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●後日談
1グレースの進む道
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兄のケリーが仕入れから帰ってきたと聞いて、グレースは玄関で出迎えた。
「何かいいものはあった?」
尋ねると、
「あぁ! 掘り出し物だよ! これがまた格安で!」
ケリーは早速、荷を解いて、グレースに差し出した。
「見てくれ。エモーイ・ガリの花瓶!」
鮮やかな緑色のガラスには、小花と蝶が彫刻されている。
なるほど。
エモーイ・ガリの花瓶である。
ガラスの表面を研磨し模様を彫刻する──グラヴュール技法は、ガリの得意とするもの。
しかも、このバタフライモチーフは、ガリがまだまだ無名だった、ごく初期の作品。兄が興奮するのも分かる。
しかし。間近に花瓶を見たグレースは、違和感を覚えた。
……これは、違う。
ガリのあの繊細さがない。
例えば花びらの先端、例えば蝶の羽の模様、細かなところが少し雑に見える。
「お兄様、これは多分、偽物です」
「えぇ!?」
グレースは、アーキンドー商会お抱えの鑑定士に早く見てもらうようケリーに言った。
──かくして。
ガリの花瓶は、よくできた偽物であった。
格安なのも当然。いや、これでは格安どころか、ぼったくり。
「僕としたことが……まさに『安物買いの銭《ゼニ》失い』」
ケリーは、ガクンとうなだれた。
……これも、ナーニワン人の血かしら。
グレースは小さくため息をつく。
兄のものを見る目は、決して悪くはない。しかし、それ以上に『お宝』と『掘り出し物』、そして『安くしておくよ』の一言にとことん弱かった。
肩を落とすケリーを横目に、グレースは大きな木箱を漁る。何か、掘り出し物はないか。がさごそやっていると、箱の隅に、新聞紙に包まれた塊を見つけた。
中には、小さな小さな皿が五枚。
でも、一体、何に使うのか。
大きさはクッキーほどで、カップソーサーにしては、小さすぎる。ままごと、あるいは人形遊びの小道具だろうか。
「お兄様、このお皿は何?」
「ああ、それは、極東の島国、ジャポーネで使われている食器だよ。マメザーラと言って、ヤックミーやソイソースを入れて使うらしい」
「ヤックミー?」
「あー、つまり、スパイスやソースを入れるためのちょっとした皿だね」
「へぇー。かわいい」
グレースは、皿を一枚、手に取った。
鮮やかな藍色で花が描かれている。五枚の皿は全て同じ模様だったが、それぞれ、線の太さや花の大きさが微妙に異なっている。つまり、一枚一枚、職人が手書きした、染付皿《ソメツケザラ》だ。その素晴らしさに、グレースは息を飲む。
「なかなか、いいと思うわ」
「確かに、絵付けは素晴らしいけど、皿としては小さすぎる。気に入ったのなら、グレースにあげるよ。ジャポーネでは有名な窯元の皿らしい。ガッキー・エモンって、言ったかな」
のんきに笑うケリーに、グレースは、じれったくて地団駄を踏む。
ケリーの言う通り、皿としては使いどころが限られるだろう。でも、このサイズなら、小物入れの代わりとして、使えそうだ。指輪や耳飾りを、ちょっと置くのにちょうどいいではないか。
「もう、何、言ってるの! お兄様、今すぐ、追加で仕入れて来て!」
「え?」
「これは、きっと、売れるわ!」
「これが?」
「自分で仕入れてきたんでしょう?」
グレースの言葉に、ケリーは「いやぁ」と頭をかく。
「売り込みに来ていたジャポーネの商人に、押しつけられたんだよ。格安でいいって言うから」
試しに値段を聞いてみると、確かに安い。駄菓子程度である。
「だったら、その二倍、ううん、三倍の金額で買い取って。ただし、マメザーラの販売は、当面、ウチに独占させてくれるよう交渉してちょうだい」
「えぇ?」
「あぁ……もう、いいわ! 私が行ってきます!」
グレースは部屋を出ると、マーキスを呼びつけた。
こうして、グレースはバイヤーとしての道を進み始めたのだった。
マメザーラは、見事、グレースの狙い通り、貴族から庶民まで、女性たちの間でヒットした。
グレースは、その後、アーキンドー商会の歴史において、伝説のバイヤーとして語り継がれることになる。
買い付けに各国を飛び回る彼女の隣には、いつも夫の姿があったという。
「何かいいものはあった?」
尋ねると、
「あぁ! 掘り出し物だよ! これがまた格安で!」
ケリーは早速、荷を解いて、グレースに差し出した。
「見てくれ。エモーイ・ガリの花瓶!」
鮮やかな緑色のガラスには、小花と蝶が彫刻されている。
なるほど。
エモーイ・ガリの花瓶である。
ガラスの表面を研磨し模様を彫刻する──グラヴュール技法は、ガリの得意とするもの。
しかも、このバタフライモチーフは、ガリがまだまだ無名だった、ごく初期の作品。兄が興奮するのも分かる。
しかし。間近に花瓶を見たグレースは、違和感を覚えた。
……これは、違う。
ガリのあの繊細さがない。
例えば花びらの先端、例えば蝶の羽の模様、細かなところが少し雑に見える。
「お兄様、これは多分、偽物です」
「えぇ!?」
グレースは、アーキンドー商会お抱えの鑑定士に早く見てもらうようケリーに言った。
──かくして。
ガリの花瓶は、よくできた偽物であった。
格安なのも当然。いや、これでは格安どころか、ぼったくり。
「僕としたことが……まさに『安物買いの銭《ゼニ》失い』」
ケリーは、ガクンとうなだれた。
……これも、ナーニワン人の血かしら。
グレースは小さくため息をつく。
兄のものを見る目は、決して悪くはない。しかし、それ以上に『お宝』と『掘り出し物』、そして『安くしておくよ』の一言にとことん弱かった。
肩を落とすケリーを横目に、グレースは大きな木箱を漁る。何か、掘り出し物はないか。がさごそやっていると、箱の隅に、新聞紙に包まれた塊を見つけた。
中には、小さな小さな皿が五枚。
でも、一体、何に使うのか。
大きさはクッキーほどで、カップソーサーにしては、小さすぎる。ままごと、あるいは人形遊びの小道具だろうか。
「お兄様、このお皿は何?」
「ああ、それは、極東の島国、ジャポーネで使われている食器だよ。マメザーラと言って、ヤックミーやソイソースを入れて使うらしい」
「ヤックミー?」
「あー、つまり、スパイスやソースを入れるためのちょっとした皿だね」
「へぇー。かわいい」
グレースは、皿を一枚、手に取った。
鮮やかな藍色で花が描かれている。五枚の皿は全て同じ模様だったが、それぞれ、線の太さや花の大きさが微妙に異なっている。つまり、一枚一枚、職人が手書きした、染付皿《ソメツケザラ》だ。その素晴らしさに、グレースは息を飲む。
「なかなか、いいと思うわ」
「確かに、絵付けは素晴らしいけど、皿としては小さすぎる。気に入ったのなら、グレースにあげるよ。ジャポーネでは有名な窯元の皿らしい。ガッキー・エモンって、言ったかな」
のんきに笑うケリーに、グレースは、じれったくて地団駄を踏む。
ケリーの言う通り、皿としては使いどころが限られるだろう。でも、このサイズなら、小物入れの代わりとして、使えそうだ。指輪や耳飾りを、ちょっと置くのにちょうどいいではないか。
「もう、何、言ってるの! お兄様、今すぐ、追加で仕入れて来て!」
「え?」
「これは、きっと、売れるわ!」
「これが?」
「自分で仕入れてきたんでしょう?」
グレースの言葉に、ケリーは「いやぁ」と頭をかく。
「売り込みに来ていたジャポーネの商人に、押しつけられたんだよ。格安でいいって言うから」
試しに値段を聞いてみると、確かに安い。駄菓子程度である。
「だったら、その二倍、ううん、三倍の金額で買い取って。ただし、マメザーラの販売は、当面、ウチに独占させてくれるよう交渉してちょうだい」
「えぇ?」
「あぁ……もう、いいわ! 私が行ってきます!」
グレースは部屋を出ると、マーキスを呼びつけた。
こうして、グレースはバイヤーとしての道を進み始めたのだった。
マメザーラは、見事、グレースの狙い通り、貴族から庶民まで、女性たちの間でヒットした。
グレースは、その後、アーキンドー商会の歴史において、伝説のバイヤーとして語り継がれることになる。
買い付けに各国を飛び回る彼女の隣には、いつも夫の姿があったという。
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