君とのキスは、涙味。

くすのき

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かわる。(加筆修正しました)

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 僕は一体どこで間違えたんだろう。
 あの日、シェアハウスを承諾した時から? それとも告白を流したあの日から? それとも彼の優しさに甘えすぎてしまったから?
 ――もうどれが悪いのか、今の僕には分からない。

 十二月ニ五日。
 元はキリストの降誕祭だったそれが、ただの祝い事として定着して何千何万回の今日。
 雪弥の部屋で太陽のごとき晴れやかな笑みを浮かべた秋麿は、粥をのせたレンゲを差し出した。
 顔つき、態度、雰囲気。
 豹変した昨日が幻であったかのように彼は普段通りに見える。
 たがしかし、それを差し出された側の雪弥はベッドの上で小刻みに体を震わせる。

「はい、雪ちゃん。あーん」
「いっ、今お腹空いてないから」
「だーめ。そう言って朝もあんまり食べなかったじゃん。ちゃんと食べないと治るものも治らないよ」
「んぐっ、」

 口内に突きこまれた味のしない――正確には味付けはしてある――煮た穀物をどうにか飲み下し、布団の下でシーツを強く握りしめる。早く終われと祈りながら十回ほど繰り返してなんとか椀のものを消費すれば、目の前の人物は満足そうに頷いた後、雪弥の震えを認識する。

「雪ちゃん。もしかして寒い? 暖房、一度上げるね」
「あ、りがどう……」
「どういたしまして。じゃあ今度はお薬飲もうか」
「ひっ、」

 雪弥の全身が大きく揺れた。
 直ぐさま距離を取ろうと試みるが、市販の風邪薬と水を口に含んだ秋麿がベッドに乗り上げ、あっという間に距離を詰める。ぎしりと寝具が軋む。

「や、やだ、やめてよ、秋くん……ンンッ!」

 強制的にこじ開けられた口内に生温い水と薬のカプセルが流し入れられる。
 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
 吐き出したいのに、後頭部を押さえつける秋麿の手がそれを許さない。胃に流し入れるまで離してくれないのだ。
 それを学習した雪弥は吐き気を堪え、なんとか喉の奥に流す。

「っ、ゴホッ、ゲホッ」
「ごめんね、雪ちゃん。俺まだ口移し慣れてなくて」

 なら普通に自分で飲ませて。
 朝、スルーされた言葉も雪弥は飲み込んだ。

「じゃあ僕はこれ片付けてくるね。他に何かして欲しい事ある?」
「スマホ。僕のスマホ返して」
「……駄目だよ。雪ちゃんは病人なんだからまだ安静にして寝てないと」
「返して」
「……返したらアイツに連絡するんでしょ」
「ひっ!」

 再び寝台に乗り上げた秋麿に雪弥はか細い悲鳴を上げる。

「なんでアイツがいいの?」
「なにを」
「雪ちゃんをオナホにして捨てた奴だよ。また同じ事するに決まってるよ」
「ちがっ、」
「どうして違うって言い切れるの? あんな手紙やこんな物で懐柔されてさ」

 雪弥の右手を掴んで上にあげる。
 夏史手作りの雪の結晶と花火がキラリと光る。

「痛っ。手紙ってまさか秋くん、勝手に見たの!?」
「雪ちゃんが落としたのをね」
「うそ……」
「嘘じゃないよ。それで雪ちゃんは、やっぱりアイツを許すの?」
「そんなの秋くんには関係な」
「答えて」
「っ。まだ……完全には許してない」
「だったら」
「だからっ!」

 雪弥の目が秋麿を射貫く。

「ちゃんと向き合って見定めようって決めたの」
「じゃ、じゃあそれで駄目ならさ」

 ぱぁっと輝いた秋麿に、雪弥は緩く否定を示す。

「その時は、僕はその思い出だけで一生一人で生きていくって覚悟してる。秋くんの気持ちは――う、嬉しいし有り難いって思うよ。でも……正直そんな風には見れないんだ」
「どうして」
「ごめん」
「アイツは良くて俺は駄目なの?」
「ひっ!」

 右腕を掴んでいた手が離され、その手がパジャマの下へ滑り込む。
 ひやりとした冷たい手。

「やっ」
「あ、ごめん。やっぱり汗かいてた」
「…………へ?」

 さっきの不穏なものを消し、恐らく普段モードに切り替えた秋麿が言う。

「ちょうどボディーシートあるし、また熱上がるといけないから拭いて着替えようか」
「そっ、その前にスマホ返して!」
「だから雪ちゃん」
「そ、それとは別件。連絡したいのは同じ学部の同期! 過去問借りてて、延長の断りを入れておきたいの!」
「……それ後じゃ駄目なの?」
「駄目! あと過去問の中にどうしても分からない設問があって訊いておきたいんだ」
「冬休み明けのテストならそんなに急がなくてもよくない?」

 最もな指摘である。
 けれどこれを逃せばまた何時スマホに触れられるか分からない。

「他はどうか知らないけど法学部は厳しいんだよ。それに後回しにすると余計気になってゆっくり休めないと思う。秋くんだって絶対に落としたくない科目はあるでしょ!」

 雪弥の必死さに、覚えのある秋麿もこれには態度を軟化させるを得ない。
 あと一押しだ。

「どうしても信用ならないなら、打った後に確認していいから!」
「あ~……」
「秋くん、お願いっ!」
「……それだけだからね」

 そう言って、十数時間ぶりにようやく雪弥の携帯が帰ってくる。
 雪弥は直ぐさまアルバムアプリを開き、若干態とらしく首を傾げる。

「あ、あれ。前に過去問の写真撮った筈なのにない。保存してなかったのかな……秋くん、悪いんだけどもっかい写真取るから、僕の鞄から法学ってシールついたレポートファイル取ってもらえる?」
「分かった。ちょっと待ってて」

 そう秋麿が背を向けた隙に、トークアプリを開いて夏史……ではなく、秀頼にメッセージを送る。
 『たすけてせんぱいにいまいえ秋くんに』
 かなり支離滅裂だが今は時間がない。送信ボタンを押した直後、彼をブロックしてトーク履歴も全て削除する。
 そうしてこれまた分かりやすく、他の人に送った気がするんだけどと一人言を呟き、探している振りを貫く。
 その二拍後、青色のレポートファイルを手にした秋麿が振り返る。

「雪ちゃんが言ってるのってこれ?」
「そう、それ!」

 受け取ったそれを捲り、夏史の書き込みだらけ問題文を写真に収めた雪弥は、秋麿が見守る中、断りと質問を打ち込んでいく。
 仮に送信相手から齟齬が発覚しても、熱で可笑しくなってるのかもとしらばっくれればいいのだ。

「ほ、ほら。嘘なんてついてないでしょ?」
「そう、だね」
「あっ、あのさ体拭く前にトイレ行ってきていいかな。ちょっと今限界に近くて」

 もじもじと体を揺らせば、秋麿は快く頷き、雪弥を横抱きにして立ち上がる。

「じゃあトイレ行こうか」
「一人で」
「だーめ。雪ちゃんは病人なんだから。あ、流石の俺もトイレの中までは入らないから安心して」
「う、うん……」

 引き攣った笑みを返しながら、トイレに入った雪弥は便器に座り込む。
 そうして自分で自分を搔き抱き、どうにか震えを抑え込もうとする。だが自然と唇、否、上下の歯は小刻みにぶつかり合い、弱々しい音楽を奏でた。

「たすけて……たすけて……せんぱい」









 その六時間後。

「雪、無事か!?」
「夏史先輩っ!」

 雪弥のSOSは、彼に届いた。
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