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Episode.01

侯爵家子息

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  侯爵家子息

 魔法学園生活は、華々しい入学式から、ではなく、事務的なオリエンテーションで始まった。
 午前中、講堂は一緒だった新入生たちは、午後からは神子候補と一般生徒とに分かれて説明を受ける。

 神子候補向けの長いオリエンテーションが終わり、ディルが自室に戻ったのは陽が傾き始めた頃。
 先に戻っていた一般生徒のリョクは、自分のベッドに横になっていた。
 その姿を見て、慌てて手の甲で頬に触れ体温を確かめる。続いて左首筋で脈を取ってから、ふぅ、と安堵のため息をついた。眠るリョクを見ると、あの時の聖女の姿が蘇る。だから、眠っているだけと分かっていても、確かめずにはいられないのだ。
 確かめてから、ディルはリョクに覆いかぶさるように抱きしめた。
 「……ん?」
 やっと目覚めたものの、寝ぼけたリョクがディルの背に両手をまわす。
 「……抱きつくなんて、珍しいね」
 「こんなに長い間離れたの、始めてかも」
 「そう?」
 ポンポン と、リョクがあやすようにディルの背を叩いた。それで落ち着いたのか、ゆっくりと腕を解き、ディルがリョクの横に座る。
 窓の外はもう、すっかり暗くなっていた。
 「あ、夕食、食べ損なうかも」
 2人は急いで部屋を出た。

 寮の食堂は別棟にある。指定時間内であれば、いつでも自由に利用できるシステムで、メニューも豊富、味にも定評がある。
 リョクとディルが食堂にきた時にはもう、ほとんどの寮生は自室に戻った後。メニューの一部も終了してしまっていた。
 残った中から同じものを選び、並んで座る。

 食事が終わる頃、上級生数名が声をかけてきた。
 「君たちも、神子候補?」
 「あ、いえ」
 見上げたリョクの顔がこわばる。
 プラチナに近い金髪、切れ長の目には薄蒼い大きな銀の瞳、整った目鼻立ち。気さくに話しかけてはきたが、近寄りがたい雰囲気を持っている。
 しかも彼には、忘れたい人物の面影があった。
 「候補は俺だけです」
 ディルがリョクを庇い、威嚇するように答える。
 「これは失礼」
 威嚇も敵意もものともしない、光り輝く満面の営業用の笑顔。男女問わずに惹きつける微笑で彼は自己紹介を始める。
 「私はマクシミリアン・ティオール・フリスロー。侯爵家嫡男だから、という訳ではないが、生徒会会長兼寮長をしている」
 後ろの2名、プラチナブロンドで赤みがかった銀の瞳の女子はメルナ・カルル・ルスト子爵家長女と、緑がかった黒髪で翠の瞳の男子はカイル・ハルト・トルティス伯爵家次男、と名乗った。マクシミリアンを助けて、生徒会役員、副会長と書記をしているという。
 自己紹介を聞いて、ディルとリョクはさらに警戒を強めた。
 下を向いて気配を消すリョクに目が向かないよう、前に出るようにしてディルが尋ねる。
 「神子候補は他にもいます。なのになぜ、俺たちに声を?」
 「それは……」
 言いかけて、マクシミリアンは周囲を見回してから、ディルの耳元で囁いた。
 「……精霊が教えてくれた」
 えっ、と驚いてリョクが顔を上げる。視線が合い、マクシミリアンは、心底嬉しそうに微笑んだ。
 「私には、彼らの声が聞こえるんです」

 ふわっと、5人のテーブル周りの空気が変わった。メルナが小声で何かをつぶやき、合わせた手がほんのり光る。彼女が5人のいる空間を他から切り離す魔法を使ったのだ。リョクが自室をコーティングしたものと同じ魔法。これで、彼らの会話が周囲に聞こえなくなる。
 「あの日、いよいよ神子候補が入寮すると、話題になっていたのですよ
 無論、上級生たちの関心も高く、浮き足立っていたので、警備側は困っていました」

 その日、自らも好奇心を抑えられなかったマクシミリアンは「生徒会長兼寮長なのだから、困っている寮生がいたら助けなければならない」という建前で寮周囲を散策、いや、警戒中にどこからともなく精霊の歌が聞こえてきた、という。

 『ウサギの黒い耳、フクロウの黒い目、イヌの黒い鼻
  ウサギの黒い耳、フクロウの黒い目、イヌの黒い鼻
  みつからないように
  ナイショでタネにしたの
  ナイショでタネにしたの
  愛し仔のふれたタカラモノ
  愛し仔のふれたタカラモノ』

 マクシミリアンが歌の聞こえる方、湖に面した寮へ近づくと、手のひらほどの小さな低級精霊たちが驚くほど多く集まって飛び交うのが見えた。
 属性に関わりなく集まった精霊たちが黒い何かを手に、はしゃぎ歌っている。
 「それは、何?」
 その問いに、返答はない。彼は声を聞くことはできても、対話はできないからだ。
 それでも、彼を認識したらしい精霊たちが道を作るように、集団が左右に別れた。
 見るとその先、寮の壁沿いに黒く光る何かの破片が散らばっている。精霊たちはそれを拾い、掲げながら歌っていた。
 マクシミリアンは精霊を避けて大きめの破片を拾い、太陽にかざす。
 「石炭? いや、ジェットか」
 魔力を込めた植物化石系の貴石は魔法石と呼ばれ、良くも悪くも様々な用途に使われる。魔力の馴染みと蓄えがよく、長期使用ができるからだ。
 石炭より軽くて加工がしやすく、琥珀のように目立たないジェットは、監視に用いられる代表的な魔法石だ。
 その、機械的に魔力を放つだけのジェットの破片に精霊が集まる姿は、見た事も聞いた事もない現象だった。マクシミリアンの目には、さながら花の蜜に集まる蜂のようにも映った。
 驚きで声も出ない。
 ジェットに魔力を込めた者、砕いて撒いた者、そのどちらかに魅かれて集まっているのは間違いないだろう。彼らの歌からして、砕いて撒いた者が愛し仔、神子だと、考えるのが妥当だろう。
 精霊たちに囲まれながら、マクシミリアンは、ジェットの散らばる壁を見上げた。

 「その壁の上にある部屋の生徒で、神子候補は2名
 うち『贖罪の日』生まれは君、ディル・ロン・ネロス伯ご子息、です」
 「それは、どうも」
 わざと尊大な態度で、ディルが返事をする。
 「侯爵様が直々にお声がけ、の目的は?
 まさか閣下が神子を指定し、保護してくださる、とでも?」
 ディルをメルナとカイルが無言で睨みつける。2人の視線を避けるように、ディルの背に隠れたリョクが、シャツを強く握りしめた。
 「私にそのような権限はありません
 が、とりあえず黙っている事は可能です」
 それが何になる、とディルがマクシミリアン見据える。
 「自分の身は自分で守ります」
 おそらく、提示される条件を飲んで口止めをしたところで、気づく者は次々に現れる。むしろ、彼らにディルが神子であると広めてもらえばリョクを隠せる。ディルはとっさにそう判断した。
 彼は自分の背でシャツを握りしめるリョクの手を、左手を後ろに回して握りしめる。
 「竜王陛下に集められた時点で、候補の中の誰かが神子なのでしょう
 閣下のそれは脅しにもなりませんよ」
 それより、と言いかけて、ディルはもう一度、リョクの手を握りなおしてマクシミリアンを睨みつけた。
 「神子候補襲撃犯を見つける協力ならします
 ネロス伯爵家の名誉にかけて」

 ディルとリョクが食堂を去ってから、マクシミリアンがつぶやいた。
 「嫌われてしまったな」
 口調は残念そうだが、表情はそうでもない、予想通りといったところか。
 「相手はネロス家です、初めから好かれる要素なんてありませんよ」
 「フリスローと名乗っても、
 いや、むしろ、名乗ったからこそ、避けられたんじゃないですか?」
 厳しい口調のメルナを茶化すようなカイル。2人は生徒会役員、というだけではない。侯爵家に使える家系の中から選ばれた、マクシミリアンの側近でもある。ネロス家との因縁も承知していた。
 フリスロー侯爵家は、竜王から新しく名前と爵位を受爵した家系だ。旧家名はライオネル、由緒ある王族の名だった。
 聖女が世を去った混乱の責任を取り、王は退位、王太子は廃嫡となった。その上で、元王族を監視下に止めておきたい竜王が、第二王子を家長とするフリスロー侯爵家を興したのである。
 彼、マクシミリアンがその直系なのは、公然の秘密。

 「後ろに隠れていた、彼からは、
 名乗る前から嫌われていたようにも見えたな」
 「彼、リョク・フェイ・ネロス男爵子息は従兄で従者ですが、ご子息とは双子のように育ったそうです」
 なので、フリスロー家についての知識もあるのでしょう。と、マクシミリアンにメルナが答えた。ネロス家の血族には珍しく攻撃系の適正が低く、あまり身体もあまり丈夫ではないとの報告もある、とも。
 「2人とも、色々と伝え聞いているのでしょう」
 「国を潰しただけでは、あの男の罪は消えない、か」
 カイルの言葉に、マクシミリアンが苦々しく答えた。
 リョクがマクシミリアンの外見に反応していたのは一目瞭然だった。理由もわかる。
 祖父らによれば、マクシミリアンの容姿はあの男、聖女の騎士だった第三王子によく似ているのだそうだ。そのため、彼は嫡男でありながら、一族から愛憎相半ばする視線と態度を向けられてきた。
 ネロス家でも、あの男の外見の特徴を、聞かされてきたのだろう。
 ディルが神子であるなら、なおさら彼を、彼らを守るために動かなければならない。
 一族の汚名を返上するためだけでなく、自身の名誉を得るために。
 マクシミリアンがディルたちに近づくのはそのためだと、言えるのかもしれない。
 メルナとカイルも、そのマクシミリアンの思いについて行く決心をしていた。
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