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ルート選択はヒロインの特権

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「これでいいのか?」

 耳元で言われて、

「っ!」

 振り向く前に、飛びのいてしまった。
 乙女ゲームの醍醐味の一つは、イケボによる甘くてキュンなセリフを聞けること。イベントシーンでは、音量を上げるのがマストだったけど。

 画面越し、イヤホン越しで愛を告げられるのと、生身の人間に耳元でささやかれるとでは、まったく違う。
 
 私は、飛びのいたとたん、へたりこんでいた。リアルに腰が粉砕されてしまった。

「すまない。そんなに驚くとは、思わなかった」

 レオンが見当違いに謝った。その顔が叱られてしょんぼりする、シベリアンハスキーみたいで。可愛いなぁ、なんて思ってしまう。

「大丈夫か?」

 と、手を差し出すレオンに、今さらながら、気になった。
 彼の物語ルートは、どんな感じだったのか。
 それと同時に、どうして『シン・マジ』を買わなかったのかと、後悔していた。
 リメイクされると噂を聞いて、ゲーム会社のホームページにトレーラーまで見に行ったのに……。
 買わなかった何か、大きな理由があったはず。だけど、その辺りは思い出せない。

「どうした?」
「いいえ」

 遠慮なく、レオンの手を掴んで、引き起こしてもらい、二人でテーブルに戻った。
 ……私は、何も考えてなかった。
 私が本をテーブルに置いたのと同時。

「抜けがけはナシよ?」

 アリシアが言った。ささやくような声だったけど、私には聞こえた。

「何の話だ?」

 レオンが首を傾げる。
 私はそろりと、アリシアを見た。目が合う……待ち構えていたように、目が合った。にっこりと、極上に微笑むアリシアと!

 もしかして、恋のライバル、認定?
 確かに、レオンに全く興味がないといえば嘘になるけど。
 少し話をしただけで?
 悪役令嬢は何が何でも、ヒロインと敵対する運命ってこと?
 ……目の前が暗くなった。

「どうした、イザベラ?」

 レオンの声が、やけに遠く聞こえる。

「用事、思い出したから、先に帰る」
  
 私は荷物を持って、図書館を出た。

 そうだった。
 私は、悪役令嬢。

 乙女ゲームにおいて、ルートを選択できるのは、プレイヤーキャラであるヒロインの特権。物語は、アリシアの思うままに進んでいく。
 それが、乙女ゲームの真理。
 悪役令嬢の私に、シナリオを変更できる力なんてなかった。
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