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Episode.01

ファミレスにて

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 その日の馬の世話が終わり、地元枠で雇われた厩務員たちと雑談しながら、美耶と澄人は鷹也を待っていた。
 そのうち、講義や実習の終わった裕二と信彦がそれぞれやってきたが、鷹也はなかなか現れない。
 日も傾きかけた頃、ようやく、慌てた様子で鷹也が走ってきた。
 「ゴメン
 学生課に相談に行ったら、他の部屋の人も相談に来てて、みんなで話を聞いてたら遅くなった」
 鷹也たちが学生課職員に聞いた話によると、アパートの火災は彼ら5人が大学に戻ってから1時間半後、出火から3時間半で完全鎮火、建物は全焼。放火事件ということで、明日から3日くらいかけて消防と警察の現場検証の予定になっている。荷物があれば、というか、焼け残っていれば、自分で回収できる。だたし、取りに行けるのは現場検証終了後、早くても3日後の午後になるだろう、という。
 鷹也が入居していたのは、1階につき4部屋、計12部屋ある3階建て新築アパートの2階、アパート入口側にある階段から2番目の部屋、放火された部屋の真上。なので、部屋の中まで火が回り、荷物の大半の物は燃えているだろうし、燃えてはいなくても消火用水を大量にかぶっているので、使えるものはたぶん、残っていない。
 それから、貸主は火災保険に入っており、契約時の保険内容次第で、これは住人によって違いがあるが、家電等の保証はあるかもしれない。が、保険が降りるとしても、それまでにかなり時間がかかるらしい。
 代替住居は不動産屋が探してくれるが、時期が時期だけに、早急に見つかる可能性は低い。また、今残っている部屋はあまり良い物件ではなく、大学近隣から遠い、学生以外の需要があるターミナル駅周辺のもの、だそうだ。しかも、運良く住みやすい物件が見つかったとしても、新規契約になるので敷金礼金が必要になるだろう、とも。
 鷹也の話を聞いていた全員が、居合わせた厩務員までもガッカリと肩を落とした。
 「あ、でも、実家に電話したら、ジイちゃん、祖父がまとまったお金を振り込んでくれて、
 駅前のネカフェで数日過ごすくらいなら」
 「俺のところへ来るんだろ
 ネカフェとか無駄遣いしないで、服とか、必要なモノを買うだけにしろ」
 鷹也の髪を裕二が、ぐしゃぐしゃと不機嫌そうにかき回す。それを見て、驚く信彦と固まる澄人。
 それを見ていた、美耶が慌てて助け舟を出す。
 「じゃぁ、今から買出しに行こう」
 結局、裕二の車で5人は馬術部部室を後にした。

 美耶のセンスで買わされた大量の衣料品と、貯まっていたポイントで交換した充電器を後部座席に積み込み、助手席に鷹也を乗せた裕二の車を、信彦、美耶、澄人の3人は手を振って見送った。
 「俺らは俺らでメシでも食っていく?
 おごるよ、ファミレスだけど」
 わーい と喜ぶ美耶とは違い、ホッとした表情の澄人は、一度は断った。しかし、美耶に押し切られ、3人で駅ビル内のファミリーレストランに入る。

 「松本くんは、高遠がニガテ?」
 「あ、いえ、あの」
 「先輩、スミちゃんは……」
 口ごもり下を向く澄人の代わりに、美耶が周囲を伺ってから、小声で信彦に、澄人がアルファであることだけを説明する。
 「っていうか、高遠部長、微妙にスミちゃんにアタリが強い気がするんですよね
 ランク差があっても、同じ、だからかなのなぁ」
 うーん、と美耶の言葉に信彦が首をかしげる。
 「俺、タカちゃんとは中学からなんだけど、
 特に、他のアルファにアタリが強いとかって、今までなかったんだよね
 っていうか、三ツ橋くん、ベータだよね」
 美耶と澄人が顔を見合わせる。本人から明確なカミングアウトを聞いたことがなかったからだ。
 「三っちゃん、チョーカーしてないよね」
 「あ、俺、抑制剤で嗅覚バカになってるから、超高位のオメガが発情期ピークのフェロモンを撒いてない限りわからないです」
 3人が同時にもう一度、首をかしげた。

 先日、歓迎会の席で隣サークルの男子がしていたように、オメガが太めのチョーカーをつけるのは、自衛のためだ。発情した状態でアルファに首筋を噛まれると、番として一生、噛んだ相手に縛られるからだ。近年は24時間以内の服用で番の成立を阻害する緊急避難薬も開発されたが、それでも、オメガ側の心身の負担は大きい。
 誘惑の意図がない限り、オメガがチョーカーを使用しないということは、ありえないのだ。

 少し考えて、信彦は話せる範囲だけ、と前置きして、彼の知る高遠裕二を語り始めた。
 「タカちゃん、あ、いや、高遠は兄がアレだから、すり寄ってくる連中が多くて
 誰かを、あんな風に自分から積極的に懐に取り込むなんて、俺の知る限り初めてなのよ……」

 沖縄の離島出身の信彦は、ベータだったこともあり、早々に親元を離れて、都内の中高一貫教育で寮のある学校へ入学した。そこで知り合ったのが高遠裕二である。
 クラスメイトとして仲良くなった当初は、普通の、金持ちではないが生活には困らない程度の、平均よりはお金に余裕のある家庭のアルファだった。
 彼の周囲が一変したのは、3歳年上の兄が世界でも稀な、日本では2名しかいない超高ランク、A+++のアルファと判定されてから、だ。周囲は弟も同ランクなのでは、と期待し、特例で早期検査を実施した。結果、裕二はA++のアルファだと判定された。兄のA+++には及ばないが、A++も超高ランクであり、日本では200名ほどいるとされている。皆、高名な研究者や大企業の経営者、超名門大学などで学ぶ者たちばかりだ。
 当然のように、裕二の周囲にはオメガはもちろん、ベータ、アルファの男女までが親しくなろうと溢れるようになった。
 そんな中、兄弟の父親が自らの経営する会社を、高校に進学したばかりの裕二の兄に任せるようになった。

 高遠家が経営する会社は、戦後間もない頃に兄弟の曽祖父が上京して立ち上げた、化粧品輸入代理店から始まる医薬品販売会社だった。それを祖父、父が順次引き継ぎ、小規模ではあるが、守ってきた。
 高遠家は、わかる限りではあるが、曽祖父も祖父も父も、代々アルファだった。その中で、判明している父のランクはB-、中間ランクのアルファだった。このご時世、このままジリ貧になるよりは、と、長男の才能と話題性に賭けたらしい。
 その、父の目論見通り、わずか数年で会社は日本有数の医薬化粧品、化学原料を製造する巨大企業グループへと急成長し、今に至っている。

 「で、激レア高ランク、トップアルファってだけでなく、巨大企業の大金持ちCEO弟、とまぁ、媚びる連中で溢れて…
 通ってたのが寮のある中高一貫校じゃなかったら、もっとひどかったと思う
 1コ上にバリバリ旧家の血筋至上主義金持ちエリートアルファ一族の跡取りがいたから、なおさらってのも、あったんだろうな
 だからアイツは基本、人間キライだし、警戒心が強いハズなんだよね」
 「三ちゃん、のほほんポヤポヤしてるから、癒されるんじゃないの? 金銭欲とかないタイプだし」
 「君たちも、目の色が変わらないタイプだよね」
 「え、だって、別世界の話じゃん」
 「伝説の激レアSSSカード、とか言われても、そうなんですねー、としか……」
 美耶も澄人も、ドラマやマンガの話くらいの感覚で聞いているようだった。
 「俺にアタリが強いの、ランク関係なく同じアルファだから、ってのが理由だったら
 ちょっとかなり嬉しいかも」
 澄人が、はにかみながら言った。
 「で、そんなトップシークレットみたいな話
 こんなトコロで私たちにしても良かったの?」
 デザートの季節のパフェをつつきながら、美耶が尋ねる。澄人も、ドリンクセットのメロンソーダを飲みながら、うんうん、と頷いた。
 「許可もらっているから大丈夫
 というか、変なトコから歪んだ情報吹き込まれたら困る、って言われてるんだわ」
 「それも牽制だったら、いいな」
 澄人には、裕二が『自分は超上位アルファなだけでなく、社会的地位もあるのだ』と、威嚇しているようにも思えた。
 「なら、なおさら、三っちゃんは謎の人、よね」
 「ベータ男性ならいろいろ安心、ってカンジじゃないのかな」
 2人は、澄人の発言に一理ある、とは思ったものの、なんとなく納得がいかないままだった。
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