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アバターもエルボー

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 ……だまされた!

 瑛はノボルとガリュウ、それぞれをじとーっと見た。

 昼食のあと、まんじゅうがあるからと、誘われて来てみれば、始まったのは尋問だった。
 トキとは、どうなっているのか。
 体の調子はどうか。
 変態の兆候は……などと問われたところで、分からないものは分からない。むしろ、瑛の方が教えてほしいくらいだ。

 瑛は、二人の話を右から左、左から右へと聞き流しながら、ぼんやりと考える。
 もしかして、今日は厄日なんだろうか。
 そう思えることが、朝にもあった。
 宝物だった濃紺のビー玉が、いつの間にか、消えていたのだ。ツナ子の話では、少し前に、スズキが持っていったらしい。どうやらゴミと見なされ、処分されたようだ。
 あれは、トキに贈ったもので……なんて、今さら、言い訳してもどうしようもない。
 ずっと、置きっぱなしにしていた自分も悪いのだから。

 小さくため息をついた瑛の眼前、ずいーっとノボルが身を乗り出してきた。

「な、何?」

 見慣れているとはいえ、そんな至近距離でノボルの顔など見たくない。瑛はこれまた、ずいーっと、ノボルを押し返した。

「ですから、トキのことは、どう、お思いで?」
「何度聞かれたって、答えは同じだって」

 げんなりと、瑛は言う。
 答えられることは、何もないというのに。二人は納得しない。龍宮へ帰ってきて、もう半年にもなるのだから、何かはあるだろうと、二人してでかい図体を乗り出し、聞いてくるのだ。

「姫様。どうか、お答えくだされ」

 ガリュウが、すっと、まんじゅうを差し出す。

「好きだよ」
「トキのどういうところが、お好きなのですかな」
「面白いところ」

 答えて、瑛はまんじゅうをパクリと食べた。
 この辺りで人気の店のものだという。ふかふかの皮からはふんわりと黒糖の香りがして、中のこしあんは舌ざわりもなめらかで、甘さも上品である。大きさも小ぶりとあって、瑛は既に五つ平らげていた。

「では、シンは?」
「好きだよ。優しいし、お菓子もくれるし」
「メグムは? リュークは?」
「どっちも好きだけど? メグムさんは賢くてきれいだし、リュークは話が合って楽しいし」

 瑛の答えに、二人は同じように、大きくため息をついて、おでこへ手をやる。

「だったら聞くけど、恋って、何? 何がどうなったら、好きは恋になるの? タライ、何杯分? あたしにも分かるように、具体的に説明してよ!」

 瑛は、七つ目のまんじゅうを食べながら、反撃に出た。

「いや、それは、その……どのように説明すればよいものか」

 口をモゴモゴさせるノボルに代わって、

「恋や愛というのは、あらゆる感情の中でも、特に強い思い、でしょうかな」

 そう答えたのは、ガリュウだった。

「恋とは、『面白くなくても』好きなのです。優しくなくて、賢くなくて、楽しくなくても、好き。つまり、いいところも悪いところもひっくるめて、好きだと慕う心。それが恋!」
「楽しくないのに、好きになる?」
「ですから、『あばたも、えくぼ』と申しまして、」
「アバターも、エルボー?」

 瑛がまんじゅうを頬張り、聞き返すと。

「いやいや、姫様。あばたというのはですな、」

 ここぞとばかりに、説明好きのノボルがしゃしゃり出てきた。これは長くなりそうだ。
 そこへ、失礼しますと、ツナ子が入って来た。

「姫様。そろそろ、御前様とのお約束の時間です」

 やったー。これで二人から解放される。そう思ったのも束の間。次は、御前との勉強が待ち構えていたのだった。

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