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~フォネス伯爵視点~



あの小娘の要求はどんどんエスカレートしていった。
ドレスだけでなく装飾品に金、終いにはフローラを殺めるための暗殺者まで送り込めと言い出した。
もう付き合っていられない。
⋯⋯今さら無理だと分かってはいるが少しでも私たちに家族として過ごした情が残っているのならとフローラに助けを求めるようエリザベスを向かわせた。

期待はしていなかった。
フローラに恨まれることはあっても、フォネス家での生活に情が残るようなことは一切与えていなかったからだ。
与えたものと言えば暴力と暴言、使用人以下の生活⋯⋯

何度も繰り返す後悔。
どこで間違えた?
シルフィーナとの契約結婚か?
いや、それは違う。そのお陰で妻と娘に贅沢な暮らしを与えられた。

妻と娘を正式に私の籍に入れ我が家に連れて来たことか?
いや、それだけならよかった。
妻やエリザベスには平民では想像もつかない⋯⋯いやその辺の貴族よりも贅沢な暮らしを与えていた。
領地の運営は本宅の者に任せ、そこでの収入に手をつけることなく領民の生活に回させた。
そんな微々たる金など無くとも私には使っても使っても有り余る金があったからだ。

それはシルフィーナとフローラが困らないようにとスティアート公爵家から支給された金だというのに⋯⋯
シルフィーナが亡くなるまでの約10年間の間にあまりの大金に感覚がおかしくなっていた。
スティアート公爵家からの金をいつの間にか自分が稼いでいると勘違いしてしまっていた。
だから赤の他人のフローラを我が家に置いておくのが煩わしく住まわせてやるだけでも感謝しろとろくな食事も与えずガリガリに痩せ細ったフローラに何度手をあげた?何度蹴った?終いには『野垂れ死ね』と追い出した。
⋯⋯フローラあっての贅沢な暮らしを自ら手放したのは私だ。

フローラに人並みの生活を与えていればよかった。
シルフィーナが亡くなった時にスティアート公爵家に渡していればよかった。支給される金が無くなろうと謝礼金は貰えたはずだ。
恩を着せて後ろ盾になってもくれたはずだ。

今さら後悔しても遅い⋯⋯私はとっくに終わっていたのだ。
あの王弟やスティアート公爵が私を、私たち家族を許すはずがないのだ。ドン底に突き落とす機会を今か今かと手ぐすね引いて待っていただけだ。

コレでエリザベスとロイド殿下との婚約も無くなる。
当てにしていた王家からの支度金も無くなる。
我が家の金は小娘に奪われもう底をついた。

これ以上小娘の要求に従うわけにはいかない。
小娘の計画をランベル公爵に伝えれば⋯⋯私はともかく妻と娘の命だけは⋯⋯見逃してくれるだろうか?






この方たちを目の前にして震えと冷や汗が止まらない。
なぜもっと早く自らの罪を告白しなかったのだろうか?
もうどんな言い訳も通用しない。
私はどう足掻いても二度と妻と娘には生きて会えることはないだろう。
すべて知られていた。
私のしたことも、妻のしたことも、小娘の脅迫も暗殺者への依頼要求も⋯⋯

ああああぁぁぁ⋯⋯私の考えは甘かった。

ランベル公爵とスティアート公爵だけでなく、国王陛下と王妃様までがこの場に現れるなんて⋯⋯ 


「フォネス伯爵家は爵位剥奪。もちろんロイドとお前の娘との婚約は白紙だ。公表する理由は⋯⋯そうだな適当でいいか。お前が虐げたルナフローラは私の可愛い姪だ。自ら罪を告白したからと言って許されるとは思うでないぞ。あとの処分はブラッディとローレンスに任せる。年内に終わらせろ、気持ち良く新年を迎えたいからな」

私の命は年内で消えるのか⋯⋯ もう妻と娘の命乞いをすることすら与えてはくれないだろう。

「地獄に落ちなさい」

王妃様は一言だけ発して陛下と退室した。
だが、その言葉は私のこれからの行き先を示しているに違いない。

まだ一言も口を開いていないランベル公爵とスティアート公爵の殺気だけで心臓が止まりそうだ。

この緊張感に耐えられそうにない。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれと叫びそうになる。
が、彼らなら本当にやるだろう。

「処刑などしない」

「そうですね」

「ルナと同じ痛みを与えてだ」

「ええ、それでよろしいかと」

二人の温度のない冷たい声に震えが酷くなる。会話の途中で限界がきたのか意識を失っていたらしい。
気がついたら手足を鎖に繋がれて酷い異臭のする部屋⋯⋯とも牢と呼ぶには想像するのも恐ろしい器具が並べられた場所に運ばれていた。


⋯⋯年内だ。
年内で楽になれる。
あと何日だ。
あと何日この地獄のような苦しみと痛みに耐えれば楽になれるんだ。

せめて⋯⋯せめて妻とエリザベスにはこの痛みを与えないで欲しいと願うことしか今の私には出来ることはない⋯⋯




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