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第2章 円盤の世界
第3話 風の音
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また、現実から離れた世界に入り込んだのかもしれない。なぜか遠くで音がしている──その音を水の中をゆっくりと沈みながら聞いている──そんな感覚。
その感覚から目が覚める前の瀬戸際にいる、そう思った。夢うつつと言うのだろう、心地がよく身体には余計な力など入っていない。
音が、少し近づいた。それはヒューヒューとした風切り音のようだ──。
いったいどんな夢を見ていたんだ?と、夢の中でもやもやと頭を悩ませていると、また、音が大きくなる──。
その迫力のある雰囲気に、胸の辺りに冷たい焦りのような感情が生まれ、聞こえてもいない胸の鼓動が早まる。
苦しい!と思った直後、扉をくぐったように視界が一気に開けた。
──目の前には青一色の世界。どこまでも澄んだ色が俺を受け入れてくれているように思える。
しかしそこは空のど真ん中。それも急降下中──。
勢い良く通り過ぎていく風が他の音を遮り、その音だけが耳に入る──さっき夢見心地に耳に届いていたのはこれのようだ。そんな強い風だが服の隙間を縫って進みながら、焦っていた俺の気持ちを穏やかにしてくれる。
だが、暢気にしている場合ではない。まだ遥か先とは言え、地面に向かって落下中である。
何か手を打たねば──。
『ようこそ、円盤の世界へ』
頭に直接声が届くせいか、この風の中でもしっかり聞こえる。マントもそう言っているかのようにはためいた。
『来たのはいいがどうすりゃいいんだよ』
言いたいことを頭の中で思い描き、それを見えない案内役に向かって投げこむ──。
『特にありません。到着までにこの世界を良くご覧下さい』
到着って……このままいくと悪い予感しかしないが──逆さまになった視界で遠くを眺める。遥か先に地平線が見えた。
『どうでしょうか。広大な世界というのは分かって頂けたかと思います』
──その間も猛烈な勢いで地面は近づいている。
返事を返す間もなく、通り抜ける空気の質が変わった。首を横に向けると壁がすぐ近くを通っていた。いや、壁ではなく塔だ。その外壁に沿って落ちている。
塔を根本まで視線で追っていくと、塔を取り囲むような壁と石造りと思われる街並みが見え、何かがいた。それは人のようで動いている。
『あれは人間で合ってるか?』
『はい。人間どもでございます』
こいつ口悪いな。
それにしても塔から害虫でも涌いて出るのか、それとも塔は罪人等を閉じ込めておく監獄か何かか。
いずれにしても、塔を監視しているのは確かだろう。
その間も降下は続き、地面まであと僅かと言った辺りで、足を地面に向け着地体勢に入る。直後、大地を揺らす轟音が壁に反響して響き渡る──。
雷鳴のごとく周囲の空気をビリビリと揺らし、他の音が入る余地などない。
辺りの空気が静まり返り、風にあおられてていたマントが落ち着いた頃には、両足を中心に人が作ったとは思えない程大きなクレーターができていた。それに蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、周囲には石畳の破片が散らばっている。
凄まじい力の痕跡が目の前に広がっていた──。
そんな足元の散々たる状況とは異なり、不思議と身体にはダメージなどない。
──この身体は一体何だ?
何らかのダメージがあってもいいはずだが、全くと言っていいほどなく、余計に不安が巻き起こる。
「こんだけの惨劇を引き起こしておきながら身体は無傷なんだが?」
見えない案内役に見てみろと言わんばかりに手を広げる。
『正常です。箱庭の世界に入っただけで死なれては困ります』
「……で、ここはどこなんだ?」
『円盤の世界の到着口です』
こいつに聞いたのが間違いだった。声だけ聞くと美人な雰囲気があるのだが、それも想像に過ぎない。残念美人なのか、それとも声だけ美人か、そもそも人として存在しているのか。案外人妻かもしれない。
辺りを見渡すも、何があるわけでもなく少し離れたところに石壁が見える。人が簡単に登れる高さではない。
──足元の石畳を弁償しろとか言われる前に逃げよう。今なら犯人は分からないはずだ。
そんな考えを察してか前方から数人がこちらに向かって大急ぎでやって来るのが見えた。槍を持った兵士のような者が数人、そして武器を持たないがスカートを履いた文官風の者が1人。
あれだけ大きな音を立てたのだ、それで注目は元より警戒するなという方が無理な話だろう。
『仮面を付けましょう』
「そうだな」
マントの内側に張り付いているニコニコ仮面を掴むと、ペラペラだった仮面はマントから剥がれた途端に固く立体的になった。
顔に当てると、ピタリと吸い付く。付け心地は抜群、視界は良好、呼吸は快適である。
──いや、そんなことよりも逃げよう。
どっちに行くか……出口は決まった位置にしかないだろう。
『逃げますか?』
「あぁ」
さて、旅を楽しもうか。
その感覚から目が覚める前の瀬戸際にいる、そう思った。夢うつつと言うのだろう、心地がよく身体には余計な力など入っていない。
音が、少し近づいた。それはヒューヒューとした風切り音のようだ──。
いったいどんな夢を見ていたんだ?と、夢の中でもやもやと頭を悩ませていると、また、音が大きくなる──。
その迫力のある雰囲気に、胸の辺りに冷たい焦りのような感情が生まれ、聞こえてもいない胸の鼓動が早まる。
苦しい!と思った直後、扉をくぐったように視界が一気に開けた。
──目の前には青一色の世界。どこまでも澄んだ色が俺を受け入れてくれているように思える。
しかしそこは空のど真ん中。それも急降下中──。
勢い良く通り過ぎていく風が他の音を遮り、その音だけが耳に入る──さっき夢見心地に耳に届いていたのはこれのようだ。そんな強い風だが服の隙間を縫って進みながら、焦っていた俺の気持ちを穏やかにしてくれる。
だが、暢気にしている場合ではない。まだ遥か先とは言え、地面に向かって落下中である。
何か手を打たねば──。
『ようこそ、円盤の世界へ』
頭に直接声が届くせいか、この風の中でもしっかり聞こえる。マントもそう言っているかのようにはためいた。
『来たのはいいがどうすりゃいいんだよ』
言いたいことを頭の中で思い描き、それを見えない案内役に向かって投げこむ──。
『特にありません。到着までにこの世界を良くご覧下さい』
到着って……このままいくと悪い予感しかしないが──逆さまになった視界で遠くを眺める。遥か先に地平線が見えた。
『どうでしょうか。広大な世界というのは分かって頂けたかと思います』
──その間も猛烈な勢いで地面は近づいている。
返事を返す間もなく、通り抜ける空気の質が変わった。首を横に向けると壁がすぐ近くを通っていた。いや、壁ではなく塔だ。その外壁に沿って落ちている。
塔を根本まで視線で追っていくと、塔を取り囲むような壁と石造りと思われる街並みが見え、何かがいた。それは人のようで動いている。
『あれは人間で合ってるか?』
『はい。人間どもでございます』
こいつ口悪いな。
それにしても塔から害虫でも涌いて出るのか、それとも塔は罪人等を閉じ込めておく監獄か何かか。
いずれにしても、塔を監視しているのは確かだろう。
その間も降下は続き、地面まであと僅かと言った辺りで、足を地面に向け着地体勢に入る。直後、大地を揺らす轟音が壁に反響して響き渡る──。
雷鳴のごとく周囲の空気をビリビリと揺らし、他の音が入る余地などない。
辺りの空気が静まり返り、風にあおられてていたマントが落ち着いた頃には、両足を中心に人が作ったとは思えない程大きなクレーターができていた。それに蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、周囲には石畳の破片が散らばっている。
凄まじい力の痕跡が目の前に広がっていた──。
そんな足元の散々たる状況とは異なり、不思議と身体にはダメージなどない。
──この身体は一体何だ?
何らかのダメージがあってもいいはずだが、全くと言っていいほどなく、余計に不安が巻き起こる。
「こんだけの惨劇を引き起こしておきながら身体は無傷なんだが?」
見えない案内役に見てみろと言わんばかりに手を広げる。
『正常です。箱庭の世界に入っただけで死なれては困ります』
「……で、ここはどこなんだ?」
『円盤の世界の到着口です』
こいつに聞いたのが間違いだった。声だけ聞くと美人な雰囲気があるのだが、それも想像に過ぎない。残念美人なのか、それとも声だけ美人か、そもそも人として存在しているのか。案外人妻かもしれない。
辺りを見渡すも、何があるわけでもなく少し離れたところに石壁が見える。人が簡単に登れる高さではない。
──足元の石畳を弁償しろとか言われる前に逃げよう。今なら犯人は分からないはずだ。
そんな考えを察してか前方から数人がこちらに向かって大急ぎでやって来るのが見えた。槍を持った兵士のような者が数人、そして武器を持たないがスカートを履いた文官風の者が1人。
あれだけ大きな音を立てたのだ、それで注目は元より警戒するなという方が無理な話だろう。
『仮面を付けましょう』
「そうだな」
マントの内側に張り付いているニコニコ仮面を掴むと、ペラペラだった仮面はマントから剥がれた途端に固く立体的になった。
顔に当てると、ピタリと吸い付く。付け心地は抜群、視界は良好、呼吸は快適である。
──いや、そんなことよりも逃げよう。
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『逃げますか?』
「あぁ」
さて、旅を楽しもうか。
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