘さんが、その子は中学生で俺の1学年下だったんだけど、オメガだったんだ」
忘れられた、時代に取り残された田舎にアルファとオメガが揃ってしまった。
今はもう、彼女が運命だったのかどうか、確かめようがない、と晃が言った。
「ランク検査の直前に、自殺したんだ
思春期特有の不安定さがその原因、ってされた
遺書もかなった、見つからなかったし」
彼女の葬儀の場で、弔問に訪れた本家の嫡男に、友人顔をして悲しむふりをする、その取り巻きに激昂して、威嚇を使ってしまった、と。
「彼女の両親は、その後すぐに村を出て行った
俺の家も、居づらくなって、家族で東京に出てきた
……だから、ど田舎なんか、住むもんじゃないよ」
布団に潜ったままの澄人に、晃の表情までは、わからなかった。
「……
俺も、高遠を見習って、コイビトを作るか」
「相手は、いるんですか?」
「松本が、立候補してくれるかい?」
晃と澄人は、ようやく、笑うことができた。
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