上 下
4 / 10

10億の真相

しおりを挟む
「アフォード。あなたは、いずれオーバッカ家を継ぐのだから、その名誉のためにも、支払う義務があるのよ」

 グレースは先ほど、はたき落とされた書類を再び、アフォードへ突きつける。

「な、何だ?」
「請求書よ」
「請求書?」
 
 アフォードは、グレースの手から書類をひったくって、パラパラとめくった。

「ゴッポにダピンチ? 僕は絵画など、買った覚えはないぞ!」
「そうね。すべて、あなたのおじい様の買い物よ。代金はツケ・・で、今も未払い。その総額が積もり積もって、十億エーン」
「それを僕に払えと?」

 フンッと、鼻で笑ったアフォードだったが。書類をもう一枚、めくって、手が止まった。

「……チェ、チェロ⁉」
「そういえば、あなたが、おじい様におねだりして買ってもらった物も、かなり、入ってたわね。たった一日で辞めてしまったチェロの代金や、そのあと始めたヴァイオリン、ポロ用の馬」
「なっ、」

 ぱくぱくと空気を噛むだけのアフォードに、グレースは話を続ける。

「あなた、飽き性のくせに見栄っ張りだから、やるとなったら、まずは最上級の道具を揃えないと気がすまない性格だものね」

 チェロもヴァイオリンもポロも、長くは続かなかったようだが、その楽器や馬はどれも四桁を超える代物だった。

「オーバッカ家とは、長い付き合いだから、祖父は大目に見ていたのでしょう。一度は潰れかけた店を、あなたのおじい様に救っていただいたようだし。その恩があって、支払いも催促しなかったみたいね。その後、私の父が縁談をねじ込み、私たちが結婚することで、その未払い金がチャラになるはずだった」

 う、嘘だ……。アフォードは小さくつぶやいて、伯爵を振り返った。

「ち、父上! どういうことなのです!」

 詰め寄るアフォードに、伯爵は大きなため息をついた。

「グレースの言った通りだ……お前のおじい様は、アーキンドーさんのご厚意に甘えて、ツケで買い物をしまくり、あまつさえ、それを帳消しにしてもらうため、お前とグレースの婚約を決めたんだ」
「そんな……父上は、何も知らなかったのですか!」
「昨年、お義父様が亡くなって、そのあと、遺品から出てきたのです」
「母上……」
「ですから、あなたにも口を酸っぱくして、倹約しなさいと言っていたのです! それなのに、あなたは湯水のように」

「十億……じゅう、おく……無理だ」

 がくりと、アフォードはうなだれた。かと思ったら、素早く身を翻し、今度はグレースにすり寄って来た。

「グレース」

 すがりつこうとした手は、寸前、マーキスによってビシッと、はたき落とされた。

「グレース。十億なんて、そんなの、無理に決まってる! グレース、頼む! どうにかしてくれ! 僕は何も知らなかったんだ!」
「そうよ。アフォードは、何も知らなかったのよ!」 
「グレース、頼む、頼むよぉ……」
「アフォードの責任じゃないわ! ひどいじゃない!」

 ネトリーンの金切り声を無視して、グレースはアフォードに語りかける。
 
「ねぇ、アフォード。何も知らなかったから、十億の支払いがチャラになるなんて、この世の中、そんなに甘くないの」

 続けて、グレースはネトリーンにも目を向ける。

「もちろん、あなたが代金を支払ってくれてもいいのよ。ネトリーン?」
「な、何で、私が払わなくちゃいけないのよ!」
「夫の苦難は、妻の苦難でしょ。どんな困難も二人でともに乗り越えなくちゃね?」

 グレースの言葉にネトリーンは、バツが悪そうに顔をそらせた。それも一瞬。すぐにまた顔を上げ、グレースをにらみつけてきた。

「……こんなの、ただの嫌がらせじゃない。グレース、あんたは、私の幸せをめちゃくちゃにしたいだけなんでしょ⁉」 

 一体、どの口が、そんなことを言うのか。またも開き直ったネトリーンに、グレースは呆れながら、言い返す。

「嫌がらせ? それはこっちのセリフでしょ。こんな大勢の前で大々的に婚約を破棄されて、しかも、父やマーキスまで侮辱されたの。それでも、『お幸せに!』なんて、祝ってもらえると思ってたの? おめでたいわね、ネトリーン」
「なっ、何よ! 最悪だわ! ホント、信じられない! あんたは最低の人間よ! 私の幸せをぶち壊して、何が楽しいの! あんたなんか、もう、友達でもなんでもないわ!」

 そのの婚約者を平然と奪っていった自分は、何様のつもりなのか。自分がやったことを棚に上げ、キンキン声でまくしたてるネトリーン。

「最低! 最悪! 人でなし! あんたは、悪魔よ! 地獄に落ちろ!」

 しつこくわめき散らすネトリーンに、とうとうグレースもブチッと切れて。

「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、じゃかあしぃわ!」

 普段は固く封印しているナーニワン弁で、一喝した。

「寝取り女が被害者ヅラしくさって! 頭ん中、どないなっとんねん? 一回イッペン、口ん中、手ぇ突っ込んで、脳みそシェイクしたろか⁉ あぁん?」
 
 ずいっと迫ったグレースに、ネトリーンは「ひぃいいっ……」と、後ずさった。
 青ざめた顔のネトリーンと、彼女の後ろで震えるアフォード。
 グレースは、そんな彼らに向け、

「あら、ごめんあそばせ。最低最悪で、金にがめつくて、恥知らずで、欲深くて、図々しいナーニワン人の血が、少し、出てしまったみたいね」

 二人から、散々、言われたことを並べてから、最後は極上に微笑んでみせた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた

東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
 「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」  その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。    「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」  リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。  宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。  「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」  まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。  その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。  まただ……。  リシェンヌは絶望の中で思う。  彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。 ※全八話 一週間ほどで完結します。

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます

との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。 (さて、さっさと逃げ出すわよ) 公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。 リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。 どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。 結婚を申し込まれても・・ 「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」 「「はあ? そこ?」」 ーーーーーー 設定かなりゆるゆる? 第一章完結

義妹がすぐに被害者面をしてくるので、本当に被害者にしてあげましょう!

新野乃花(大舟)
恋愛
「フランツお兄様ぁ〜、またソフィアお姉様が私の事を…」「大丈夫だよエリーゼ、僕がちゃんと注意しておくからね」…これまでにこのような会話が、幾千回も繰り返されれきた。その度にソフィアは夫であるフランツから「エリーゼは繊細なんだから、言葉や態度には気をつけてくれと、何度も言っているだろう!!」と責められていた…。そしてついにソフィアが鬱気味になっていたある日の事、ソフィアの脳裏にあるアイディアが浮かんだのだった…! ※過去に投稿していた「孤独で虐げられる気弱令嬢は次期皇帝と出会い、溺愛を受け妃となる」のIFストーリーになります! ※カクヨムにも投稿しています!

【本編完結】はい、かしこまりました。婚約破棄了承いたします。

はゆりか
恋愛
「お前との婚約は破棄させもらう」 「破棄…ですか?マルク様が望んだ婚約だったと思いますが?」 「お前のその人形の様な態度は懲り懲りだ。俺は真実の愛に目覚めたのだ。だからこの婚約は無かったことにする」 「ああ…なるほど。わかりました」 皆が賑わう昼食時の学食。 私、カロリーナ・ミスドナはこの国の第2王子で婚約者のマルク様から婚約破棄を言い渡された。 マルク様は自分のやっている事に酔っているみたいですが、貴方がこれから経験する未来は地獄ですよ。 全くこの人は… 全て仕組まれた事だと知らずに幸せものですね。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。

凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」 リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。 その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。 当然、注目は私達に向く。 ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた-- 「私はシファナと共にありたい。」 「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」 (私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。) 妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。 しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。 そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。 それとは逆に、妹は-- ※全11話構成です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。

【完結】妹が欲しがるならなんでもあげて令嬢生活を満喫します。それが婚約者の王子でもいいですよ。だって…

西東友一
恋愛
私の妹は昔から私の物をなんでも欲しがった。 最初は私もムカつきました。 でも、この頃私は、なんでもあげるんです。 だって・・・ね

処理中です...