アークの箱庭

小町 甚

文字の大きさ
上 下
1 / 27
第1章 箱庭の世界

第1話 新生

しおりを挟む
 砂時計が音を立てることも時を刻むこともなく、静かに立ち尽くしていた──。

 星のごとくきらめくその粒が落ちることはない。それは世界が時の存在に気が付かず、未だ機能していないことの現れでしかなかった。足りないものを教え、時を進めることができるのは……世界の創造主だけ。

 そして、俺がいるこの場所は創世より前、静と動の境目付近なのだろう。それはまるで躍動感があふれ、今にも動き出しそうな歴史の中に埋もれた名画の中のようにも思える──。
 そもそもなぜ俺がそのような所にいるのか──その答えは砂が落ち始めてから、俺をこの絵の中に閉じ込めた画家にでも聞いてみたいものだ。
 
 そんなことを考えているとわずかな響きが感じ取れた──それは耳を澄ましてもほとんど聞き取れないとても小さなもの。砂時計が自分の役割を与えられ、その可能性という粒子を落とし始めたものなのだろう。その流れは世界の創造者が手にする後退することのない絶対的な力。

 その流れの中に突然、俺は引き込まれた──静から動へ、心が慌ただしく形を変えながら心音を高鳴らせる。
 身体が強大な力の前に翻弄されているうちに、初めて世界に自分という物体が存在していたことを知った。それはつまり額縁に入った絵画から抜け出し、今度は絵画を描く想像する側に移るということに他ならない。

 そう思った途端、激流を抜けた──。
「カハッ──!」
 流れから放り出され止まったと思った瞬間、今度は光が視界を覆いつくす。そして、目玉を内側から押し出すかの如く脈打つ頭痛と遭遇し、思わず額に手を当てた。

 ──その額に当てた手がほのかな温かみを感じ始めた頃、目がぼんやりと輪郭を感じ色が戻る。だが、未だに目の前を白い光がうごめいていた。その光景は夢なのか、それとも頭痛が引き起こしている幻覚なのか。

「なんだよ……これ……」
 思わず口をついた問いだったが、自分の口から出たその声が見知らぬ誰かのもののような、とても遠い存在のような気がした。混乱が頭の上から降り注ぎつま先までまみれる。そして、俺は動くことができず、呼吸が早く、荒くなる。

「俺は……誰だ……?」
 混乱から身体半分抜け出し、ようやく捻り出したその問いに答えてくれる人物などいるはずもなく──沈黙が静かに答えた。額に当てていた手が力なくずり落ちる。

「ここは……?」
 辺りを見渡すも、狭い丸太小屋の中だった。さっきできたばかりの世界にしては年期を感じる──そんな木から滲み出た成分が部屋の主となり、俺を出迎えたようだ。それは心が洗われる穏やかな香り。
 その香りに誘われて視線が下へ落ちる。俺が着ていたのは仕立ての良い白い布地に、所々黒と赤の刺繍がされているものだった。視線を動かしていくと、その服に袖を通している片手は机の上に置かれていた──そのついた手の先の方に薄い石板のような物が置いてある。
 
 ──意識を向けた瞬間──。
 
『アークの箱庭へようこそ。貴方は──世界の命運を握る者』

「──アークの箱庭……?」
 ワザと聞こえるように言って返事を期待したのだが──。

 ──やはり部屋は静かなまま、時が無意味に過ぎていった。
 手から砂金がこぼれ落ちるように無駄にしているこの時間をもっと何かに変えられないものか。そう思うと俺が今必要としているものは……この気分を変えてくれる話し相手かもしれない。

 退屈とは死に至る病の仮の姿──。

 人は生きるために目的を欲し、行動には理由を求める生き物だから。何も持たないままでは人は迷い、そして死に向かう病に誘い込まれる。だからと言って、誰かに与えられるのも違う。自分で見つけるからこそ意味があり、その道を見つけ身体が突き進むように動くときに心というものの存在を知ることができる。

 ──だから今の俺には心の存在を感じることはできない。

 そんな俺が知りもしない誰かを助ける気など持ち合わせていないのは、口にするまでもないことだ。更に付け加えると理由もない──このように気分に従って行動して、生きている者は己の進む道を誤るのだろう。だが、それは感情を持つ者だけの特権である。そう思うと、俺にも心があるのだろう。どこかに向かうわけでもないが思わず立ち上がった──。

 イスが動いたとき、久々に動いたとでも言ったかのように古い木材同士が擦れる音が響いていた。その音に懐かしさのような温かみがあり、高ぶった気分が落ち着きを取り戻す。

「石板……持っていくか……」
 目的地ではないが話し相手でも探しにいこう。そう思い机の上にあった石板に意識を向ける──。

『円盤を──』 

 その先に言葉が続くことはなかった──。

「答えは自分で探せ……と」
 まるで『そうだ』とでも言ったかのように石板が割れる。そして塵が風にとばされてしまうかのように消えてしまった。
「これは驚いた……」
 目が覚めてからそんなに時間は経ってないはずだが予想ができないことばかりだ。

 それはこの先も続くのだろう──。

 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...