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トキの変化
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***
風にのって、雨のにおいがした。
メグムは、盃から顔を上げる。
窓の外、しとしと、雨が降っている。
時計に目をやれば、草木も眠る丑三つ時。いや、時間は関係ない。雨は、龍が気まぐれに降らせるもの。
それにしても。
じっとりとして、何と辛気臭いことか。それもまた、龍の心持ち次第だというが……。
メグムは腰を上げた。晩酌の一式を携えて、思いあたる場所に向かう。
龍宮で一番高い露台。雨に打たれながら、トキが一人、佇んでいた。
「仲直りは、できなかったみたいだね」
「謝ろうとして、…………たん、…………れた」
「うん?」
「謝ろうとして、声をかけた途端、逃げられた」
それで、落ち込んでいるらしい。
「自覚があるのか、知らないが。考え事なんかをしている時、気配をピリピリさせていることがあるよ。私でさえ、声をかけるのをためらうほど、殺気立ってる。ただでさえ、君は顔が怖いんだから、気をつけないと」
「顔は生まれつきだ」
プイと顔をそらせたトキは、大きなため息をついた。
メグムはそれを小さく笑ってから、盃に酒を注いで、トキに渡す。
「昼間にも言ったけど、君が怒るのも分からなくはない。誰だって、初恋の思い出は、いじられたくないものだしね」
メグムが言った瞬間。
トキは派手に酒を吹き出した。あご先からしたたる雫を、乱暴に手でぬぐって、こちらをにらみつけたかと思えば、空の盃を差し出す。
メグムはそこへ、なみなみと酒を注いでやった。
それをぐいっと飲み干して、トキはポツリとこぼす。
「今となっては、あれを初恋と呼ぶのかもしれないが、あの時は、恋だなんて自覚はなかった」
「そうか」
うなずきながらも、メグムはトキの変化を見逃さなかった。以前のトキなら、あんなふうに、自ら、理子の話を語ることなどなかっただろう。
いや、そもそもトキが誰かとケンカして、あんなに落ち込むことなどあっただろうか。
一族随一の力の持ち主で、次期龍王の筆頭でありながら、龍王の座には興味がないように見えた。それどころか、いつも、どこかつまらなそうだったのに。
「単刀直入に聞こう。君は、龍姫のことをどう思う?」
「別に、嫌いじゃない」
メグムは内心で笑う。彼のその言い方は、まぁまぁ好きだという意味だ。
相変わらず素直ではない。しかし、明らかにトキは変わった。
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風にのって、雨のにおいがした。
メグムは、盃から顔を上げる。
窓の外、しとしと、雨が降っている。
時計に目をやれば、草木も眠る丑三つ時。いや、時間は関係ない。雨は、龍が気まぐれに降らせるもの。
それにしても。
じっとりとして、何と辛気臭いことか。それもまた、龍の心持ち次第だというが……。
メグムは腰を上げた。晩酌の一式を携えて、思いあたる場所に向かう。
龍宮で一番高い露台。雨に打たれながら、トキが一人、佇んでいた。
「仲直りは、できなかったみたいだね」
「謝ろうとして、…………たん、…………れた」
「うん?」
「謝ろうとして、声をかけた途端、逃げられた」
それで、落ち込んでいるらしい。
「自覚があるのか、知らないが。考え事なんかをしている時、気配をピリピリさせていることがあるよ。私でさえ、声をかけるのをためらうほど、殺気立ってる。ただでさえ、君は顔が怖いんだから、気をつけないと」
「顔は生まれつきだ」
プイと顔をそらせたトキは、大きなため息をついた。
メグムはそれを小さく笑ってから、盃に酒を注いで、トキに渡す。
「昼間にも言ったけど、君が怒るのも分からなくはない。誰だって、初恋の思い出は、いじられたくないものだしね」
メグムが言った瞬間。
トキは派手に酒を吹き出した。あご先からしたたる雫を、乱暴に手でぬぐって、こちらをにらみつけたかと思えば、空の盃を差し出す。
メグムはそこへ、なみなみと酒を注いでやった。
それをぐいっと飲み干して、トキはポツリとこぼす。
「今となっては、あれを初恋と呼ぶのかもしれないが、あの時は、恋だなんて自覚はなかった」
「そうか」
うなずきながらも、メグムはトキの変化を見逃さなかった。以前のトキなら、あんなふうに、自ら、理子の話を語ることなどなかっただろう。
いや、そもそもトキが誰かとケンカして、あんなに落ち込むことなどあっただろうか。
一族随一の力の持ち主で、次期龍王の筆頭でありながら、龍王の座には興味がないように見えた。それどころか、いつも、どこかつまらなそうだったのに。
「単刀直入に聞こう。君は、龍姫のことをどう思う?」
「別に、嫌いじゃない」
メグムは内心で笑う。彼のその言い方は、まぁまぁ好きだという意味だ。
相変わらず素直ではない。しかし、明らかにトキは変わった。
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