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Episode.03

竜王末弟と

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   竜王末弟と

 ディルとリョク、騎士団長らの心配と警戒をよそに、魔法学園は何事もなかったように日常を取り戻していた。警戒も警備も、特に厳しくなった気配はない。
 授業と実習をスケジュール通りにこなす日々。食堂で会うマクシミリアンの横にカイルがいないだけだ。
 変わったのは、学長である竜王の末弟が、頻繁に学園内に姿を表すようになったことだけ。

 数日続いた雨が止んだ翌休日、リョクとディルは食堂1階の湖が見えるテラスで昼食を取っていた。そこへ、マクシミリアンとメルナが、少し間を置いて、メリッサが加わる。これもいつもの風景になりつつあった。
 軽い挨拶のあと、その日のカイルの容態を聞く。そこから始まる雑談。
 最近のメリッサは、リョクとディルを追って、というより、メルナとの他愛もない会話を楽しむために4人を探してやってくる。獣人の血を引き、正確な誕生日が不明なことが知れ渡っているせいか、彼女は神子候補クラスでは浮いており、特に同性からは敬遠されていた。最初に仲良くなったのが、神子候補筆頭のディルだったのも、よくなかったのかもしれない。イジメ、とまでは行かないが、打ち解けてくれる相手がいない状態だ。
 メルナも、幼い頃から旧王家のマクシミリアンの側近として励んできたため、友人自体が少ない。その、数少ない友人1人であるカイルがいないため、知らずに気が張り詰めていたのだろう、メリッサとの会話でやっと笑顔を見せるようになってきた。
 5人のテーブルには、他の生徒は近づかない。
 事件以来、学園内にはディルが神子であるという噂が広まり、旧王家嫡男との交流がそれを裏付けていると生徒たちは考えていた。

 休日、ということもあって、5人はいつもより長く、雑談をしていた。
 そのテラスと湖の間の散策路を、ひときわ大きい白いローブの人物が、数人の騎士を引き連れ歩いてきた。
 遠目でもわかる、学園長と騎士たちだ。
 騎士は、3つの騎士団の上位の者が日替わりで警備の任に就いている。今日は第二騎士団団長のコンラート、第一近衛騎士団副団長フリートがそれぞれの団員1名を連れていた。メンバーからして、カイルの容態、治療の進捗を確認したのだろう。
 彼らが目に入ると、マクシミリアンは立ち上がりかけ、座り直した。カイルの状況と今後の見通しを直接聞きたいが、できないとわかりきっているからだ。
 すると、5人の視線に気づいたのか、学園長自らが彼らの席へとやってきた。
 慌てて礼をする5人に、学園長が声をかける。
 「カイル卿はずいぶんと回復してきましたよ」
 口元は微笑むが、笑っていない瞳が、メリッサを見据えている。彼女は頭を下げ、目を伏せたまま。
 学園長はそれだけを告げて、立ち去って行った。

 学園長らの姿が見えなくなってから、メリッサが大きなため息をつく。
 「大丈夫?」
 メルナが彼女を気遣って、手を握った。
 「何かすごくにらまれていたね」
 リョクも学園長らの去った方を眺めながらつぶやく。
 「そ、そうね」
 居心地悪そうに、メリッサが答えた。

 そそくさと、1人先に戻ったメリッサが、また、自室で特大のため息をつく。
 アレは絶対にわかっている目だ。
 黙ってシラを切り通す、か。
 開き直って話をする、か。
 行き止まりの、同じ思考が頭の中をグルグルまわる。

 「オマエは神子ではない、って意味よね、きっと」
 食堂を去る時に、リョクたちにはそう言ってごまかしてきた。が、次に会った時に、それ以上を問われたら返答に困るのは確実だろう。
 思考だけではなく、自身も無意識に部屋をグルグル歩きまわっている。
 コンコン と、ドアをノックする音が響いた。
 しばし固まってから、視線を移すと、ドアの下に紙が差し込まれるのが見えた。その紙を遠目で眺め、迷ってからようやくゆっくりと拾い上げに行く。
 『学園長室まで来られたし』
 短文を目にしただけで、3度目のため息がでた。
 「開き直れ、ということね」

 メリッサが学園長室を訪れた時はもう、騎士たちは退去したあとだった。
 「盗聴盗撮はもちろん、途中入室も不可能ですから、安心してください」
 「つまりは、逃げられない、ってことかしら」
 そう言って、彼女は出された紅茶に口をつける。
 「良いのですか?
 何か盛られているかもしれませんよ」
 「効かないのは承知でしょう
 貴殿は無駄なことはしない主義だと、記憶していたけれど」
 強い口調ではっきりとものを言うメリッサに、楽しそうに学園長が笑った。
 「想像より、話の通じる方で安心しました」
 「……やはり、私のことをご存知でしたね」
 普段の、明るいメリッサとは思えない、表情と声。感情が表に出ない学園長と対等の立場、とも見える。
 「で、ご用件は何でしょうか?」
 「古い友人と再会したのです
 話に花を咲かせようではありませんか」
 「貴殿と直接会話をするのは、今日が初めてです」
 「それは失礼」
 「では、他の方々もお呼びしたいのですが
 行方はご存知ですか?」
 白々しい、とは、さすがのメリッサは口に出さなかった。このまま探り合いをしていても時間の無駄、という言葉も。
 「残念ながら、ここに止まっているのは私だけです
 ご存知でしょう」
 「いいえ
 どうやら私は蚊帳の外だったらしい」
 メリッサは今日4度目の大きなため息をついた。
 「精霊王たちが望み、聖獣たちはそれに同意しました
 彼らは世界樹と共に封じられた次元で眠っています」
 「貴女だけがこちらに残った、と?」
 「大きな扉を閉じるには、内外の協力が不可欠です」
 「扉を開ける、彼らが目覚める鍵は?」
 「あの仔の傷が癒え、痛みが消え、幸福になるのが条件です」
 「幸福、とはまた、曖昧な」
 「でしょうね」
 「それを貴女が判断するのですか?」
 「さぁ、どうでしょう」
メリッサが満面の作り笑顔で、学園長に答える。
 「あと、竜の習性は承知しています
 その対策、というわけではありませんが、私を取り込んでしまったら、扉は永遠に開かなくなります」
 竜王たちは相手を文字通り『取り込む』ことにより、相手の全てを自分の力にすることができる。神格を持つ精霊王と聖獣だけが知る特性だ。
 「わかりました
 現状のまま互いに不可侵、とするのが得策でしょう」
 メリッサは小さくうなずいた。
 では、と、そのまま立ち上がろうとする彼女を、学園長が引き止める。
 「言ったでしょう『私は蚊帳の外だった』と
 貴女には聞きたいことがあるのです
 聖女の最期を知る『冬のフェンリル』殿」
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