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元・婚約者VS寝取った女
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パーティ会場は、再び静まり返っていた。
その中、カツンと、ヒールの音を響かせて、ネトリーンがグレースの正面に立つ。
「誤解しないでちょうだい? 私は、ずっとずぅっと、アフォード様の相談に乗っていたのよ」
「相談?」
「色々とね。私たちが正式にお付き合いを始めたのは、一ヶ月くらい前のこと。アフォード様の相談に乗るうち、私たちは自然と惹かれ合っていったの。ねぇ、そうでしょう? アフォード様?」
ネトリーンの問いかけに、
「え? あっ、うん。そうだった! そうだったね!」
アフォードが、コクコクと高速でうなずいた。
「ねぇ、グレース。あなた、一ヶ月前、アフォード様から、大事な話があると呼び出されたでしょう? その時、話すつもりだったのよ。だけど、あなたは無視した」
「一ヶ月前?」
グレースは思い出す。
確かに『明日、家に来て欲しい』と、一方的な伝言を受け取ったことがあった。しかし、その時、グレースは風邪で寝込んでいて、対応した家人も無理だと伝えたはずだ。伝言を持ってきたオーバッカ家の執事も、アフォードに伝えていないはずがない。
それなのに。どうして、グレースが『無視した』ことになるのか。
ちらりとアフォードに目をやれば、ささっと、ネトリーンを盾に隠れてしまった。
子供の頃から、よく見てきた光景である。
嘘をついていたことがバレた時、叱られるのが怖くて、よく執事やメイドの後ろに隠れていた。
そういうことかと、グレースは小さくにため息をこぼす。
二人にとって不都合なことはねじ曲げられ、口裏を合わせ、なかったことにされたのだ。
「こんなことになってしまったのは、私だって、とっても、とぉーっても、心苦しいわ。でも、仕方なかったの。あなたが無視したんだから!」
ネトリーンが、にっこりと笑う。
「ねぇ、グレース。こうなってしまった原因は、自業自得。すべて自分のせいでしょう?」
「どういう意味?」
「あなた、アフォード様のやることなすこと、一々、口出ししては、罵詈雑言、浴びせていたんですって? アフォード様は次期伯爵なのよ? たかが商人の娘が、度が過ぎたようね。捨てられても、仕方がないんじゃないかしら。それを棚に上げて、慰謝料だなんて。どれほど恥知らずなの?」
その言い様に、グレースは、思わず笑ってしまった。
勉強は嫌だと放り出し、政治のことも、オーバッカ家の領地のことにも無関心で、税の仕組みも知らない。そのくせ、金遣いだけは超一流……。
次期伯爵様が、それでいいと思っているのか。
そう言おうとして、グレースは諦めた。
アフォードは、相変わらずネトリーンの後ろに隠れたまま。目を合わせようともしない。グレースが何を言っても、無駄なのだろう。
「とにかく、婚約を破棄するのなら、オーバッカ家には十億、支払ってもらうわ」
アフォードへと迫ったグレースに、またも、ネトリーンが立ちはだかった。
「だーかーら! 図々しいわよ、グレース!」
吐き捨てるように言って、
「そういえば、あなたの一族って、ナーニワン出身だったかしら? ナーニワンの商人は金にがめついって聞くけど、本当だったみたいねぇ?」
ネトリーンは、あざ笑った。
グレースは小さくため息をついて、かばんの中から今度は黒革の手帳を取り出す。二人のことを知ってから、調べてもらった記録である。
パラパラとページをめくり、二ヶ月ほど前の日付けを読み上げた。
「十時三十三分。あなたたちは二人で『ジュエリー・オッタカメー』に入店。ハートモチーフのペンダントを購入」
それに、ネトリーンが素早く胸元のペンダントトップを掴む。今さら隠したって、もう遅い。キラキラとまばゆいジュエリーは、誰の目にも入っただろう。
「十一時四十八分。レストラン『ミッツボーシ』入店。十三時三十六分、店を出たあと、セイリュー川の沿道を腕を組んで散策」
「……っ」
「あなたたち、二ヶ月前は、まだお付き合いしてないのよね?」
「それは……」
言葉につまり、ぎゅっと唇をかみしめるネトリーン。その後ろから、
「そ、それは、相談料だ! 相談に乗ってもらったお礼に、僕が贈ったんだ!」
「そうよ! お礼にもらったのよ!」
アフォードが答え、ネトリーンもうなずく。
普通、そういうものは、人気店のお菓子だったりするものだ。十万以上もするジュエリーを贈ったりはしない。
グレースは「だったら」と、手帳をめくった。ネタはいくらでもある。次に読み上げたのは、一ヶ月半前の日付け。
「二人でジュエリーショップ『ハイブー・ランド』に行って、お揃いの指輪を注文してるわね。ここはオーダーメイドの結婚指輪がとても人気で、三ヶ月待ちらいしわね。これもお礼?」
「そうよ! お礼よ! 私もアフォードも、たまたま同じ指輪を気に入って、買っただけよ! それが何? 悪い?」
ネトリーンは、完全に開き直っていた。
しかし。
「まぁ、白々しいわね」
どこからともなく聞こえてきた婦人の声に、ようやくネトリーンも気がついたらしい。不審者を見るような眼差しに、ヒソヒソ話、笑い声。少し前まで、グレースに向けられていたものが、自分へ向けられていることに。
それを追い風に、グレースは追い打ちをかけにいく。
「もっと読み上げましょうか? あなたたちが半年前から付き合いを始め、二ヶ月前からは結婚の準備を始めていた。その証拠、まだまだ、あるわよ?」
「……っ」
グレースはネトリーンを黙らせると、アフォードに向き直った。
その中、カツンと、ヒールの音を響かせて、ネトリーンがグレースの正面に立つ。
「誤解しないでちょうだい? 私は、ずっとずぅっと、アフォード様の相談に乗っていたのよ」
「相談?」
「色々とね。私たちが正式にお付き合いを始めたのは、一ヶ月くらい前のこと。アフォード様の相談に乗るうち、私たちは自然と惹かれ合っていったの。ねぇ、そうでしょう? アフォード様?」
ネトリーンの問いかけに、
「え? あっ、うん。そうだった! そうだったね!」
アフォードが、コクコクと高速でうなずいた。
「ねぇ、グレース。あなた、一ヶ月前、アフォード様から、大事な話があると呼び出されたでしょう? その時、話すつもりだったのよ。だけど、あなたは無視した」
「一ヶ月前?」
グレースは思い出す。
確かに『明日、家に来て欲しい』と、一方的な伝言を受け取ったことがあった。しかし、その時、グレースは風邪で寝込んでいて、対応した家人も無理だと伝えたはずだ。伝言を持ってきたオーバッカ家の執事も、アフォードに伝えていないはずがない。
それなのに。どうして、グレースが『無視した』ことになるのか。
ちらりとアフォードに目をやれば、ささっと、ネトリーンを盾に隠れてしまった。
子供の頃から、よく見てきた光景である。
嘘をついていたことがバレた時、叱られるのが怖くて、よく執事やメイドの後ろに隠れていた。
そういうことかと、グレースは小さくにため息をこぼす。
二人にとって不都合なことはねじ曲げられ、口裏を合わせ、なかったことにされたのだ。
「こんなことになってしまったのは、私だって、とっても、とぉーっても、心苦しいわ。でも、仕方なかったの。あなたが無視したんだから!」
ネトリーンが、にっこりと笑う。
「ねぇ、グレース。こうなってしまった原因は、自業自得。すべて自分のせいでしょう?」
「どういう意味?」
「あなた、アフォード様のやることなすこと、一々、口出ししては、罵詈雑言、浴びせていたんですって? アフォード様は次期伯爵なのよ? たかが商人の娘が、度が過ぎたようね。捨てられても、仕方がないんじゃないかしら。それを棚に上げて、慰謝料だなんて。どれほど恥知らずなの?」
その言い様に、グレースは、思わず笑ってしまった。
勉強は嫌だと放り出し、政治のことも、オーバッカ家の領地のことにも無関心で、税の仕組みも知らない。そのくせ、金遣いだけは超一流……。
次期伯爵様が、それでいいと思っているのか。
そう言おうとして、グレースは諦めた。
アフォードは、相変わらずネトリーンの後ろに隠れたまま。目を合わせようともしない。グレースが何を言っても、無駄なのだろう。
「とにかく、婚約を破棄するのなら、オーバッカ家には十億、支払ってもらうわ」
アフォードへと迫ったグレースに、またも、ネトリーンが立ちはだかった。
「だーかーら! 図々しいわよ、グレース!」
吐き捨てるように言って、
「そういえば、あなたの一族って、ナーニワン出身だったかしら? ナーニワンの商人は金にがめついって聞くけど、本当だったみたいねぇ?」
ネトリーンは、あざ笑った。
グレースは小さくため息をついて、かばんの中から今度は黒革の手帳を取り出す。二人のことを知ってから、調べてもらった記録である。
パラパラとページをめくり、二ヶ月ほど前の日付けを読み上げた。
「十時三十三分。あなたたちは二人で『ジュエリー・オッタカメー』に入店。ハートモチーフのペンダントを購入」
それに、ネトリーンが素早く胸元のペンダントトップを掴む。今さら隠したって、もう遅い。キラキラとまばゆいジュエリーは、誰の目にも入っただろう。
「十一時四十八分。レストラン『ミッツボーシ』入店。十三時三十六分、店を出たあと、セイリュー川の沿道を腕を組んで散策」
「……っ」
「あなたたち、二ヶ月前は、まだお付き合いしてないのよね?」
「それは……」
言葉につまり、ぎゅっと唇をかみしめるネトリーン。その後ろから、
「そ、それは、相談料だ! 相談に乗ってもらったお礼に、僕が贈ったんだ!」
「そうよ! お礼にもらったのよ!」
アフォードが答え、ネトリーンもうなずく。
普通、そういうものは、人気店のお菓子だったりするものだ。十万以上もするジュエリーを贈ったりはしない。
グレースは「だったら」と、手帳をめくった。ネタはいくらでもある。次に読み上げたのは、一ヶ月半前の日付け。
「二人でジュエリーショップ『ハイブー・ランド』に行って、お揃いの指輪を注文してるわね。ここはオーダーメイドの結婚指輪がとても人気で、三ヶ月待ちらいしわね。これもお礼?」
「そうよ! お礼よ! 私もアフォードも、たまたま同じ指輪を気に入って、買っただけよ! それが何? 悪い?」
ネトリーンは、完全に開き直っていた。
しかし。
「まぁ、白々しいわね」
どこからともなく聞こえてきた婦人の声に、ようやくネトリーンも気がついたらしい。不審者を見るような眼差しに、ヒソヒソ話、笑い声。少し前まで、グレースに向けられていたものが、自分へ向けられていることに。
それを追い風に、グレースは追い打ちをかけにいく。
「もっと読み上げましょうか? あなたたちが半年前から付き合いを始め、二ヶ月前からは結婚の準備を始めていた。その証拠、まだまだ、あるわよ?」
「……っ」
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