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間違った命

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「此処は執務室みたいだね」
「ユニ、危ないからあまり前に出ないで。ルディ、後方の確認は大丈夫」
「言われなくてもちゃんとやってます。異常なし。そういう貴方こそちゃんと前方警戒してるんですか」
「は?」
「はいはい、二人とも喧嘩しない。……にしても此処も悪趣味な内装してるね」

 眼前にて広がるホラーハウス顔負けの、気合いの入った演出具合に俺は肩を竦める。二階攻略時からおおよそ一時間程度。癪に障る誘導に従い、俺達は今、三階の一角、当主執務室だろう一室にいた。
 レオが辟易としながら同意する。

「センスの無さに絶望するよ」
「いやセンス関係ないでしょ」
「レオ、罠はどう?」
「俺の知る範囲でなら無いと思うけど、念のため俺の歩いた所と許可した場所以外は通らないで」

 頷くことで了承を示した俺はそのままゆっくりと周辺を見渡した。
 最初はレオ。周囲を警戒しながら器用にルディとボケとツッコミいやギスり?あっている。がそれより注目すべきはその足元。二階攻略時に科せられたあの猛毒の煙は何処へやら。今では最初から何も無かったように綺麗さっぱり消え去っている。ルディにおいても同様だ。
 次は室内……となるところだが、どう足掻いても罠付きお化け屋敷以外の表現がないのでこれは置いておく。
 最後は窓だ。訪問当初、鮮やかな茜の空は暗闇のベールにとって変わり、淡い月がポツンと空に浮かんでいるのがそこから見える。
 恐らくはもう十九~二十時は優に越えているだろう。
 そんな中、俺の腹がくぅっと控えめな音をあげる。そういえば目覚めてから彼等と合流することに必死で、走りながら携帯食を一つ食べたきりだった。

「ユニ?」
「ごめん。こんな時になんなんだけどちょっとお腹空いた。二人はお腹空いてない?」
「あ~……少し空いたかな」
「実は僕も。どうします、一旦廊下に出て休憩とります? それとも先に探索してからにします? 僕はどっちでもいいですよ」
「俺は探索を終えた後がいい」
「りょーかい。じゃあ探索後にしよ」
「俺は警戒に当たるから、二人は探索を頼むよ」
「ユニさん、何処から見ていきます」
「そうだね……。あんまり触れたくないけど、あの一番存在感のあるやつから見ていこうか」

 指し示した先は執務椅子。否、正確にはそれに座らされた死体だ。それもホラーハウスの小道具ではなく、本物の、である。
 レオ先導の元、亡骸へと近付く。
 途端、漂っていた腐臭が強まり、俺は反射的に鼻を押さえた。酸いものが喉元までせり上がり、それでもどうにか検視を始める。
 腐敗と損傷により顔の判別は難しい。が、着衣やその材質、骨格その他諸々を踏まえて男性の死骸だろう。かろうじて残る特徴的な桃色の頭髪には白いものが半分ほどあり、それほど若くないと察せられる。
 レオが口を開く。

「鎖で四肢が拘束されてるみたいだけど、安全のために一応足だけでも潰しておく?」
「サラッと怖い事言うの止めてもらえます? というかブービートラップだったらどうするんですか!?」
「それで放置して襲いかかってきたら。今前衛は俺しかいないんだよ」
「二人ともストッープ。少しだけお口チャックしてもらえる?」

 彼等を宥め、俺は再度死体を検める。と言っても俺は優秀な検視官でも探偵でも医者でもないので上記以外に拾える情報はそう多くない。
 死因・死亡時期に至っては不明。
 被害者の身元……は髪色から先代アウグスブルク侯爵ないし一族の誰か、或いはミスリードの可能性もある。
 なにせミステリードラマや小説では被害者の死体を損壊し、意図的に死因や身元を隠蔽する手法は古くから広く使われてきたものだ。

「ユニさん、何か分かりました?」
「残念ながら取り立てて成果と呼べるものはないかな。ルディ君は」
「えっとあんまり自信はないんですけど、この人、二階の映像で見た侯爵って呼ばれた男の人じゃないかなって思います」
「そうなの?」
「ここにダイヤみたいな痣がありますよね。映像にも同じ痣があった気がするんです」
「……本当だ」

 指摘通り、死骸の首、微かに残った首の皮には特徴的な痣が刻まれていた。
 それを視認したレオも続く。

「二階の死体同様、これもデューダイデンの仕業だろうね」

 二階の死体とは、寝室と子供部屋にあった死体の事だ。一体は高級娼婦が着るような夜着を纏った後妻、もう一体は貧民を模したようなデューダイデンの義弟だった。

「……彼はいったい何を伝えたいんだろうね」
「なにって被害者アピールとこれは自分を虐げた報いだっていう主張?じゃないですか」
「それもあると思う。けど君達を呼んだのはヘル……あの男だよね。これがデューダイデンなら納得出来るけど、肝心の奴は一向に姿を見せてこない」

 そう。未だヘルブリンもデューダイデン・アウグスブルクは俺達の前に姿を現してはいなかった。俺が自分の命を盾に脅しているとはいえ、ここまで沈黙を貫かれると他に何か企んでいる、或いは他に意図があるのではと疑いたくなるというものだ。

「(物語との差異が出てる以上、手持ちの情報は多分当てに出来ない。ストーリー上、デューダイデンはヘルブリンを呼び出し、バックにつけているけどこの世界ではもしかしたら融合している可能性もゼロじゃない。だとしたら俺の脅迫で奴等が対立していてもおかしくない)」

 仮にそれを軸とした場合、割と辻褄が合うのだ。レオとルディを害したいヘルブリンに、恐らくルディに用があるデューダイデン。だが俺によりそれが封じられた。俺が奴等の立場ならまず主導権を奪った原因の俺ないしこの毒薬(嘘)を排除する。
 だがヘルブリンは恐らく俺を傷つける選択肢は選ばない。しかしデューダイデンは別だ。彼の躊躇いにさぞ業を煮やしている事だろう。

「ユニさん、どうかしましたか?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」

 なんでも無いと告げて、検分を再開する。次の検分先は机だ。
 元は高級な木材だっただろうそこは、爪による引っかき傷と固まり滲んだ血液により結構な変貌を遂げていた。

「手紙、ですかね」
「随分と狂気的な恋文……懺悔?」

 トラップを警戒して横から覗き見たそれはインクらしからぬ色を載せた古びた紙が数枚。内容はすべてミリモネという女性に宛てられたものだ。

 改めて君に手紙を書く。今更だと思うだろうが許してほしい。四季の移ろいを肌で感じる度に君と過ごした日々が懐かしいよ。手を繋いで歩いたあの道も随分と変わっていたんだ。なんていうかな、名前は覚えていないがあの大きな樹も無くなってしまったよ。いつもあると思っていたものがいつか突然なくなるのはやはり堪えるよ、ミリモネ。

「――普通の手紙ですね」
「そう、だね」

 一見なんてこと普通の手紙だ。他のものについても内容も似たり寄ったりで大して変わらない。けれど何故か違和感のようなものがある気がした。

「なんだろ。なんかちょっとモヤモヤする」
「そうですか?」
「……ユニ。その手紙、声に出して読んでみてくれる?」
「分かった。
 ――飾らない君へ。
 家族として認められた時、私は死ぬほど嬉しかったのを覚えているよ。
 サルビアの花が咲いたあの日だ。レインリリーとダリアの花もあったよね。
 庭園にも植えたのを君は覚えているかな。いつ気付くかなって思っていたらまさか発注した注文書から気付かれるのは本当に予想外だったよ。
 類を見ない、人と異なる子と表現していた義母上だけれど、思い返してみると君は確かにその通りと言えるかもしれないね。
 ほら、あの時もそうだ。
 「んー」とアクセサリー選びで悩んでいた時、私が声をかけたら君は言ったよね。「縞々とマーブルどちらが良いと思う」ってさ、流石に選べないからもう両方つけよう!って結論づけた時はしように
 ん総出で止めたけど。
 実際凄い面をくらったけれど今思うとそれすらも良い思い出だね。
 やっぱり私には君しかいない。
 なのに何故君はここにいないのだろうね。
 いつもいつもふとした時に君を思い出して悲しくなるんだ、ミリモネ」
「俺には普通に恋文に聞こえるかな」
「じゃあ俺の勘違いかも」

 なんとなく実母が金をせびる度に綴っていたような白々しさを感じる文面だったが、二人が言うならきっと俺の勘違いなのだろう。

「机はこんなところかな。次は……」

 足元からカチリと音が鳴り、見てみると古びたロケットペンダントが転がっていた。

「侯爵の私物かな……あれ、上半分が焦げてる」

 中にあったのは、上半分が焦げた家族の肖像画だろう絵だった。けれどそれも一瞬の事。手にしたそれから突如焔が上がり、跡形もなく燃え尽きたと思いきや、まるで始めから見間違えであったかのように別の肖像画にすり替わっていた。

「大丈夫、ユニ!?」
「手を見せてください! 治します」
「あ、いや火傷も何もしてないから大丈夫。それよりこれ見て」
「これは……」

 差し替わった絵は、幼いデューダイデンと魔物淑女と彼の三人だ。

「デューダイデンとあの魔物?」
「さっきは違うのだった。……まさか!……やっぱり」
「何がやっぱりなんですか?」
「もう一回手紙見て。こことここ、不自然な改行が入ってるでしょ。これ多分わざと違和感を覚えてさせて、別のメッセージ、縦読みっていうんだけど、ルディ君。全部の手紙の改行頭文字だけ一枚ずつ読んでみて」
「はぁ……あ、い、し、て、な、い。か、か、さ、れ、て、い、る。ほ、ん、し、ん、じ、や、な、い。わ、た
し、の、か、ぞ、く、は、え、い、だ、と、あ、べ、る……あ!」
「そう。愛してない、書かされている、本心じゃない。私の家族はエイダとアベルってなる。恐らくこれもデューダイデンが無理矢理書かせたんだろうね」

 インクは恐らく血。
 筆圧の荒さ具合から相当切羽詰まって書いたのが窺える。
 想像だがエイダ夫人とアベルの命を盾にして必死に書かされた彼のせめてもの反抗だったのかもしれない。
 現に二人の遺体は手足の指が関節ごとに切られ、それ以外はぐしゃぐしゃにされていた。これも推測だが縦読みに気付いたデューダイデンが先に二人を殺し、反抗した父親も殺した。

「馬鹿じゃないのかな」

 その場凌ぎの薄っぺらな愛の言葉など砂粒以下の価値しかないというのに。

「……多分、デューダイデンは当たり前の家族愛が欲しかったのかもね。まやかしでも自分は愛し合う両親の元に生まれたんだってと思い込みたくて」
「けどこの人の中には前妻はおろかデューダイデンの入る隙間はなかった」
「なんていうか憐れですね……」

 この家にいた者は皆、被害者で加害者ばかりだ。
 そんな重苦しい空気の中、俺の腹が空気を読まず、いやある意味ベストタイミングで音を鳴らす。

「……ごめん。お腹減った。さっさと探索してご飯食べたい」
「ユニさん。――そうですね! 僕もお腹空いてきちゃいました」
「ルディまで。……分かったよ、手早く進めて廊下に出よう」

 先程までのお通夜空気が霧散し、俺達は気持ちを切り替えて室内探索に取り掛かった。本棚、調度品、絨毯の下。目につくありとあらゆる場所を調べ、漸く最後。花瓶の下に貼り付けられた鍵を見つけた。

「よし、一旦出よう」
「賛成です!……ユニさん、何してるんですか?」
「あんまり人間的には好かないけど冥福くらいは祈ってあげようと思ってさ」
「ユニさんがするなら僕も!」

 親の真似をするようにルディも目を瞑って両手を合わせる。

「有難う」

 よしよしと頭を撫でてやれば、彼は擽ったそうに笑う。そうして二人で踵を返し、レオの後に続いた時だ。
 ぎぃっと呻き声を上げる扉の奥、執務机の前に足の透けた一人の男がゆらりと現れる。

『どうか間違った命を断ってくれ』

 ぱたりと扉が閉まる。

「あれ? 今、何か聞こえなかった」
「いや俺には何も」
「僕も」
「あ、じゃあ気の所為かも」
 
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