悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ

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それぞれの誤解とマフィンの時間

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 何あれ。何なのよ、あれ!
 昨日の今日で、マーティンのことの仕返しなわけ?
 思わず、ペンを握る手に力が入った。 

「……アさん? ロベリアさん!」

 はっと顔を上げれば、先生が呆れた顔でこちらを見ていた。
 まずい。せっかくの特別授業が……。
 パタンと音を立てて、先生が教科書を閉じる。

「授業にまったく集中できていないようですね。今日はここまでとします。帰ってよろしい」

 始まって十分で、強制終了。

「申し訳ありませんでした」

 部屋を出て行く先生に頭を下げて、私も荷物をまとめる。
 それでも、まだ、むしゃくしゃは消えてくれなかった。スカーレットの猫なで声が、頭の中で勝手にヘビロテされて、イライラするばかり。

 私は寮に戻らず、そのまま学校を出た。気分転換に商店街へと繰り出した。ぶらぶらと色んな店を見て回り、お気に入りのカフェで、ちょっとお高めのランチを食べ、これまたお気に入りのスイーツ店で山ほど、お菓子を買った。

 部屋に帰ったら、お菓子を寝食いして、課題もしないで、だらだらしてやる!

 そうやって、なんとか気持ちを持ち上げたのに。

 寮の前には、難しい顔をしたバーノンが待っていて。足が止まっていた。
 ふと、頭をよぎったのは、
 
『君がそんな人だとは、思わなかったよ』

 ジョシュアから、冷淡に告げられた光景。あの日のジョシュアも同じような顔をして、私を待ち構えていた。結局、あの時は訳も分からず、誤解を解くことさえできなくて、嫌われたままだけど。

 でも、今は違う。

 スカーレットの手口は分かっている。私にいじめられてるとか、バーノンの悪口を言っていたとか、好き勝手に言いふらしたのだろう。今度こそ、スカーレットの好きにはさせない。
 私はバーノンへと、まっすぐ歩いて行って、正面から彼の顔を見た。
 
「ロベリア。話がある」
「私も話があります」
「スカーレットのことだ」
「私も彼女のことです」

 一拍の間があって、口を開いたのは、同時。

「あれは誤解だ!」
「それは誤解です!」

 声が二つ、ぴたりと重なった。
 それに思わず私の方は「え?」と、聞き返してしまって。次には、バーノンがしゃべり始めていた。

「今朝、寮監から女生徒が呼んでいると言われ、てっきり、俺はお前がデートの誘いに来たのだと思っていたら、待っていたのは、スカーレットだった。それだけだ」

 てっきり私は、バーノンもスカーレットから嘘を吹き込まれ、ジョシュアの時と同じ展開になるのだと思っていた。

「スカーレットがしつこくつきまとってきただけで、俺は何とも思ってない。だから、そんなに怖い顔でにらむな」
「……にらんでません」
「だったら、俺といる時は笑え」

 私の方は、スカーレットがどんな話をしたのか、それを聞きたかったのだけど。口を開けば、すぐに遮られた。

「これだけは言っておく。ロベリア、俺は、」

 じっと見つめられ、心臓が勝手に飛び跳ねた。
 そこで。
 正面から、グゥーと、お腹の鳴る音が響いて。すぐさま、バーノンが顔をそらせる。

「……あの、殿下」
「何だ?」

 ぶ然とした声に反して、その耳は真っ赤に染まっていた。

「お昼ごはんは食べましたか?」
「お前が戻るのを待っていた」
「ずっと?」
「あぁ。一刻も早く誤解を解きたかった」

 恐る恐る時計を見ると、二時すぎ。寮のランチタイムは終わっていた。
 そんなこととも知らず、私は。商店街をブラブラしながら、ランチをゆったりと楽しんで、スイーツショップ巡りをして……。

 両手に引っさげたショップのバッグが、ずしりときた。その重みに、ため息が出かかって、そこで、ふと思いついた。

「殿下、こちらへ」

 寮と学校の間にある庭園へと、バーノンの手を引っ張っていく。その一角に置かれてあるベンチに、腰を下ろした。

「甘いものは、お好きですか?」
「嫌いではないが、よく食べる方でもない」
「よろしければ、こちらをどうぞ」

 ドライフルーツとナッツがたっぷり入った、甘さ控えめのマフィンを差し出す。
 
「自分が食べるため、買ったのだろう?」

 元はといえば、ストレス発散に食べまくるつもりだった。でも、そんな感じで食べるより。
 
「誰かと一緒に食べた方が、おいしいですから」

 全然、タイプじゃなかったんだけど。いつの頃からか、バーノンと話をするのが楽しくなっていた。
 そして、今も。
 もう少しだけ、話をしていたかった。
 

 翌日。
 お昼を食べようと、部屋を出ようとしたところで。寮母さんから呼び出しがあった。私に会いに来ている人がいると言う。
 父親かと思って玄関に出れば、そこにいたのはダンディなおじさまで。

「ロベリア様。お迎えにあがりました」

 おじさまは、うやうやしく頭を下げた。
 きちんと整えられた髪。見るからに仕立てのいいスーツ、小洒落たネッカチーフ。
 なかなかのイケオジ。
 でも、ちょっと渋め、いや、いかつめな顔には、まるで、見覚えが……。

「あ。ディランさん⁉」
「はい」
「あの、迎えって?」
「殿下が、ロベリア様をお連れするようにと」

 ディランからは、それ以上の説明もないまま、私は、馬車に乗せられた。

 そうして連れて行かれたのは、王都の外れ。
 馬車は、とあるの建物の前で止まった。一見すると、お屋敷のよう。その門柱に『本日貸切』のプレートが見えて、そこが店だと分かった。



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