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Episode.02

兄弟が探しているのは

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 ようやく、裕二、信彦、美耶の3人が、いつものような軽い雑談を交わせるようになった頃、診察室へ永浜准教授が戻ってきた。その後ろには、翔と瞬がいる。
 准教授に促されて入室した2人に、裕二が真っ先にイスから立ち上がり、頭を下げた。
 「あんな風になるとは思わなかった
 すまない」
 「僕たちも、高遠さんに苦情を言うつもりは、ありませんから」
 そう翔が言って、2人同時に、軽く頭を下げる。
 「気が済んだら、状況のすり合わせをしよう
 なお、誰かが威嚇を発したら、強制的に眠らせる」
 准教授が、テーブルに用意したアンプルと注射器を示した。

 翔と瞬によると、食堂で再会した「彼」は、かつて、実家マンションの隣室に住んでいた幼馴染の「佐々木貴志」だという。
 貴志のバース性はオメガで、アルファである自分たちのどちらかと将来は番になる、と約束するくらい仲が良く、いつも一緒だった。しかし、ある日突然、何の前触れもなく引っ越し、音信不通となってしまった。兄弟の家族、母親同士が仲よかったはずの彼らの親ですら、その後の連絡先を知らず、ずっと探していたのだ、と。


 今朝、1限の講義の開始前、階段教室の端に集まって騒ぐ同期たちが気になり、瞬がその輪に加わった。
 皆が見つめる大きめのタブレットに映っていたのは、少し前にSNSに流れた個人撮影の、大学近くの学生向けアパート火災の動画だった。放火、ということで結構な騒ぎになったのを、瞬も覚えていた。
 今頃? と疑問も覚えたが、火災現場での救急医療の参考にしているのかと思い、覗き込む。と、画面に見知った、懐かしい面影のある顔が映し出された。
 「あ!」
 声を上げ、急いで翔を呼び寄せる。そのまま、同期からタブレットを奪って、画像を彼に見せた。
 動画から切り取られた人物の画像、拡大されたその顔を見て、2人は驚き、確信する。
 「ねぇ、この人、」
 「ウチの学生?」
 「そう、この彼が今話題の1年の」
 翔も瞬も、タブレットの持ち主の同期の言葉を、途中から聞いていなかった。探していた幼馴染、佐々木貴志が同じ大学にいるとわかっただけで、十分だった。

 2人はそのまま講義を休み、手分けして、広い校内を探し回った。正門で登校する学生たちの間を歩き、図書館はもちろん、他学科の講義を覗いたりもした。
 
 昼過ぎ、昼食に集まる学生たちの中に、やっと、翔があの動画の人物を発見した。動画の彼は、男性2名と女性1名に囲まれ、にこやかに、楽しそうに会話をしている。その表情に、彼で間違いない、と確信をする。
 翔は、すぐに瞬を呼んだ。
 再会を喜ぶと同時に、貴志の左に座る澄人が目に入った。直接の面識はなかったが、翔と瞬は学内で澄人の姿を見かけたことがあった。医学部の講義で見学したバース性科診察室にいた男性、治験治療に協力している最低ランクのアルファだ。
 彼と話しをする澄人の様子を見て、翔と瞬は同時に、ある人物を思い出した。

 それは、翔と瞬と貴志が中学に進学した直後のこと。
 彼らが進学した中学は、バース性を持つ学生が極端に少なく、彼らの学年では、オメガは貴志1人、アルファは翔と瞬、そして加藤謙人の3人だけ。
 他の小学校から入学した謙人にとって、佐々木貴志は初めて会うオメガだったらしい。3人につきまとい、ことあるごとにアルファである翔と瞬を排除して、貴志と2人きりになろうとした。当の貴志は謙人が苦手だったらしく、謙人以外の誰かと、翔と瞬と常に一緒にいようとしていた。

 そういえば、と、翔が瞬に言った。
 2人は、貴志が、佐々木家がいなくなったことにばかり気を取られていたが、その少し後に、謙人も中学に来なくなったことも、思い出したのだ。
 佐々木家が引っ越した原因に、謙人が関わっていたのでは、と疑った時、食堂の、鷹也たちの親しげな会話が耳に入ってきた。


 「よくわからないアルファいたから、引き離さないと、と思って、ひどいこと言ってしまって」
 「職務上知り得た秘密でタカシの友人を罵倒したことは、反省しています」
 瞬に続き、翔も澄人に謝る言葉を口にする。
 「松本さんへの謝罪は、
 彼の意識が戻ってから、直接お願いします」
 翔と瞬の話を、永浜准教授が締めくった。

 「先生は
 佐々木貴志と三ツ橋鷹也の関係を、
 2人が同一人物なのか、他人の空似なのかどうか
 ご存知ですね」
 つかの間の沈黙を破って、裕二が准教授に尋ねた。
 「その質問に答えられる立場ではありません」
 永浜准教授がそう答えた時、ふたたび、診察室のドアをノックする音が響いた。
 翔と瞬の担当医とは別の医師が入室し、准教授の耳元で何かを伝える。
 准教授は目の前にいる当事者たち、翔と瞬、裕二、美耶、信彦を見比べてから、大山兄弟だけ連れ、また、診察室を出て行った。
 あとの3人には、少し待つように、と伝えて。

 小一時間ほど過ぎてから、先刻、永浜准教授を呼びに来た医師が現れた。
 その医師に促され、3人は入院病棟へ向かう。

 目的の病室がある階のエレベーターホールに置かれた木製ソファーには、泣きながら小声で会話をする翔と瞬が座っていた。
 声をかけようとした美耶を先導する医師が止め、3人は黙ってその横を通り過ぎる。そして、案内された名札のない病室の前には、永浜准教授が立っていた。
 3人とも、准教授の姿を見て、その病室に誰がいるのかが、すぐにわかった。
 「まず、高遠部長だけで入った方が、いいと思う」
 美耶が、気を使ってなのか、そう裕二に話しかけ、信彦も頷いた。
 裕二を残し、永浜准教授に手招きされて、美耶と信彦はエレベーターホールの、先ほど翔と瞬がいた談話スペースに向かった。

 ドアをノックしてから、担当医を外に残し、裕二が部屋に入る。
 病室のベッドには、上半身を起こした鷹也が座っていた。顔色ももう、そんなに悪くはない。
 ふらふらと手を伸ばして近づき、裕二はベッドの端に腰掛けて、鷹也を抱きしめる。
 「ごめん
 他のアルファに抱えられているのを見て
 頭に血が上った
 こんなことになるなんて」
 「それじゃぁまるで
 ホンモノの恋人同士みたいじゃないですか」
 「本物に、なってくれ」
 「え?!」
 真っ赤になってワタワタと暴れる鷹也を、裕二はしっかりと抱きしめたまま、黙っていた。
 「……ボクは、ボクみたいなのは
 超高位アルファの先輩とは、釣り合わない」
 「そんなのは俺が決める」
 少し強引に、戸惑う鷹也の唇に、裕二が唇を重ねた。
 んっ ふっ
 嗚咽にも似た、苦しそうな鷹也の声で、ようやく、裕二が離れる。
 唾液が糸を引いて、濡れた鷹也の唇を、裕二が右親指で優しく拭いた。
 そのまま裕二に見つめられて、真っ赤になった鷹也の目から大粒の涙がこぼれる。
 すくに、裕二の胸に顔を埋め、肩を震わせ、鷹也が大声をあげて泣きだした。
 「……も…  もうヤダ
 びょういん ヤダ
 …かえりたい  …かえる
 おうちにかえる」
 子供のように大声で泣き叫ぶ鷹也に驚きつつ、裕二は彼をやさしく、なだめるように抱きしめる。
 そこへ、担当医の報告を受けたのであろう、永浜准教授が飛び込んでくる。
 「鎮痛剤を」
 「いや、落ち着いたら連れて帰るので」
 准教授の指示で注射を打とうとした担当医を、鷹也を抱きしめたまま、裕二が止める。
 その、指示を出した准教授の後ろで、美耶が背伸びしながら鷹也に手を振った。
 「三っちゃーん
 ダイジョーブー?」
 美耶の声で我に帰り、鷹也は裕二を突き飛ばすように離れる。それから、真っ赤になって周囲を見渡した。
 「あ、あれ?
 ボク …… あれ??」
 涙と鼻水、よだれでデロデロになった鷹也の顔を、裕二が優しく、ティッシュで拭う。
 その後ろ、美耶の後ろにいた信彦が、肩を震わせ、笑いを堪えていた。中の様子が見えない翔と瞬は、困った顔で立ちつくしている。
 その、翔と瞬の気配を感じたのか、裕二が鷹也の肩を引き寄せた。その様子に、美耶と信彦が、ニヤニヤと笑い、翔と瞬は悲しそうな表情を見せる。
 「……やっぱり…」
 翔が言いかけて、口をつぐむ。
 唇をかみしめる瞬を見て、鷹也が言った。
 「ごめん
 ボクは三ツ橋鷹也だから」
 鷹也の右手は、裕二の上着の裾を握りしめていた。
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