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Episode.01
理系ですが、IT苦手です
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理浜大学の医療系学部(医学部、歯学部、看護学部、薬学部、獣医学部、理工学部と農学部の一部)は、都内とは名ばかりの都県境近くの山間にある。2年前、とある企業グループの支援が始まり、巨大な付属総合病院と企業合同研究所を併設するために、都心から山奥の過疎村へ移って来たのだ。
斜面ばかりだった山林は開発されて関連の施設が立ち並び、今も造成と研究施設建設が進められている。以前の、里山の面影は農学部森林学科の実験林にのみ、残っているだけだ。
新入生オリエンテーション初日。
新入生たちは学部ごとの掲示板前で、スマートフォンを使い二次元コードを読み取って、目的地へ足早に去ってゆく。その場で立ち止まったまま提示内容を確認する学生はまずいない。
そんな彼らの後ろを通り抜けようとした薬学部2年の高遠裕二は、一人の新入生に気がついた。
珍しく、その学生だけが掲示板を見上げ、メモ帳に手書きで内容を書き留めている。
貴重というか、マジメというか、逆に、珍しいな、と足を止め、なんとなく後ろ姿を眺めていた。
突然、驚いたように彼が振り返る。
一瞬だけ目が合った。が、彼の視線は裕二の後ろ、正面ホールに移る。
見つけた何かに青ざめ、新入生が逃げるように走り出した。そのまま、正門から飛び出そうとするのを、裕二が慌てて止める。
2人の鼻先をダンプカーが掠めていった。
「大丈夫か?」
抱える裕二の左腕にしがみつき、新入生は青ざめたまま震えている。
「す、すみません。
……あ、ありがとうございます……」
大学周辺の造成と施設建設は、あと数年は続く見通しだ。そのため、常に、大学敷地周辺の狭い村道を大型工事車両が結構な速度で走り抜けている。
恐怖のためか、パニックを起こしかけた新入生に、裕二はカバンから新品のペットボトルのジャスミン茶を取り出して、蓋を緩め、手渡した。
バシャ っと、新入生の手が滑り、中身が飛び散る。ほんのりと、ジャスミンの甘く爽やかな香りが周囲に拡がった。
「あー……」
裕二はカバンからタオルを取り出し、新入生の胸元を抑えるように拭く。タオルはそのまま固まっている彼に手渡した。
「部で使うヤツだから、気にしないで
あ、俺、馬術部で、新入部員募集中だから」
裕二が、ニカっと笑う。
つられて新入生は引きつった笑顔を返し、ハッと、思い出したように、何かを探すように周囲を見回した。
「あ、ありがとうございました」
何も見つけられなかったのか、少し落ち着きを取り戻してから、ハッキリと、裕二の目を見て礼を言う。新入生の手にはタオルとペットボトルが残った。
(それにしても、香りの強いお茶だな)
ジャスミン茶の香りとともに、警戒心が残る真っ直ぐな瞳が、強く裕二の印象に残った。
斜面ばかりだった山林は開発されて関連の施設が立ち並び、今も造成と研究施設建設が進められている。以前の、里山の面影は農学部森林学科の実験林にのみ、残っているだけだ。
新入生オリエンテーション初日。
新入生たちは学部ごとの掲示板前で、スマートフォンを使い二次元コードを読み取って、目的地へ足早に去ってゆく。その場で立ち止まったまま提示内容を確認する学生はまずいない。
そんな彼らの後ろを通り抜けようとした薬学部2年の高遠裕二は、一人の新入生に気がついた。
珍しく、その学生だけが掲示板を見上げ、メモ帳に手書きで内容を書き留めている。
貴重というか、マジメというか、逆に、珍しいな、と足を止め、なんとなく後ろ姿を眺めていた。
突然、驚いたように彼が振り返る。
一瞬だけ目が合った。が、彼の視線は裕二の後ろ、正面ホールに移る。
見つけた何かに青ざめ、新入生が逃げるように走り出した。そのまま、正門から飛び出そうとするのを、裕二が慌てて止める。
2人の鼻先をダンプカーが掠めていった。
「大丈夫か?」
抱える裕二の左腕にしがみつき、新入生は青ざめたまま震えている。
「す、すみません。
……あ、ありがとうございます……」
大学周辺の造成と施設建設は、あと数年は続く見通しだ。そのため、常に、大学敷地周辺の狭い村道を大型工事車両が結構な速度で走り抜けている。
恐怖のためか、パニックを起こしかけた新入生に、裕二はカバンから新品のペットボトルのジャスミン茶を取り出して、蓋を緩め、手渡した。
バシャ っと、新入生の手が滑り、中身が飛び散る。ほんのりと、ジャスミンの甘く爽やかな香りが周囲に拡がった。
「あー……」
裕二はカバンからタオルを取り出し、新入生の胸元を抑えるように拭く。タオルはそのまま固まっている彼に手渡した。
「部で使うヤツだから、気にしないで
あ、俺、馬術部で、新入部員募集中だから」
裕二が、ニカっと笑う。
つられて新入生は引きつった笑顔を返し、ハッと、思い出したように、何かを探すように周囲を見回した。
「あ、ありがとうございました」
何も見つけられなかったのか、少し落ち着きを取り戻してから、ハッキリと、裕二の目を見て礼を言う。新入生の手にはタオルとペットボトルが残った。
(それにしても、香りの強いお茶だな)
ジャスミン茶の香りとともに、警戒心が残る真っ直ぐな瞳が、強く裕二の印象に残った。
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