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10億の真相
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「アフォード。あなたは、いずれオーバッカ家を継ぐのだから、その名誉のためにも、支払う義務があるのよ」
グレースは先ほど、はたき落とされた書類を再び、アフォードへ突きつける。
「な、何だ?」
「請求書よ」
「請求書?」
アフォードは、グレースの手から書類をひったくって、パラパラとめくった。
「ゴッポにダピンチ? 僕は絵画など、買った覚えはないぞ!」
「そうね。すべて、あなたのおじい様の買い物よ。代金はツケで、今も未払い。その総額が積もり積もって、十億エーン」
「それを僕に払えと?」
フンッと、鼻で笑ったアフォードだったが。書類をもう一枚、めくって、手が止まった。
「……チェ、チェロ⁉」
「そういえば、あなたが、おじい様におねだりして買ってもらった物も、かなり、入ってたわね。たった一日で辞めてしまったチェロの代金や、そのあと始めたヴァイオリン、ポロ用の馬」
「なっ、」
ぱくぱくと空気を噛むだけのアフォードに、グレースは話を続ける。
「あなた、飽き性のくせに見栄っ張りだから、やるとなったら、まずは最上級の道具を揃えないと気がすまない性格だものね」
チェロもヴァイオリンもポロも、長くは続かなかったようだが、その楽器や馬はどれも四桁を超える代物だった。
「オーバッカ家とは、長い付き合いだから、祖父は大目に見ていたのでしょう。一度は潰れかけた店を、あなたのおじい様に救っていただいたようだし。その恩があって、支払いも催促しなかったみたいね。その後、私の父が縁談をねじ込み、私たちが結婚することで、その未払い金がチャラになるはずだった」
う、嘘だ……。アフォードは小さくつぶやいて、伯爵を振り返った。
「ち、父上! どういうことなのです!」
詰め寄るアフォードに、伯爵は大きなため息をついた。
「グレースの言った通りだ……お前のおじい様は、アーキンドーさんのご厚意に甘えて、ツケで買い物をしまくり、あまつさえ、それを帳消しにしてもらうため、お前とグレースの婚約を決めたんだ」
「そんな……父上は、何も知らなかったのですか!」
「昨年、お義父様が亡くなって、そのあと、遺品から出てきたのです」
「母上……」
「ですから、あなたにも口を酸っぱくして、倹約しなさいと言っていたのです! それなのに、あなたは湯水のように」
「十億……じゅう、おく……無理だ」
がくりと、アフォードはうなだれた。かと思ったら、素早く身を翻し、今度はグレースにすり寄って来た。
「グレース」
すがりつこうとした手は、寸前、マーキスによってビシッと、はたき落とされた。
「グレース。十億なんて、そんなの、無理に決まってる! グレース、頼む! どうにかしてくれ! 僕は何も知らなかったんだ!」
「そうよ。アフォードは、何も知らなかったのよ!」
「グレース、頼む、頼むよぉ……」
「アフォードの責任じゃないわ! ひどいじゃない!」
ネトリーンの金切り声を無視して、グレースはアフォードに語りかける。
「ねぇ、アフォード。何も知らなかったから、十億の支払いがチャラになるなんて、この世の中、そんなに甘くないの」
続けて、グレースはネトリーンにも目を向ける。
「もちろん、あなたが代金を支払ってくれてもいいのよ。ネトリーン?」
「な、何で、私が払わなくちゃいけないのよ!」
「夫の苦難は、妻の苦難でしょ。どんな困難も二人でともに乗り越えなくちゃね?」
グレースの言葉にネトリーンは、バツが悪そうに顔をそらせた。それも一瞬。すぐにまた顔を上げ、グレースをにらみつけてきた。
「……こんなの、ただの嫌がらせじゃない。グレース、あんたは、私の幸せをめちゃくちゃにしたいだけなんでしょ⁉」
一体、どの口が、そんなことを言うのか。またも開き直ったネトリーンに、グレースは呆れながら、言い返す。
「嫌がらせ? それはこっちのセリフでしょ。こんな大勢の前で大々的に婚約を破棄されて、しかも、父やマーキスまで侮辱されたの。それでも、『お幸せに!』なんて、祝ってもらえると思ってたの? おめでたいわね、ネトリーン」
「なっ、何よ! 最悪だわ! ホント、信じられない! あんたは最低の人間よ! 私の幸せをぶち壊して、何が楽しいの! あんたなんか、もう、友達でもなんでもないわ!」
その友達の婚約者を平然と奪っていった自分は、何様のつもりなのか。自分がやったことを棚に上げ、キンキン声でまくしたてるネトリーン。
「最低! 最悪! 人でなし! あんたは、悪魔よ! 地獄に落ちろ!」
しつこくわめき散らすネトリーンに、とうとうグレースもブチッと切れて。
「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、じゃかあしぃわ!」
普段は固く封印しているナーニワン弁で、一喝した。
「寝取り女が被害者ヅラしくさって! 頭ん中、どないなっとんねん? 一回、口ん中、手ぇ突っ込んで、脳みそシェイクしたろか⁉ あぁん?」
ずいっと迫ったグレースに、ネトリーンは「ひぃいいっ……」と、後ずさった。
青ざめた顔のネトリーンと、彼女の後ろで震えるアフォード。
グレースは、そんな彼らに向け、
「あら、ごめんあそばせ。最低最悪で、金にがめつくて、恥知らずで、欲深くて、図々しいナーニワン人の血が、少し、出てしまったみたいね」
二人から、散々、言われたことを並べてから、最後は極上に微笑んでみせた。
グレースは先ほど、はたき落とされた書類を再び、アフォードへ突きつける。
「な、何だ?」
「請求書よ」
「請求書?」
アフォードは、グレースの手から書類をひったくって、パラパラとめくった。
「ゴッポにダピンチ? 僕は絵画など、買った覚えはないぞ!」
「そうね。すべて、あなたのおじい様の買い物よ。代金はツケで、今も未払い。その総額が積もり積もって、十億エーン」
「それを僕に払えと?」
フンッと、鼻で笑ったアフォードだったが。書類をもう一枚、めくって、手が止まった。
「……チェ、チェロ⁉」
「そういえば、あなたが、おじい様におねだりして買ってもらった物も、かなり、入ってたわね。たった一日で辞めてしまったチェロの代金や、そのあと始めたヴァイオリン、ポロ用の馬」
「なっ、」
ぱくぱくと空気を噛むだけのアフォードに、グレースは話を続ける。
「あなた、飽き性のくせに見栄っ張りだから、やるとなったら、まずは最上級の道具を揃えないと気がすまない性格だものね」
チェロもヴァイオリンもポロも、長くは続かなかったようだが、その楽器や馬はどれも四桁を超える代物だった。
「オーバッカ家とは、長い付き合いだから、祖父は大目に見ていたのでしょう。一度は潰れかけた店を、あなたのおじい様に救っていただいたようだし。その恩があって、支払いも催促しなかったみたいね。その後、私の父が縁談をねじ込み、私たちが結婚することで、その未払い金がチャラになるはずだった」
う、嘘だ……。アフォードは小さくつぶやいて、伯爵を振り返った。
「ち、父上! どういうことなのです!」
詰め寄るアフォードに、伯爵は大きなため息をついた。
「グレースの言った通りだ……お前のおじい様は、アーキンドーさんのご厚意に甘えて、ツケで買い物をしまくり、あまつさえ、それを帳消しにしてもらうため、お前とグレースの婚約を決めたんだ」
「そんな……父上は、何も知らなかったのですか!」
「昨年、お義父様が亡くなって、そのあと、遺品から出てきたのです」
「母上……」
「ですから、あなたにも口を酸っぱくして、倹約しなさいと言っていたのです! それなのに、あなたは湯水のように」
「十億……じゅう、おく……無理だ」
がくりと、アフォードはうなだれた。かと思ったら、素早く身を翻し、今度はグレースにすり寄って来た。
「グレース」
すがりつこうとした手は、寸前、マーキスによってビシッと、はたき落とされた。
「グレース。十億なんて、そんなの、無理に決まってる! グレース、頼む! どうにかしてくれ! 僕は何も知らなかったんだ!」
「そうよ。アフォードは、何も知らなかったのよ!」
「グレース、頼む、頼むよぉ……」
「アフォードの責任じゃないわ! ひどいじゃない!」
ネトリーンの金切り声を無視して、グレースはアフォードに語りかける。
「ねぇ、アフォード。何も知らなかったから、十億の支払いがチャラになるなんて、この世の中、そんなに甘くないの」
続けて、グレースはネトリーンにも目を向ける。
「もちろん、あなたが代金を支払ってくれてもいいのよ。ネトリーン?」
「な、何で、私が払わなくちゃいけないのよ!」
「夫の苦難は、妻の苦難でしょ。どんな困難も二人でともに乗り越えなくちゃね?」
グレースの言葉にネトリーンは、バツが悪そうに顔をそらせた。それも一瞬。すぐにまた顔を上げ、グレースをにらみつけてきた。
「……こんなの、ただの嫌がらせじゃない。グレース、あんたは、私の幸せをめちゃくちゃにしたいだけなんでしょ⁉」
一体、どの口が、そんなことを言うのか。またも開き直ったネトリーンに、グレースは呆れながら、言い返す。
「嫌がらせ? それはこっちのセリフでしょ。こんな大勢の前で大々的に婚約を破棄されて、しかも、父やマーキスまで侮辱されたの。それでも、『お幸せに!』なんて、祝ってもらえると思ってたの? おめでたいわね、ネトリーン」
「なっ、何よ! 最悪だわ! ホント、信じられない! あんたは最低の人間よ! 私の幸せをぶち壊して、何が楽しいの! あんたなんか、もう、友達でもなんでもないわ!」
その友達の婚約者を平然と奪っていった自分は、何様のつもりなのか。自分がやったことを棚に上げ、キンキン声でまくしたてるネトリーン。
「最低! 最悪! 人でなし! あんたは、悪魔よ! 地獄に落ちろ!」
しつこくわめき散らすネトリーンに、とうとうグレースもブチッと切れて。
「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、じゃかあしぃわ!」
普段は固く封印しているナーニワン弁で、一喝した。
「寝取り女が被害者ヅラしくさって! 頭ん中、どないなっとんねん? 一回、口ん中、手ぇ突っ込んで、脳みそシェイクしたろか⁉ あぁん?」
ずいっと迫ったグレースに、ネトリーンは「ひぃいいっ……」と、後ずさった。
青ざめた顔のネトリーンと、彼女の後ろで震えるアフォード。
グレースは、そんな彼らに向け、
「あら、ごめんあそばせ。最低最悪で、金にがめつくて、恥知らずで、欲深くて、図々しいナーニワン人の血が、少し、出てしまったみたいね」
二人から、散々、言われたことを並べてから、最後は極上に微笑んでみせた。
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