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Prologue.

この、世界

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   Prologue


  かつて、遠くない昔の王国

 この世界は異世界から召喚された聖女によって救われた。
 彼女は、3人の精霊王、4匹の聖獣、5人の竜王に愛され『愛し仔』と呼ばれ、2人の騎士と共に世界を守り続ける、はずだった。

 聖獣により、聖女の死が知らされたのは、世界が救われてから3年後の冬の朝。
 以降、毎年その日は『贖罪の日』と呼ばれ、聖女を顧みる日となった。

 『再び、愛し仔に逢えるまで』
 聖女を失い、哀しみにくれる精霊王たちは、そう言い残して姿を消した。
 多くの精霊が王に従って消え、わずかに残った精霊たちの協力も得られなくなった。
 多くのヒトが魔力を失った。

 『愛し仔の痛みを分け合うように』
 霊獣と共に野の獣たちが消え、季節の収穫も激減した。世界は聖女が召喚される前の、それ以上に苦しい時代へと戻ってしまった。

 『聖女は魔力を持つ神子に転生する』 
 全てを失い瓦解した王国は、ヒトの地に残った竜王が治める魔法国家となった。
  竜王は愛し仔を迎える準備を整えた。



  そして、15年前

 聖女の死から50年目の『贖罪の日』。
 唐突に世界の『彩』が変わった。
 その日を境に樹々の緑が濃くなり、世界に精霊と命が戻り、その年から季節の収穫が激増した。

 魔力を取り戻した者の中には精霊の姿が見え、声を聞く者も現れた。 
 彼らは口々に言った。
 「精霊たちが歓喜の唄を歌い始めた」
 「聖女様が転生されたに違いない」

 世界と人々の心が安定するのを待ち、竜王からの公布がなされた。

 この年の『贖罪の日』から10日以内に生まれた魔力を持つ子供の中に神子がいる。その子を守るため、王都に集める、と。

 王都の外れ、杜と湖の閑静な地に、かつて、王族の離宮があった。
 竜王は王位継承後直後、その地に魔法学園を創立した。
 強い魔力を持つ子どもは、適切な教育と鍛錬のために15歳になると、この魔法学園へ入学する。
 もちろん、神子候補たちも15歳を待って、集められた。



  今、おそらくは王都のどこか

 頭から爪先まで覆うフードを被った、顔も体型もわからない人物が独り、ぼんやりと、ほとんど光のないランタンを左手に、螺旋階段をゆっくりと降りていった。
 長い階段の終わり、枯れ井戸の底の壁を、錆びた金具で幾重にも補強された木の扉が塞いでいる。
 扉には、上中下と、3本の太い鋼鉄の閂。
 閂はそれぞれ2つずつ、計6つの鍵で封じられている。

 扉の前で、その人物がゆっくりとランタンをかざす。
 同時に、6つの鍵がぼんやりと光った。
 閂が一斉に外れ、鈍い音を立て扉が動く。
 わずかに開いた扉の先、人ひとりがやっと通れる隙間のその先も、深い闇。
 フードの人物は、その中へ滑り込んだ。
 闇の中をまっすぐに50歩ほど進む。
 立ち止まると再びランタンを高く掲げ、ゆっくりと下ろした。
 コツン と、小さな音が広がる。
 同時に、壁全体がぼんやりと光を放った。ランタンを行き止まりの、祭壇らしき台に置くと、壁全体が同程度の明るさで光る仕組みなのだろう。
 だがまだ、目を凝らしてやっと人影が浮かぶ程度の、新月の夜のよう暗闇だ。
 
 祭壇の、ランタンの横には、光る石が4つ、無造作に投げ置かれていた。親指の爪ほどもある光を保ったサファイアが1つ、小指の爪半分ほどで輝きの鈍いルビーが3つ。

 魔石だ。

 魔石は、色と大きさが本来の持主の属性と強さを示している。
 また、この世界では、魔石は仔の魔力が母体に悪影響を及ぼさないように凝ったモノ、と考えられている。多くの種では内臓や表皮に埋まっているが、ヒトだけがその手に握りしめて産まれてくるからだ。
 そして、魔石は美しく光り輝くが、宝石としての価値はない。持主が失われると徐々に魔力が放出され、輝きも失われるためだった。

 フードの人物は4つの魔石を手に取ると、その場にしゃがみこむ。
 その鼻先に、顔をストールで隠した男が、両足を放り出して祭壇に寄りかかっていた。

 動かない男の襟首を、左手で捻りあげる。
 上半身が浮き、勢いではだけたストールの下から、生気のない淀んだ瞳、顔全体に広がるXの傷が露わになった。が、乱雑に扱われてなお、男は反抗も反応もしない。
 「随分と粗い仕事をしたな」
 フードの下から響く、抑揚のない男の声。
 はやり、返事もない。
 彼はフードの上から魔石を咥え、空いた手で男の顎を掴んだ。唇を重ね、口移しで無理やり魔石を飲み込ませる。
 手を離すと、男はそのまま崩れ落ちた。
 「……げふっ… ぁっ…がっ……」
 喉元を両手で抑え、激しく咳き込む。
 苦痛で床をのたうつ男の顔の傷が、薄紫に光り始めた。魔石の輝きが混ざった色だ。
 続いて、きつく閉じた右目、瞼の下も同じ色で光り出す。
 光に合わせ、悲鳴が大きくなっていった。

 光りと共に増す痛みに、血が滲むほど喉を掻きむしるその姿を、フードの男はただ、動かずに見下ろしていた。
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