上 下
1 / 23
Prologue.

この、世界

しおりを挟む
   Prologue


  かつて、遠くない昔の王国

 この世界は異世界から召喚された聖女によって救われた。
 彼女は、3人の精霊王、4匹の聖獣、5人の竜王に愛され『愛し仔』と呼ばれ、2人の騎士と共に世界を守り続ける、はずだった。

 聖獣により、聖女の死が知らされたのは、世界が救われてから3年後の冬の朝。
 以降、毎年その日は『贖罪の日』と呼ばれ、聖女を顧みる日となった。

 『再び、愛し仔に逢えるまで』
 聖女を失い、哀しみにくれる精霊王たちは、そう言い残して姿を消した。
 多くの精霊が王に従って消え、わずかに残った精霊たちの協力も得られなくなった。
 多くのヒトが魔力を失った。

 『愛し仔の痛みを分け合うように』
 霊獣と共に野の獣たちが消え、季節の収穫も激減した。世界は聖女が召喚される前の、それ以上に苦しい時代へと戻ってしまった。

 『聖女は魔力を持つ神子に転生する』 
 全てを失い瓦解した王国は、ヒトの地に残った竜王が治める魔法国家となった。
  竜王は愛し仔を迎える準備を整えた。



  そして、15年前

 聖女の死から50年目の『贖罪の日』。
 唐突に世界の『彩』が変わった。
 その日を境に樹々の緑が濃くなり、世界に精霊と命が戻り、その年から季節の収穫が激増した。

 魔力を取り戻した者の中には精霊の姿が見え、声を聞く者も現れた。 
 彼らは口々に言った。
 「精霊たちが歓喜の唄を歌い始めた」
 「聖女様が転生されたに違いない」

 世界と人々の心が安定するのを待ち、竜王からの公布がなされた。

 この年の『贖罪の日』から10日以内に生まれた魔力を持つ子供の中に神子がいる。その子を守るため、王都に集める、と。

 王都の外れ、杜と湖の閑静な地に、かつて、王族の離宮があった。
 竜王は王位継承後直後、その地に魔法学園を創立した。
 強い魔力を持つ子どもは、適切な教育と鍛錬のために15歳になると、この魔法学園へ入学する。
 もちろん、神子候補たちも15歳を待って、集められた。



  今、おそらくは王都のどこか

 頭から爪先まで覆うフードを被った、顔も体型もわからない人物が独り、ぼんやりと、ほとんど光のないランタンを左手に、螺旋階段をゆっくりと降りていった。
 長い階段の終わり、枯れ井戸の底の壁を、錆びた金具で幾重にも補強された木の扉が塞いでいる。
 扉には、上中下と、3本の太い鋼鉄の閂。
 閂はそれぞれ2つずつ、計6つの鍵で封じられている。

 扉の前で、その人物がゆっくりとランタンをかざす。
 同時に、6つの鍵がぼんやりと光った。
 閂が一斉に外れ、鈍い音を立て扉が動く。
 わずかに開いた扉の先、人ひとりがやっと通れる隙間のその先も、深い闇。
 フードの人物は、その中へ滑り込んだ。
 闇の中をまっすぐに50歩ほど進む。
 立ち止まると再びランタンを高く掲げ、ゆっくりと下ろした。
 コツン と、小さな音が広がる。
 同時に、壁全体がぼんやりと光を放った。ランタンを行き止まりの、祭壇らしき台に置くと、壁全体が同程度の明るさで光る仕組みなのだろう。
 だがまだ、目を凝らしてやっと人影が浮かぶ程度の、新月の夜のよう暗闇だ。
 
 祭壇の、ランタンの横には、光る石が4つ、無造作に投げ置かれていた。親指の爪ほどもある光を保ったサファイアが1つ、小指の爪半分ほどで輝きの鈍いルビーが3つ。

 魔石だ。

 魔石は、色と大きさが本来の持主の属性と強さを示している。
 また、この世界では、魔石は仔の魔力が母体に悪影響を及ぼさないように凝ったモノ、と考えられている。多くの種では内臓や表皮に埋まっているが、ヒトだけがその手に握りしめて産まれてくるからだ。
 そして、魔石は美しく光り輝くが、宝石としての価値はない。持主が失われると徐々に魔力が放出され、輝きも失われるためだった。

 フードの人物は4つの魔石を手に取ると、その場にしゃがみこむ。
 その鼻先に、顔をストールで隠した男が、両足を放り出して祭壇に寄りかかっていた。

 動かない男の襟首を、左手で捻りあげる。
 上半身が浮き、勢いではだけたストールの下から、生気のない淀んだ瞳、顔全体に広がるXの傷が露わになった。が、乱雑に扱われてなお、男は反抗も反応もしない。
 「随分と粗い仕事をしたな」
 フードの下から響く、抑揚のない男の声。
 はやり、返事もない。
 彼はフードの上から魔石を咥え、空いた手で男の顎を掴んだ。唇を重ね、口移しで無理やり魔石を飲み込ませる。
 手を離すと、男はそのまま崩れ落ちた。
 「……げふっ… ぁっ…がっ……」
 喉元を両手で抑え、激しく咳き込む。
 苦痛で床をのたうつ男の顔の傷が、薄紫に光り始めた。魔石の輝きが混ざった色だ。
 続いて、きつく閉じた右目、瞼の下も同じ色で光り出す。
 光に合わせ、悲鳴が大きくなっていった。

 光りと共に増す痛みに、血が滲むほど喉を掻きむしるその姿を、フードの男はただ、動かずに見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...