ボクの前世が聖女なのは秘密です。男だから違います、とシラを切り通したい。

Episode.01

王都邸の家族

　　王都邸の家族

　「また、神子候補が殺された」
　夕宴の後、王都邸の席で、伯爵家当主ボアズ・ゼブ・ネロス第三騎士団団長が言った。
　竜王直属の騎士団は３つの部隊で形成されている。第三騎士団は警察のような、王都の治安維持が主な任務だ。そのため、犯罪情報がいち早く伝わる部隊でもある。

　「襲われたのは『贖罪の日』生まれの、神子の可能性が最も高いとされていた少女だ」
　辺境の農村で生まれ育った彼女は、王命に従い王都に向かう途中で被害に遭ったという。

　実は、竜王の『神子探索』公布以降、神子候補が襲われ、命と魔石を奪われる事件が頻繁に起きている。竜王の勅命により、騎士団全体で捜査が行われているが、残念ながら、未だに犯人も動機もわかっていない。
　今回の少女の旅には、万全を期して魔力の高い騎士４名が護衛の任に着いていた。が、従者２名と騎士３名は瞬殺、唯１人生き残った騎士は四肢を砕かれ、片目を潰されていた。しかも、彼が殺されなかったのは強かったのではなく、少女の最期を証言させるため、と推測されている。

　淡々と事件の概要を、伯爵が語った。
　貴族の夕宴後とは思えない沈黙が広がる。
　イリヤ・ティ・ネロス伯爵夫人は騎士団長の妻として、似たような話は聞き慣れている。が、この時ばかりは青ざめた顔で息子たちを見た。
　「ご安心ください、母上。僕は男です」
　嫡男のディル・ロン・ネロスが答える。
　「そう、そうよね」
　「はい。
　それに、伯爵もおられますから」
　ディルの隣に座る従兄のリョク・フェイ・ネロスも大きく頷いた。

　ディルは父親似の、毛先が真紅の黒髪と赤みがかった黒い瞳を持つ。母親を安心させるために性別を強調したが、彼は『贖罪の日』生まれで強い魔力を持つため、神子候補の１人となっている。
　リョクは毛先が水色の黒髪で瞳は青みが強い紫。ディル同様に高い魔力を持つが、『贖罪の日』の３日前に生まれたため、神子候補ではない。
　リョクの父は伯爵家の次男、現当主の弟で一代貴族のフリート・セフィ・ネロス男爵、第一騎士団近衛隊副隊長だ。爵位を賜ったとはいえ領地はなく多忙、長子は亡き母の実家である子爵家の養子に出たため、残ったリョクは生誕直後から伯爵家に預けられている。
　ディルとは双子のように育てられたが、将来は嫡男の補佐として、伯爵家を支えることも決まっている。

　「２人は明日から、か」
　ティカップをゆっくりと置き、２人の祖父デートリヒ・ファイス・ネロス前伯爵が、不穏な話題を逸らした。
　「そ、そうね、せっかく集まったのですから」
　夫人も気使ってメイドに菓子を運ばせる。　
　伯爵家一同、とはいっても、リョクの父が神子候補襲撃事件事後処理のために不在なのだが、揃っての食事は当面取れなくなる。それを惜しんでの夕宴だった。

　明日、ディルとリョクは揃って魔法学園の寮に入る。
　正式には、魔法学園に神子候補として通うのはディル１人。リョクは魔力を持つ一般学生兼従者として入学する。

　「いつでも帰ってこい、とは言えないが、学園は警護対象になっている。
　会えなくとも、安心して学んで来なさい」
　伯爵も２人を見た。彼はこの後、第三騎士団団長としての、夜警の任がある。明朝の出立を見送れない、暫しの別れ言葉だった。