君とのキスは、涙味。

くすのき

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ふたつの変化。

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 師走の頭。街は早めのクリスマスカラーに身を包み、行き交う人々が浮き足立ち始めた今日この頃――。
 窓越しに外を窺った雪弥は、鍋に入れたお玉を優しくかき回す。
 駅前通りの純喫茶。昭和レトロを売りにした、紳士淑女の休憩所であるそこで雪弥は今、ぜんざいを煮ていた。
 クラシックの名曲サティ ジムノペディ1番をBGMに、こぽこぽと濁った小豆の海へ作り置きした白玉を加え、馴染ませるようにかき混ぜる。そうして味見用の小皿に一口よそったそれを口に流せば、甘すぎない、どこか懐かしいほっとする味が広がった。
 ポッポー、ポッポー。
 壁の鳩時計が三時の来訪を報せた直後、からんからんとドアベルが鳴る。
 幾人かの来客が敷居を跨ぎ、その中に美男な同居人を確認した雪弥の口元が僅かに綻ぶ。相手の方も目が合うと、薄陽が差すような微笑を洩らす。
 そして雪弥の正面、カウンター席に腰掛けた秋麿は、いつものと口にする。
 雪弥は一つ笑い、

「ぜんざいをお一つですね」

 出来たてのぜんざいを椀によそうと、その傍らにバニラアイスを添えて差し出した。

「お待たせしました。ぜんざいでございます。器、中ともに大変お熱くなっておりますので召しあがる際はお気をつけください」
「はーい。……あれ?」

 配膳されたそれに見、傾げた相手に雪弥は会心の笑顔を向けた。

「アイスは僕の奢り」
「やった!」
「ごゆっくりどうぞ」
「はーい。あ、雪ちゃん雪ちゃん」
「?」

 ちょいちょいと手招きした秋麿に顔を近付ける。

「このぜんざい凄く人気だよね」
「ふふっ、お陰様で」

 バ先の店長に、冬季限定休日お八つ開発してみない?と軽いノリで打診された結果、爆誕した田舎風ぜんざい。
 雪弥自身、純喫茶で素人のぜんざいは出ないと高を括っていたのだが、その予想を裏切って何故か売れた。

「あ、もちろん俺も雪ちゃんのぜんざい、大好きだよ」
「ありがと」
「あ、信じてないでしょ。――うん、今日も美味しい!」
「疑ってないよ。秋くんは僕に絶対嘘ついたりしないもの」
「あ、うん……。そうだ、雪ちゃん。バイト終わったら暇? 予定なかったら付き合って欲しい所あるんだけど」

 何処?と訊き返すが、秋麿はどこか煮え切らない。大方、また美味しいボリューム飯店でも発掘したはいいものの、相方が捕まらず雪弥にお鉢が回ってきたのだろう。

「秋くん。ドガ食いは体に悪いよ」
「う、」
「今回だけだからね」
「やった。雪ちゃんありがと~」

 不承不承と頷く雪弥に、顔を輝かせる秋麿。そんな二人を横から眺めていた女がくすくすと喉を鳴らす。
 彼女こそが、この店の店長であり、メニュー開発を依頼をした無茶振りをした張本人だ。

「あ、ごめんなさい。二人とも、相変わらず仲良しさんだから、つい」
「店長」
「そりゃあ一緒に風呂に入るくらい仲良いですから」
「秋くん、それスーパー銭湯」
「あらあら~」

 店長は妙に笑みを深めると、秋麿に頑張ってねと声をかける。
 何を頑張るのか。
 首を傾げる雪弥だったが、それは三時間後、程なく判明した。

「……なるほど。そういうことだった訳だね」

 陽が沈み、空に星ではなく、イルミネーションが瞬く街中。辺りを瞥見した雪弥はしみじみと呟いた。
 見渡す限りの人、人、人。
 老若男女、家族連れ、カップル、友達……冬のイルミネーション会場は賑わいを見せていた。

「雪ちゃん、怒ってる?」
「なんで? こんな綺麗なところに誘ってくれてありがとう」

 人工的な灯りが宝石のように輝いて、まるで別世界にいるようだ。
 ほう、と吐いた息が白く染まる。

「あ~……、僕のスマホ、古いからあんまり綺麗に撮れないや」
「あ、じゃあ俺が撮って送るから二人で撮ろっ」
「え」

 秋麿が雪弥の肩を抱き、シャッターボタンを押す。

「あっ! 連射モードになってた」
「アハハ。何やってるの」
「……あ。これ、奇跡の一枚」
「え、どれ――ってこれ変顔じゃん。ってちょっ、秋くんなに保存してるの。消してよ」
「やーだー」
「いや、やだじゃないから! あ、こら逃げるな」

 そんな乳繰りあいをしながら、雪弥と秋麿はイルミネーションを見て回る。
 光のトンネル、光の庭……。
 言葉に出来ない美しさに圧倒されりこと暫し、雪弥の目に見覚えのある後ろ姿が映る。

「雪ちゃん、どうかした?」
「……」
「雪ちゃん?」
「あ、え、なに?」
「誰か知り合いでもいた?」
「うっ、ううん。見間違いだったみたい」

 秋麿は雪弥の視線を追う。
 だがそこには相変わらず沢山の人間がいるだけで知り合いらしき顔はない。

「あ、もう出口だね。あっという間」
「本当だ。もう一周する?」
「寒いから僕はパスしたいかな」
「あ、本当だ。雪ちゃんの手、超冷たいじゃん」

 秋麿の手が雪弥の手に触れる。

「っ、秋くんは温かいね」
「駄目だよ。ちゃんと手袋しないと」
「あー……実は昨日ポケットに入れたまま洗濯に出して、もう一個のは虫に食べられてた」
「なにそれ悲惨。じゃあ俺と半分こしよっ!」

 そう言って秋麿は取り出した片手分の手袋を差し出した。
 嵌めてみると大分ぶかぶかだった。

「どしたの、雪ちゃん難しい顔して」
「なんかちょっと悔しい」

 つんつんと脇腹を突く雪弥に、秋麿は楽しそうに笑う。そうやって馬鹿を言い合い、昔話に花を咲かせたり、大学のことを語り合う内に、二人はいつの間にか自宅の前に到着した。
 秋麿が門の鍵を開け、雪弥がポストの中身を確認に入る。
 秋麿宛てのDMが二つ、雪弥宛ての封筒が一つ。

「開いたよー。あれ? 雪ちゃん、それ、いつもの手紙?」
「あ、うん」
「やっぱり。いっつも柑橘の匂いするし、最近雪ちゃんそれ届くと嬉しそうだから気になってたんだよね」
「…………え」

 その瞬間、虚を突かれたように雪弥の目が見開かれる。そんな馬鹿な、とでも言いたげな表情だった。

「あれ、もしかして違った?」
「う、ううん。じゃ、じゃあ入ろうか。僕、お風呂溜めるね」
「あ、雪ちゃん」

 足早にその場を去ろうとする雪弥を、秋麿が呼び止める。
 いったい何を言われるのか。ぐっと覚悟を決めて振り返れば、秋麿が真剣な面持ちで彼を見つめていた。

「ど、したの、秋くん」

 発した声は震えていた。

「雪ちゃんさ、24日か25日って空いてる?」
「…………ん?」
「あ、もしかして両方駄目」
「あ、ううん。25日なら大丈夫だけど。秋くんこそ大丈夫なの? 彼女とか」
「彼女は!……いない。えと、じゃあ25日ね、絶対だよ」
「あ、うん。分かった」
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