上 下
14 / 23
Episode.03

塔の前

しおりを挟む
   塔の前

 自分が、白い天井の、白いベッドに寝かされていることがわかり、ディルは慌てて起き上がろうとした。
 その時やっと、自分の左手を握りしめる誰かの両手に気づく。
 リョクがベッド脇の簡易椅子に座り、赤く泣き腫らした瞼を閉じ、毛布に伏して寝息を立てていた。眠っていても、両手が緩むことはなく、離すまいとする意思が伝わってくる。
 ディルは何がどうなったのか、さっぱりわからなかった。自分が医療施設の、病院らしい施設のベッドに寝かされていること以外。
 ゴソゴソと、自分と周囲を伺うディルの動きで、リョクが目を覚ます。
 意識を取り戻したディルをしばし見つめ、リョクが大声で、幼児のように泣き出した。
 「……でぃ るぅ……」
 名前を呼ぶのもやっとのリョクが全力でディルへしがみつく。そこへ、ボアズとフリートが駆け込んできた。
 いつも強面のはずの2人の顔が緩み、しかも、フリートは涙目になっている。
 「……いったい、なにが…」
 「それはこちらも聞きたい」
 あの場所、ディルとリョクが管理塔と思い入ってしまった廃棄塔の前で何があったのか、ボアズがゆっくりと説明を始めた。


 廃棄塔の前で、唇まで青ざめ、涙目で震えるリョクを抱き、ボアズは魔力操作に長けた者の到着を待った。
 学園内とはいえ、ディルが行方不明になった場所。周囲に優秀な騎士団員たちがいるとはいえ、危険なことに変わりはない。信頼する部下にリョクを預け、安全な場所に移動させることも、ボアズは考えた。
 しかし、パニックを起こす寸前のリョクを自分から引き剥がし、誰かに預けることなど、できるはずもない。
 リョクは同世代の男児より小柄で軽い。これ以上何かがあれば、このまま、自分の腕で守るしかないと、ボアズは覚悟を決めた。

 程なくして、第二騎士団団長コンラートが、珍しく慌てた様子で現れた。
 「ご子息が行方不明?」
 動揺した声でコンラートが尋ねる。
 「罠にかかったようだ」
 そう言って、ボアズがあの、リョクから受け取ったアクアマリンを手渡した。それはアクアマリンというより、安価な翡翠のような白い石に変わっている。
 「これは」
 受け取って、コンラートの表情が変わった。彼の様子に驚きつつ、リョクがしどろもどろで答える。
 「朝、食堂で拾って、その時はもっと透き通っていて
 それを、ディルと管理塔に届けようって
 管理塔に来たハズなのに
 中には騎士団の制服の人がいて
 その人、第二騎士団の紋章をつけていて」
 「間違いはないか!」
 ビクッ と、リョクがコンラート怒声に凍りつく。が、すぐに、首を縦に振った。ボアズの制服にしがみつく手が、震え続けている。
 リョクの返事を聞いて、コンラートがアクアマリンを強く握りしめた。
 「昨夜から、第二騎士団の1人が行方不明のままだ」
 「寮の管理室担当か?」
 「なぜそれを?」
 「管理室が空だったので、2人は管理塔に届けようとしたそうだ」
 ボアズの言葉でコンラートの腕に、さらに力が入る。
 ピシッ と、彼の手中のアクアマリンにヒビが入る音が響いた。
 「……管理室のロッカーに成人男性2人の遺体が押し込められていた、との報告が、ついさっき上がってきたところだ」
 犯行は、昨夜から朝にかけてと推定されている。発見された遺体のどちらかが第二騎士団団員、アクアマリンの持主。もう1人の被害者、管理室担当の学園職員の魔石も、持ち去られているという報告もあった。やはり、リョクとディルを標的にしたものに間違いない、と、ボアズとコンラートは確信した。
 15歳の、世間知らずの子供に、魔石を紛失すること
自体が重大事件だと、それが安全と思い込んでいる学園内であっても、と忠告するのは容易い。が、今はディルを探す方が優先だ。

 「幻術をかけられたタイミングはわからない
 が、2人を廃棄塔に誘導し、
 さらに、ディルをどこかへ転送した痕跡がある
 転移先の特定が最優先だ」
 ボアズに説明され、コンラートが第二騎士団団員に指示を出した。

 魔力探知はかなり特異な魔法にあたる。自らの魔石に蓄えた魔力を雲霧のように四散させ、ぶつかった魔力の残渣を追いかける、という仕組みだ。ただ、魔力と魔石の消耗が激しいため、騎士団員の中でも使える人物が限られている。もちろん、コンラートも使えるが、副団長のレオノアの方が、巧みに操ることができた。
 塔の前で人払いをし、集中するレオノラに、今しがた駆けつけたフリートが魔法石を、グリーントルマリンを手渡す。
 彼女はそれを受け取ると、両手で包み呪文を唱えた。
 一帯に淡い緑の霧が広がる。
 「えっ?」
 霧が収まってから、レオノアが驚きの声を漏らした。
 「どうした」
 コンラートが駆け寄る。
 「あ、いえ 場所がわかりました」
 「どこだ?」
 ボアズが真っ先に尋ねる。
 「転移先ですが、
 それが、この、廃棄塔の地下、かなり深い場所です」
 「地下?」
 コンラートとボアズが顔を見合わせた。

 この、魔法学園の敷地内の、ヒトの王国の離宮だった当時の資料は少ない。が、魔法学園として整備した際、園内は徹底的に調査されている。
 昨年末、神子候補入学に合わせて騎士団が学園の警備に加わることになり、離宮時代の資料と学園創立時の資料に最新の資料を照らし合わせ、一致しない箇所は再調査するとともに、騎士団と学園職員の全体で情報共有が行われた。もちろん、その時に廃棄塔も再調査され、建物とその周辺の地下には、基礎以外何もないとの報告が上がっていた。

 「自分が行きます、正確な位置を」
 フリートが真っ先に名乗りをあげる。
 「待ってください、詳細を探査しないと」
 「それでは遅い!」
 止めようとしたコンラートを殴る勢いで、フリートが彼の襟首を掴んだ。それを、ボアズが止める。
 「落ち着け」
 「でも兄さん、2人が」
 言いかけて、やっと、ボアズの腕にリョクが抱かれていることに気がついた。
 「……ちちうぇえ…」
 涙と鼻水で真っ赤な顔のリョクを、フリートが両手で受け取り、抱きしめる。
 「行方不明なのはディル1人だ
 私が行く」
 「しかし!」
 「お前よりは冷静だ
 それに、父親である私の方がふさわしい」
 ボアズがリョクの頭をなだめるように軽く叩き、廃棄塔の入口をにらんだ。
 ウォォォォン
 同時に、狼の遠吠えが響いた。
 集まった騎士団員全員が吹き飛ばされるほどの轟音。塔の入口に近い者ほど、両耳を抑え、地面に転がった。

 遠吠えが止み、伏せていた団員たちが顔をあげる。
 廃棄塔の入口正面を見据え、剣を構えるボアズの前に巨大な、塔の2階よりも体高のある巨大な白狼が立ちふさがった。
 聖獣フェンリル。
 皆が固まり、息を飲む。
 しかも、フェンリルの大きな口にはディルが咥えられていた。蒼白のディルの制服が、特に上半身のシャツが血で赤黒く染まっている。
 髪が逆立つほどの殺気を放ち、剣を構えるボアズの両腕には、柄をねじ切るほどの力が込められている。
 自らに向けられる視線を物ともせず、フェンリルはボアズを見下ろしていた。
 誰も動けずに見守る中、不意に ペィッ と、フェンリルがディルをボアズに向けて投げつけた。
 ボアズはとっさに剣を投げ捨て、地面に落ちる寸前でディルを受け止める。そのまま全身を丸め、ディルを体の下にかばった。
 喰われる。
 フェンリルの威圧を前に、その場の全員が凍りついたまま、最悪の事態を覚悟した。が、フェンリルは動かずに、まっすぐに、ボアズたちを見下ろしている。

 「愛し仔の願いは、すべて叶える」

 そう言い残すと、フェンリルの姿が霧散し、かき消えていった。つかの間、あたりが静寂に包まれる。

 呆然とフェンリルを見送った後、ボアズが自分の腕の中をそっと確認した。
 ディルは穏やかな顔で眠っている。フェンリルに咥えられていた時と違い、頬には赤みがさし、呼吸も乱れていない。彼の喉元に3本、うっすらと掻いたような傷跡はあるが、ほぼ無傷だった。
 リョクを抱いたフリートが駆け寄る。その腕から飛び降り、リョクがディルに抱きついた。
 「…でぃるぅ……」
 「大丈夫、眠っているだけだ」
 リョクの頭を軽く撫で、ボアズが2人を一緒に抱えて立ち上がる。
 「廃棄塔の検分、後の処理は任せる」
 コンラートに伝え、ボアズは魔法治療室へと急ぐ。その後を、フリートが追った。


 あれは、フェンリルだったのか
 ディルは気を失う直前に聞いた、狼の遠吠えのような轟音を思い出していた。同時に、自分の首を掴んだ大きな手の、爪の感触も。
 無意識に、右手で自分の喉元に触れる。その様子を見て、心配そうにリョクが手を伸ばした。
 「まだ、痛い?」
 「いや、まったく」
 ボアズに運び込まれた魔法治療室の検査でも、首の痕以外の傷は発見されなかった。
 それからすぐ、廃棄塔の地下室と思われる場所での出来事をその場で、ボアズとフリートに報告した。ただ1点、あの騎士の容姿だけは、言及しなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

悪役令息の三下取り巻きに転生したけれど、チートがすごすぎて三下になりきれませんでした

あいま
ファンタジー
悪役令息の取り巻き三下モブに転生した俺、ドコニ・デモイル。10歳。 貴族という序列に厳しい世界で公爵家の令息であるモラハ・ラスゴイの側近選別と噂される公爵家主催のパーティーへ強制的に行く羽目になった。 そこでモラハ・ラスゴイに殴られ、前世の記憶と女神さまから言われた言葉を思い出す。 この世界は前世で知ったくそ小説「貴族学園らぶみーどぅー」という学園を舞台にした剣と魔法の世界であることがわかった。 しかも、モラハ・ラスゴイが成長し学園に入学した暁には、もれなく主人公へ行った悪事がばれて死ぬ運命にある。 さらには、モラハ・ラスゴイと俺は一心同体で、命が繋がる呪いがオプションとしてついている。なぜなら女神様は貴腐人らしく女同士、男同士の恋の発展を望んでいるらしい。女神様は神なのにこの世界を崩壊させるつもりなのだろうか? とにかく、モラハが死ぬということは、命が繋がる呪いにかかっている俺も当然死ぬということだ。 学園には並々ならぬ執着を見せるモラハが危険に満ち溢れた学園に通わないという選択肢はない。 仕方がなく俺は、モラハ・ラスゴイの根性を叩きなおしながら、時には、殺気を向けてくるメイドを懐柔し、時には、命を狙ってくる自称美少女暗殺者を撃退し、時には、魔物を一掃して魔王を返り討ちにしたりと、女神さまかもらった微妙な恩恵ジョブ変更チート無限を使い、なんとかモラハ・ラスゴイを更生させて生き残ろうとする物語である。 ーーーーー お読みくださりありがとうございます<(_ _)>

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

処理中です...