96 / 98
間違った命
しおりを挟む
「此処は執務室みたいだね」
「ユニ、危ないからあまり前に出ないで。ルディ、後方の確認は大丈夫」
「言われなくてもちゃんとやってます。異常なし。そういう貴方こそちゃんと前方警戒してるんですか」
「は?」
「はいはい、二人とも喧嘩しない。……にしても此処も悪趣味な内装してるね」
眼前にて広がるホラーハウス顔負けの、気合いの入った演出具合に俺は肩を竦める。二階攻略時からおおよそ一時間程度。癪に障る誘導に従い、俺達は今、三階の一角、当主執務室だろう一室にいた。
レオが辟易としながら同意する。
「センスの無さに絶望するよ」
「いやセンス関係ないでしょ」
「レオ、罠はどう?」
「俺の知る範囲でなら無いと思うけど、念のため俺の歩いた所と許可した場所以外は通らないで」
頷くことで了承を示した俺はそのままゆっくりと周辺を見渡した。
最初はレオ。周囲を警戒しながら器用にルディとボケとツッコミいやギスり?あっている。がそれより注目すべきはその足元。二階攻略時に科せられたあの猛毒の煙は何処へやら。今では最初から何も無かったように綺麗さっぱり消え去っている。ルディにおいても同様だ。
次は室内……となるところだが、どう足掻いても罠付きお化け屋敷以外の表現がないのでこれは置いておく。
最後は窓だ。訪問当初、鮮やかな茜の空は暗闇のベールにとって変わり、淡い月がポツンと空に浮かんでいるのがそこから見える。
恐らくはもう十九~二十時は優に越えているだろう。
そんな中、俺の腹がくぅっと控えめな音をあげる。そういえば目覚めてから彼等と合流することに必死で、走りながら携帯食を一つ食べたきりだった。
「ユニ?」
「ごめん。こんな時になんなんだけどちょっとお腹空いた。二人はお腹空いてない?」
「あ~……少し空いたかな」
「実は僕も。どうします、一旦廊下に出て休憩とります? それとも先に探索してからにします? 僕はどっちでもいいですよ」
「俺は探索を終えた後がいい」
「りょーかい。じゃあ探索後にしよ」
「俺は警戒に当たるから、二人は探索を頼むよ」
「ユニさん、何処から見ていきます」
「そうだね……。あんまり触れたくないけど、あの一番存在感のあるやつから見ていこうか」
指し示した先は執務椅子。否、正確にはそれに座らされた死体だ。それもホラーハウスの小道具ではなく、本物の、である。
レオ先導の元、亡骸へと近付く。
途端、漂っていた腐臭が強まり、俺は反射的に鼻を押さえた。酸いものが喉元までせり上がり、それでもどうにか検視を始める。
腐敗と損傷により顔の判別は難しい。が、着衣やその材質、骨格その他諸々を踏まえて男性の死骸だろう。かろうじて残る特徴的な桃色の頭髪には白いものが半分ほどあり、それほど若くないと察せられる。
レオが口を開く。
「鎖で四肢が拘束されてるみたいだけど、安全のために一応足だけでも潰しておく?」
「サラッと怖い事言うの止めてもらえます? というかブービートラップだったらどうするんですか!?」
「それで放置して襲いかかってきたら。今前衛は俺しかいないんだよ」
「二人ともストッープ。少しだけお口チャックしてもらえる?」
彼等を宥め、俺は再度死体を検める。と言っても俺は優秀な検視官でも探偵でも医者でもないので上記以外に拾える情報はそう多くない。
死因・死亡時期に至っては不明。
被害者の身元……は髪色から先代アウグスブルク侯爵ないし一族の誰か、或いはミスリードの可能性もある。
なにせミステリードラマや小説では被害者の死体を損壊し、意図的に死因や身元を隠蔽する手法は古くから広く使われてきたものだ。
「ユニさん、何か分かりました?」
「残念ながら取り立てて成果と呼べるものはないかな。ルディ君は」
「えっとあんまり自信はないんですけど、この人、二階の映像で見た侯爵って呼ばれた男の人じゃないかなって思います」
「そうなの?」
「ここにダイヤみたいな痣がありますよね。映像にも同じ痣があった気がするんです」
「……本当だ」
指摘通り、死骸の首、微かに残った首の皮には特徴的な痣が刻まれていた。
それを視認したレオも続く。
「二階の死体同様、これもデューダイデンの仕業だろうね」
二階の死体とは、寝室と子供部屋にあった死体の事だ。一体は高級娼婦が着るような夜着を纏った後妻、もう一体は貧民を模したようなデューダイデンの義弟だった。
「……彼はいったい何を伝えたいんだろうね」
「なにって被害者アピールとこれは自分を虐げた報いだっていう主張?じゃないですか」
「それもあると思う。けど君達を呼んだのはヘル……あの男だよね。これがデューダイデンなら納得出来るけど、肝心の奴は一向に姿を見せてこない」
そう。未だヘルブリンもデューダイデン・アウグスブルクは俺達の前に姿を現してはいなかった。俺が自分の命を盾に脅しているとはいえ、ここまで沈黙を貫かれると他に何か企んでいる、或いは他に意図があるのではと疑いたくなるというものだ。
「(物語との差異が出てる以上、手持ちの情報は多分当てに出来ない。ストーリー上、デューダイデンはヘルブリンを呼び出し、バックにつけているけどこの世界ではもしかしたら融合している可能性もゼロじゃない。だとしたら俺の脅迫で奴等が対立していてもおかしくない)」
仮にそれを軸とした場合、割と辻褄が合うのだ。レオとルディを害したいヘルブリンに、恐らくルディに用があるデューダイデン。だが俺によりそれが封じられた。俺が奴等の立場ならまず主導権を奪った原因の俺ないしこの毒薬(嘘)を排除する。
だがヘルブリンは恐らく俺を傷つける選択肢は選ばない。しかしデューダイデンは別だ。彼の躊躇いにさぞ業を煮やしている事だろう。
「ユニさん、どうかしましたか?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
なんでも無いと告げて、検分を再開する。次の検分先は机だ。
元は高級な木材だっただろうそこは、爪による引っかき傷と固まり滲んだ血液により結構な変貌を遂げていた。
「手紙、ですかね」
「随分と狂気的な恋文……懺悔?」
トラップを警戒して横から覗き見たそれはインクらしからぬ色を載せた古びた紙が数枚。内容はすべてミリモネという女性に宛てられたものだ。
改めて君に手紙を書く。今更だと思うだろうが許してほしい。四季の移ろいを肌で感じる度に君と過ごした日々が懐かしいよ。手を繋いで歩いたあの道も随分と変わっていたんだ。なんていうかな、名前は覚えていないがあの大きな樹も無くなってしまったよ。いつもあると思っていたものがいつか突然なくなるのはやはり堪えるよ、ミリモネ。
「――普通の手紙ですね」
「そう、だね」
一見なんてこと普通の手紙だ。他のものについても内容も似たり寄ったりで大して変わらない。けれど何故か違和感のようなものがある気がした。
「なんだろ。なんかちょっとモヤモヤする」
「そうですか?」
「……ユニ。その手紙、声に出して読んでみてくれる?」
「分かった。
――飾らない君へ。
家族として認められた時、私は死ぬほど嬉しかったのを覚えているよ。
サルビアの花が咲いたあの日だ。レインリリーとダリアの花もあったよね。
庭園にも植えたのを君は覚えているかな。いつ気付くかなって思っていたらまさか発注した注文書から気付かれるのは本当に予想外だったよ。
類を見ない、人と異なる子と表現していた義母上だけれど、思い返してみると君は確かにその通りと言えるかもしれないね。
ほら、あの時もそうだ。
「んー」とアクセサリー選びで悩んでいた時、私が声をかけたら君は言ったよね。「縞々とマーブルどちらが良いと思う」ってさ、流石に選べないからもう両方つけよう!って結論づけた時はしように
ん総出で止めたけど。
実際凄い面をくらったけれど今思うとそれすらも良い思い出だね。
やっぱり私には君しかいない。
なのに何故君はここにいないのだろうね。
いつもいつもふとした時に君を思い出して悲しくなるんだ、ミリモネ」
「俺には普通に恋文に聞こえるかな」
「じゃあ俺の勘違いかも」
なんとなく実母が金をせびる度に綴っていたような白々しさを感じる文面だったが、二人が言うならきっと俺の勘違いなのだろう。
「机はこんなところかな。次は……」
足元からカチリと音が鳴り、見てみると古びたロケットペンダントが転がっていた。
「侯爵の私物かな……あれ、上半分が焦げてる」
中にあったのは、上半分が焦げた家族の肖像画だろう絵だった。けれどそれも一瞬の事。手にしたそれから突如焔が上がり、跡形もなく燃え尽きたと思いきや、まるで始めから見間違えであったかのように別の肖像画にすり替わっていた。
「大丈夫、ユニ!?」
「手を見せてください! 治します」
「あ、いや火傷も何もしてないから大丈夫。それよりこれ見て」
「これは……」
差し替わった絵は、幼いデューダイデンと魔物淑女と彼の三人だ。
「デューダイデンとあの魔物?」
「さっきは違うのだった。……まさか!……やっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
「もう一回手紙見て。こことここ、不自然な改行が入ってるでしょ。これ多分わざと違和感を覚えてさせて、別のメッセージ、縦読みっていうんだけど、ルディ君。全部の手紙の改行頭文字だけ一枚ずつ読んでみて」
「はぁ……あ、い、し、て、な、い。か、か、さ、れ、て、い、る。ほ、ん、し、ん、じ、や、な、い。わ、た
し、の、か、ぞ、く、は、え、い、だ、と、あ、べ、る……あ!」
「そう。愛してない、書かされている、本心じゃない。私の家族はエイダとアベルってなる。恐らくこれもデューダイデンが無理矢理書かせたんだろうね」
インクは恐らく血。
筆圧の荒さ具合から相当切羽詰まって書いたのが窺える。
想像だがエイダ夫人とアベルの命を盾にして必死に書かされた彼のせめてもの反抗だったのかもしれない。
現に二人の遺体は手足の指が関節ごとに切られ、それ以外はぐしゃぐしゃにされていた。これも推測だが縦読みに気付いたデューダイデンが先に二人を殺し、反抗した父親も殺した。
「馬鹿じゃないのかな」
その場凌ぎの薄っぺらな愛の言葉など砂粒以下の価値しかないというのに。
「……多分、デューダイデンは当たり前の家族愛が欲しかったのかもね。まやかしでも自分は愛し合う両親の元に生まれたんだってと思い込みたくて」
「けどこの人の中には前妻はおろかデューダイデンの入る隙間はなかった」
「なんていうか憐れですね……」
この家にいた者は皆、被害者で加害者ばかりだ。
そんな重苦しい空気の中、俺の腹が空気を読まず、いやある意味ベストタイミングで音を鳴らす。
「……ごめん。お腹減った。さっさと探索してご飯食べたい」
「ユニさん。――そうですね! 僕もお腹空いてきちゃいました」
「ルディまで。……分かったよ、手早く進めて廊下に出よう」
先程までのお通夜空気が霧散し、俺達は気持ちを切り替えて室内探索に取り掛かった。本棚、調度品、絨毯の下。目につくありとあらゆる場所を調べ、漸く最後。花瓶の下に貼り付けられた鍵を見つけた。
「よし、一旦出よう」
「賛成です!……ユニさん、何してるんですか?」
「あんまり人間的には好かないけど冥福くらいは祈ってあげようと思ってさ」
「ユニさんがするなら僕も!」
親の真似をするようにルディも目を瞑って両手を合わせる。
「有難う」
よしよしと頭を撫でてやれば、彼は擽ったそうに笑う。そうして二人で踵を返し、レオの後に続いた時だ。
ぎぃっと呻き声を上げる扉の奥、執務机の前に足の透けた一人の男がゆらりと現れる。
『どうか間違った命を断ってくれ』
ぱたりと扉が閉まる。
「あれ? 今、何か聞こえなかった」
「いや俺には何も」
「僕も」
「あ、じゃあ気の所為かも」
「ユニ、危ないからあまり前に出ないで。ルディ、後方の確認は大丈夫」
「言われなくてもちゃんとやってます。異常なし。そういう貴方こそちゃんと前方警戒してるんですか」
「は?」
「はいはい、二人とも喧嘩しない。……にしても此処も悪趣味な内装してるね」
眼前にて広がるホラーハウス顔負けの、気合いの入った演出具合に俺は肩を竦める。二階攻略時からおおよそ一時間程度。癪に障る誘導に従い、俺達は今、三階の一角、当主執務室だろう一室にいた。
レオが辟易としながら同意する。
「センスの無さに絶望するよ」
「いやセンス関係ないでしょ」
「レオ、罠はどう?」
「俺の知る範囲でなら無いと思うけど、念のため俺の歩いた所と許可した場所以外は通らないで」
頷くことで了承を示した俺はそのままゆっくりと周辺を見渡した。
最初はレオ。周囲を警戒しながら器用にルディとボケとツッコミいやギスり?あっている。がそれより注目すべきはその足元。二階攻略時に科せられたあの猛毒の煙は何処へやら。今では最初から何も無かったように綺麗さっぱり消え去っている。ルディにおいても同様だ。
次は室内……となるところだが、どう足掻いても罠付きお化け屋敷以外の表現がないのでこれは置いておく。
最後は窓だ。訪問当初、鮮やかな茜の空は暗闇のベールにとって変わり、淡い月がポツンと空に浮かんでいるのがそこから見える。
恐らくはもう十九~二十時は優に越えているだろう。
そんな中、俺の腹がくぅっと控えめな音をあげる。そういえば目覚めてから彼等と合流することに必死で、走りながら携帯食を一つ食べたきりだった。
「ユニ?」
「ごめん。こんな時になんなんだけどちょっとお腹空いた。二人はお腹空いてない?」
「あ~……少し空いたかな」
「実は僕も。どうします、一旦廊下に出て休憩とります? それとも先に探索してからにします? 僕はどっちでもいいですよ」
「俺は探索を終えた後がいい」
「りょーかい。じゃあ探索後にしよ」
「俺は警戒に当たるから、二人は探索を頼むよ」
「ユニさん、何処から見ていきます」
「そうだね……。あんまり触れたくないけど、あの一番存在感のあるやつから見ていこうか」
指し示した先は執務椅子。否、正確にはそれに座らされた死体だ。それもホラーハウスの小道具ではなく、本物の、である。
レオ先導の元、亡骸へと近付く。
途端、漂っていた腐臭が強まり、俺は反射的に鼻を押さえた。酸いものが喉元までせり上がり、それでもどうにか検視を始める。
腐敗と損傷により顔の判別は難しい。が、着衣やその材質、骨格その他諸々を踏まえて男性の死骸だろう。かろうじて残る特徴的な桃色の頭髪には白いものが半分ほどあり、それほど若くないと察せられる。
レオが口を開く。
「鎖で四肢が拘束されてるみたいだけど、安全のために一応足だけでも潰しておく?」
「サラッと怖い事言うの止めてもらえます? というかブービートラップだったらどうするんですか!?」
「それで放置して襲いかかってきたら。今前衛は俺しかいないんだよ」
「二人ともストッープ。少しだけお口チャックしてもらえる?」
彼等を宥め、俺は再度死体を検める。と言っても俺は優秀な検視官でも探偵でも医者でもないので上記以外に拾える情報はそう多くない。
死因・死亡時期に至っては不明。
被害者の身元……は髪色から先代アウグスブルク侯爵ないし一族の誰か、或いはミスリードの可能性もある。
なにせミステリードラマや小説では被害者の死体を損壊し、意図的に死因や身元を隠蔽する手法は古くから広く使われてきたものだ。
「ユニさん、何か分かりました?」
「残念ながら取り立てて成果と呼べるものはないかな。ルディ君は」
「えっとあんまり自信はないんですけど、この人、二階の映像で見た侯爵って呼ばれた男の人じゃないかなって思います」
「そうなの?」
「ここにダイヤみたいな痣がありますよね。映像にも同じ痣があった気がするんです」
「……本当だ」
指摘通り、死骸の首、微かに残った首の皮には特徴的な痣が刻まれていた。
それを視認したレオも続く。
「二階の死体同様、これもデューダイデンの仕業だろうね」
二階の死体とは、寝室と子供部屋にあった死体の事だ。一体は高級娼婦が着るような夜着を纏った後妻、もう一体は貧民を模したようなデューダイデンの義弟だった。
「……彼はいったい何を伝えたいんだろうね」
「なにって被害者アピールとこれは自分を虐げた報いだっていう主張?じゃないですか」
「それもあると思う。けど君達を呼んだのはヘル……あの男だよね。これがデューダイデンなら納得出来るけど、肝心の奴は一向に姿を見せてこない」
そう。未だヘルブリンもデューダイデン・アウグスブルクは俺達の前に姿を現してはいなかった。俺が自分の命を盾に脅しているとはいえ、ここまで沈黙を貫かれると他に何か企んでいる、或いは他に意図があるのではと疑いたくなるというものだ。
「(物語との差異が出てる以上、手持ちの情報は多分当てに出来ない。ストーリー上、デューダイデンはヘルブリンを呼び出し、バックにつけているけどこの世界ではもしかしたら融合している可能性もゼロじゃない。だとしたら俺の脅迫で奴等が対立していてもおかしくない)」
仮にそれを軸とした場合、割と辻褄が合うのだ。レオとルディを害したいヘルブリンに、恐らくルディに用があるデューダイデン。だが俺によりそれが封じられた。俺が奴等の立場ならまず主導権を奪った原因の俺ないしこの毒薬(嘘)を排除する。
だがヘルブリンは恐らく俺を傷つける選択肢は選ばない。しかしデューダイデンは別だ。彼の躊躇いにさぞ業を煮やしている事だろう。
「ユニさん、どうかしましたか?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
なんでも無いと告げて、検分を再開する。次の検分先は机だ。
元は高級な木材だっただろうそこは、爪による引っかき傷と固まり滲んだ血液により結構な変貌を遂げていた。
「手紙、ですかね」
「随分と狂気的な恋文……懺悔?」
トラップを警戒して横から覗き見たそれはインクらしからぬ色を載せた古びた紙が数枚。内容はすべてミリモネという女性に宛てられたものだ。
改めて君に手紙を書く。今更だと思うだろうが許してほしい。四季の移ろいを肌で感じる度に君と過ごした日々が懐かしいよ。手を繋いで歩いたあの道も随分と変わっていたんだ。なんていうかな、名前は覚えていないがあの大きな樹も無くなってしまったよ。いつもあると思っていたものがいつか突然なくなるのはやはり堪えるよ、ミリモネ。
「――普通の手紙ですね」
「そう、だね」
一見なんてこと普通の手紙だ。他のものについても内容も似たり寄ったりで大して変わらない。けれど何故か違和感のようなものがある気がした。
「なんだろ。なんかちょっとモヤモヤする」
「そうですか?」
「……ユニ。その手紙、声に出して読んでみてくれる?」
「分かった。
――飾らない君へ。
家族として認められた時、私は死ぬほど嬉しかったのを覚えているよ。
サルビアの花が咲いたあの日だ。レインリリーとダリアの花もあったよね。
庭園にも植えたのを君は覚えているかな。いつ気付くかなって思っていたらまさか発注した注文書から気付かれるのは本当に予想外だったよ。
類を見ない、人と異なる子と表現していた義母上だけれど、思い返してみると君は確かにその通りと言えるかもしれないね。
ほら、あの時もそうだ。
「んー」とアクセサリー選びで悩んでいた時、私が声をかけたら君は言ったよね。「縞々とマーブルどちらが良いと思う」ってさ、流石に選べないからもう両方つけよう!って結論づけた時はしように
ん総出で止めたけど。
実際凄い面をくらったけれど今思うとそれすらも良い思い出だね。
やっぱり私には君しかいない。
なのに何故君はここにいないのだろうね。
いつもいつもふとした時に君を思い出して悲しくなるんだ、ミリモネ」
「俺には普通に恋文に聞こえるかな」
「じゃあ俺の勘違いかも」
なんとなく実母が金をせびる度に綴っていたような白々しさを感じる文面だったが、二人が言うならきっと俺の勘違いなのだろう。
「机はこんなところかな。次は……」
足元からカチリと音が鳴り、見てみると古びたロケットペンダントが転がっていた。
「侯爵の私物かな……あれ、上半分が焦げてる」
中にあったのは、上半分が焦げた家族の肖像画だろう絵だった。けれどそれも一瞬の事。手にしたそれから突如焔が上がり、跡形もなく燃え尽きたと思いきや、まるで始めから見間違えであったかのように別の肖像画にすり替わっていた。
「大丈夫、ユニ!?」
「手を見せてください! 治します」
「あ、いや火傷も何もしてないから大丈夫。それよりこれ見て」
「これは……」
差し替わった絵は、幼いデューダイデンと魔物淑女と彼の三人だ。
「デューダイデンとあの魔物?」
「さっきは違うのだった。……まさか!……やっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
「もう一回手紙見て。こことここ、不自然な改行が入ってるでしょ。これ多分わざと違和感を覚えてさせて、別のメッセージ、縦読みっていうんだけど、ルディ君。全部の手紙の改行頭文字だけ一枚ずつ読んでみて」
「はぁ……あ、い、し、て、な、い。か、か、さ、れ、て、い、る。ほ、ん、し、ん、じ、や、な、い。わ、た
し、の、か、ぞ、く、は、え、い、だ、と、あ、べ、る……あ!」
「そう。愛してない、書かされている、本心じゃない。私の家族はエイダとアベルってなる。恐らくこれもデューダイデンが無理矢理書かせたんだろうね」
インクは恐らく血。
筆圧の荒さ具合から相当切羽詰まって書いたのが窺える。
想像だがエイダ夫人とアベルの命を盾にして必死に書かされた彼のせめてもの反抗だったのかもしれない。
現に二人の遺体は手足の指が関節ごとに切られ、それ以外はぐしゃぐしゃにされていた。これも推測だが縦読みに気付いたデューダイデンが先に二人を殺し、反抗した父親も殺した。
「馬鹿じゃないのかな」
その場凌ぎの薄っぺらな愛の言葉など砂粒以下の価値しかないというのに。
「……多分、デューダイデンは当たり前の家族愛が欲しかったのかもね。まやかしでも自分は愛し合う両親の元に生まれたんだってと思い込みたくて」
「けどこの人の中には前妻はおろかデューダイデンの入る隙間はなかった」
「なんていうか憐れですね……」
この家にいた者は皆、被害者で加害者ばかりだ。
そんな重苦しい空気の中、俺の腹が空気を読まず、いやある意味ベストタイミングで音を鳴らす。
「……ごめん。お腹減った。さっさと探索してご飯食べたい」
「ユニさん。――そうですね! 僕もお腹空いてきちゃいました」
「ルディまで。……分かったよ、手早く進めて廊下に出よう」
先程までのお通夜空気が霧散し、俺達は気持ちを切り替えて室内探索に取り掛かった。本棚、調度品、絨毯の下。目につくありとあらゆる場所を調べ、漸く最後。花瓶の下に貼り付けられた鍵を見つけた。
「よし、一旦出よう」
「賛成です!……ユニさん、何してるんですか?」
「あんまり人間的には好かないけど冥福くらいは祈ってあげようと思ってさ」
「ユニさんがするなら僕も!」
親の真似をするようにルディも目を瞑って両手を合わせる。
「有難う」
よしよしと頭を撫でてやれば、彼は擽ったそうに笑う。そうして二人で踵を返し、レオの後に続いた時だ。
ぎぃっと呻き声を上げる扉の奥、執務机の前に足の透けた一人の男がゆらりと現れる。
『どうか間違った命を断ってくれ』
ぱたりと扉が閉まる。
「あれ? 今、何か聞こえなかった」
「いや俺には何も」
「僕も」
「あ、じゃあ気の所為かも」
50
お気に入りに追加
651
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる