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第1章 箱庭の世界
第1話 新生
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砂時計が音を立てることも時を刻むこともなく、静かに立ち尽くしていた──。
星のごとくきらめくその粒が落ちることはない。それは世界が時の存在に気が付かず、未だ機能していないことの現れでしかなかった。足りないものを教え、時を進めることができるのは……世界の創造主だけ。
そして、俺がいるこの場所は創世より前、静と動の境目付近なのだろう。それはまるで躍動感があふれ、今にも動き出しそうな歴史の中に埋もれた名画の中のようにも思える──。
そもそもなぜ俺がそのような所にいるのか──その答えは砂が落ち始めてから、俺をこの絵の中に閉じ込めた画家にでも聞いてみたいものだ。
そんなことを考えているとわずかな響きが感じ取れた──それは耳を澄ましてもほとんど聞き取れないとても小さなもの。砂時計が自分の役割を与えられ、その可能性という粒子を落とし始めたものなのだろう。その流れは世界の創造者が手にする後退することのない絶対的な力。
その流れの中に突然、俺は引き込まれた──静から動へ、心が慌ただしく形を変えながら心音を高鳴らせる。
身体が強大な力の前に翻弄されているうちに、初めて世界に自分という物体が存在していたことを知った。それはつまり額縁に入った絵画から抜け出し、今度は絵画を描く想像する側に移るということに他ならない。
そう思った途端、激流を抜けた──。
「カハッ──!」
流れから放り出され止まったと思った瞬間、今度は光が視界を覆いつくす。そして、目玉を内側から押し出すかの如く脈打つ頭痛と遭遇し、思わず額に手を当てた。
──その額に当てた手がほのかな温かみを感じ始めた頃、目がぼんやりと輪郭を感じ色が戻る。だが、未だに目の前を白い光がうごめいていた。その光景は夢なのか、それとも頭痛が引き起こしている幻覚なのか。
「なんだよ……これ……」
思わず口をついた問いだったが、自分の口から出たその声が見知らぬ誰かのもののような、とても遠い存在のような気がした。混乱が頭の上から降り注ぎつま先までまみれる。そして、俺は動くことができず、呼吸が早く、荒くなる。
「俺は……誰だ……?」
混乱から身体半分抜け出し、ようやく捻り出したその問いに答えてくれる人物などいるはずもなく──沈黙が静かに答えた。額に当てていた手が力なくずり落ちる。
「ここは……?」
辺りを見渡すも、狭い丸太小屋の中だった。さっきできたばかりの世界にしては年期を感じる──そんな木から滲み出た成分が部屋の主となり、俺を出迎えたようだ。それは心が洗われる穏やかな香り。
その香りに誘われて視線が下へ落ちる。俺が着ていたのは仕立ての良い白い布地に、所々黒と赤の刺繍がされているものだった。視線を動かしていくと、その服に袖を通している片手は机の上に置かれていた──そのついた手の先の方に薄い石板のような物が置いてある。
──意識を向けた瞬間──。
『アークの箱庭へようこそ。貴方は──世界の命運を握る者』
「──アークの箱庭……?」
ワザと聞こえるように言って返事を期待したのだが──。
──やはり部屋は静かなまま、時が無意味に過ぎていった。
手から砂金がこぼれ落ちるように無駄にしているこの時間をもっと何かに変えられないものか。そう思うと俺が今必要としているものは……この気分を変えてくれる話し相手かもしれない。
退屈とは死に至る病の仮の姿──。
人は生きるために目的を欲し、行動には理由を求める生き物だから。何も持たないままでは人は迷い、そして死に向かう病に誘い込まれる。だからと言って、誰かに与えられるのも違う。自分で見つけるからこそ意味があり、その道を見つけ身体が突き進むように動くときに心というものの存在を知ることができる。
──だから今の俺には心の存在を感じることはできない。
そんな俺が知りもしない誰かを助ける気など持ち合わせていないのは、口にするまでもないことだ。更に付け加えると理由もない──このように気分に従って行動して、生きている者は己の進む道を誤るのだろう。だが、それは感情を持つ者だけの特権である。そう思うと、俺にも心があるのだろう。どこかに向かうわけでもないが思わず立ち上がった──。
イスが動いたとき、久々に動いたとでも言ったかのように古い木材同士が擦れる音が響いていた。その音に懐かしさのような温かみがあり、高ぶった気分が落ち着きを取り戻す。
「石板……持っていくか……」
目的地ではないが話し相手でも探しにいこう。そう思い机の上にあった石板に意識を向ける──。
『円盤を──』
その先に言葉が続くことはなかった──。
「答えは自分で探せ……と」
まるで『そうだ』とでも言ったかのように石板が割れる。そして塵が風にとばされてしまうかのように消えてしまった。
「これは驚いた……」
目が覚めてからそんなに時間は経ってないはずだが予想ができないことばかりだ。
それはこの先も続くのだろう──。
星のごとくきらめくその粒が落ちることはない。それは世界が時の存在に気が付かず、未だ機能していないことの現れでしかなかった。足りないものを教え、時を進めることができるのは……世界の創造主だけ。
そして、俺がいるこの場所は創世より前、静と動の境目付近なのだろう。それはまるで躍動感があふれ、今にも動き出しそうな歴史の中に埋もれた名画の中のようにも思える──。
そもそもなぜ俺がそのような所にいるのか──その答えは砂が落ち始めてから、俺をこの絵の中に閉じ込めた画家にでも聞いてみたいものだ。
そんなことを考えているとわずかな響きが感じ取れた──それは耳を澄ましてもほとんど聞き取れないとても小さなもの。砂時計が自分の役割を与えられ、その可能性という粒子を落とし始めたものなのだろう。その流れは世界の創造者が手にする後退することのない絶対的な力。
その流れの中に突然、俺は引き込まれた──静から動へ、心が慌ただしく形を変えながら心音を高鳴らせる。
身体が強大な力の前に翻弄されているうちに、初めて世界に自分という物体が存在していたことを知った。それはつまり額縁に入った絵画から抜け出し、今度は絵画を描く想像する側に移るということに他ならない。
そう思った途端、激流を抜けた──。
「カハッ──!」
流れから放り出され止まったと思った瞬間、今度は光が視界を覆いつくす。そして、目玉を内側から押し出すかの如く脈打つ頭痛と遭遇し、思わず額に手を当てた。
──その額に当てた手がほのかな温かみを感じ始めた頃、目がぼんやりと輪郭を感じ色が戻る。だが、未だに目の前を白い光がうごめいていた。その光景は夢なのか、それとも頭痛が引き起こしている幻覚なのか。
「なんだよ……これ……」
思わず口をついた問いだったが、自分の口から出たその声が見知らぬ誰かのもののような、とても遠い存在のような気がした。混乱が頭の上から降り注ぎつま先までまみれる。そして、俺は動くことができず、呼吸が早く、荒くなる。
「俺は……誰だ……?」
混乱から身体半分抜け出し、ようやく捻り出したその問いに答えてくれる人物などいるはずもなく──沈黙が静かに答えた。額に当てていた手が力なくずり落ちる。
「ここは……?」
辺りを見渡すも、狭い丸太小屋の中だった。さっきできたばかりの世界にしては年期を感じる──そんな木から滲み出た成分が部屋の主となり、俺を出迎えたようだ。それは心が洗われる穏やかな香り。
その香りに誘われて視線が下へ落ちる。俺が着ていたのは仕立ての良い白い布地に、所々黒と赤の刺繍がされているものだった。視線を動かしていくと、その服に袖を通している片手は机の上に置かれていた──そのついた手の先の方に薄い石板のような物が置いてある。
──意識を向けた瞬間──。
『アークの箱庭へようこそ。貴方は──世界の命運を握る者』
「──アークの箱庭……?」
ワザと聞こえるように言って返事を期待したのだが──。
──やはり部屋は静かなまま、時が無意味に過ぎていった。
手から砂金がこぼれ落ちるように無駄にしているこの時間をもっと何かに変えられないものか。そう思うと俺が今必要としているものは……この気分を変えてくれる話し相手かもしれない。
退屈とは死に至る病の仮の姿──。
人は生きるために目的を欲し、行動には理由を求める生き物だから。何も持たないままでは人は迷い、そして死に向かう病に誘い込まれる。だからと言って、誰かに与えられるのも違う。自分で見つけるからこそ意味があり、その道を見つけ身体が突き進むように動くときに心というものの存在を知ることができる。
──だから今の俺には心の存在を感じることはできない。
そんな俺が知りもしない誰かを助ける気など持ち合わせていないのは、口にするまでもないことだ。更に付け加えると理由もない──このように気分に従って行動して、生きている者は己の進む道を誤るのだろう。だが、それは感情を持つ者だけの特権である。そう思うと、俺にも心があるのだろう。どこかに向かうわけでもないが思わず立ち上がった──。
イスが動いたとき、久々に動いたとでも言ったかのように古い木材同士が擦れる音が響いていた。その音に懐かしさのような温かみがあり、高ぶった気分が落ち着きを取り戻す。
「石板……持っていくか……」
目的地ではないが話し相手でも探しにいこう。そう思い机の上にあった石板に意識を向ける──。
『円盤を──』
その先に言葉が続くことはなかった──。
「答えは自分で探せ……と」
まるで『そうだ』とでも言ったかのように石板が割れる。そして塵が風にとばされてしまうかのように消えてしまった。
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目が覚めてからそんなに時間は経ってないはずだが予想ができないことばかりだ。
それはこの先も続くのだろう──。
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