上 下
15 / 24

それぞれの誤解とマフィンの時間

しおりを挟む
 何あれ。何なのよ、あれ!
 昨日の今日で、マーティンのことの仕返しなわけ?
 思わず、ペンを握る手に力が入った。 

「……アさん? ロベリアさん!」

 はっと顔を上げれば、先生が呆れた顔でこちらを見ていた。
 まずい。せっかくの特別授業が……。
 パタンと音を立てて、先生が教科書を閉じる。

「授業にまったく集中できていないようですね。今日はここまでとします。帰ってよろしい」

 始まって十分で、強制終了。

「申し訳ありませんでした」

 部屋を出て行く先生に頭を下げて、私も荷物をまとめる。
 それでも、まだ、むしゃくしゃは消えてくれなかった。スカーレットの猫なで声が、頭の中で勝手にヘビロテされて、イライラするばかり。

 私は寮に戻らず、そのまま学校を出た。気分転換に商店街へと繰り出した。ぶらぶらと色んな店を見て回り、お気に入りのカフェで、ちょっとお高めのランチを食べ、これまたお気に入りのスイーツ店で山ほど、お菓子を買った。

 部屋に帰ったら、お菓子を寝食いして、課題もしないで、だらだらしてやる!

 そうやって、なんとか気持ちを持ち上げたのに。

 寮の前には、難しい顔をしたバーノンが待っていて。足が止まっていた。
 ふと、頭をよぎったのは、
 
『君がそんな人だとは、思わなかったよ』

 ジョシュアから、冷淡に告げられた光景。あの日のジョシュアも同じような顔をして、私を待ち構えていた。結局、あの時は訳も分からず、誤解を解くことさえできなくて、嫌われたままだけど。

 でも、今は違う。

 スカーレットの手口は分かっている。私にいじめられてるとか、バーノンの悪口を言っていたとか、好き勝手に言いふらしたのだろう。今度こそ、スカーレットの好きにはさせない。
 私はバーノンへと、まっすぐ歩いて行って、正面から彼の顔を見た。
 
「ロベリア。話がある」
「私も話があります」
「スカーレットのことだ」
「私も彼女のことです」

 一拍の間があって、口を開いたのは、同時。

「あれは誤解だ!」
「それは誤解です!」

 声が二つ、ぴたりと重なった。
 それに思わず私の方は「え?」と、聞き返してしまって。次には、バーノンがしゃべり始めていた。

「今朝、寮監から女生徒が呼んでいると言われ、てっきり、俺はお前がデートの誘いに来たのだと思っていたら、待っていたのは、スカーレットだった。それだけだ」

 てっきり私は、バーノンもスカーレットから嘘を吹き込まれ、ジョシュアの時と同じ展開になるのだと思っていた。

「スカーレットがしつこくつきまとってきただけで、俺は何とも思ってない。だから、そんなに怖い顔でにらむな」
「……にらんでません」
「だったら、俺といる時は笑え」

 私の方は、スカーレットがどんな話をしたのか、それを聞きたかったのだけど。口を開けば、すぐに遮られた。

「これだけは言っておく。ロベリア、俺は、」

 じっと見つめられ、心臓が勝手に飛び跳ねた。
 そこで。
 正面から、グゥーと、お腹の鳴る音が響いて。すぐさま、バーノンが顔をそらせる。

「……あの、殿下」
「何だ?」

 ぶ然とした声に反して、その耳は真っ赤に染まっていた。

「お昼ごはんは食べましたか?」
「お前が戻るのを待っていた」
「ずっと?」
「あぁ。一刻も早く誤解を解きたかった」

 恐る恐る時計を見ると、二時すぎ。寮のランチタイムは終わっていた。
 そんなこととも知らず、私は。商店街をブラブラしながら、ランチをゆったりと楽しんで、スイーツショップ巡りをして……。

 両手に引っさげたショップのバッグが、ずしりときた。その重みに、ため息が出かかって、そこで、ふと思いついた。

「殿下、こちらへ」

 寮と学校の間にある庭園へと、バーノンの手を引っ張っていく。その一角に置かれてあるベンチに、腰を下ろした。

「甘いものは、お好きですか?」
「嫌いではないが、よく食べる方でもない」
「よろしければ、こちらをどうぞ」

 ドライフルーツとナッツがたっぷり入った、甘さ控えめのマフィンを差し出す。
 
「自分が食べるため、買ったのだろう?」

 元はといえば、ストレス発散に食べまくるつもりだった。でも、そんな感じで食べるより。
 
「誰かと一緒に食べた方が、おいしいですから」

 全然、タイプじゃなかったんだけど。いつの頃からか、バーノンと話をするのが楽しくなっていた。
 そして、今も。
 もう少しだけ、話をしていたかった。
 

 翌日。
 お昼を食べようと、部屋を出ようとしたところで。寮母さんから呼び出しがあった。私に会いに来ている人がいると言う。
 父親かと思って玄関に出れば、そこにいたのはダンディなおじさまで。

「ロベリア様。お迎えにあがりました」

 おじさまは、うやうやしく頭を下げた。
 きちんと整えられた髪。見るからに仕立てのいいスーツ、小洒落たネッカチーフ。
 なかなかのイケオジ。
 でも、ちょっと渋め、いや、いかつめな顔には、まるで、見覚えが……。

「あ。ディランさん⁉」
「はい」
「あの、迎えって?」
「殿下が、ロベリア様をお連れするようにと」

 ディランからは、それ以上の説明もないまま、私は、馬車に乗せられた。

 そうして連れて行かれたのは、王都の外れ。
 馬車は、とあるの建物の前で止まった。一見すると、お屋敷のよう。その門柱に『本日貸切』のプレートが見えて、そこが店だと分かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの嫉妬なんて知らない

abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」 「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」 「は……終わりだなんて、」 「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ…… "今日の主役が二人も抜けては"」 婚約パーティーの夜だった。 愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。 長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。 「はー、もういいわ」 皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。 彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。 「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。 だから私は悪女になった。 「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」 洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。 「貴女は、俺の婚約者だろう!」 「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」 「ダリア!いい加減に……」 嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

気絶した婚約者を置き去りにする男の踏み台になんてならない!

ひづき
恋愛
ヒロインにタックルされて気絶した。しかも婚約者は気絶した私を放置してヒロインと共に去りやがった。 え、コイツらを幸せにする為に私が悪役令嬢!?やってられるか!! それより気絶した私を運んでくれた恩人は誰だろう?

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...