二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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終わりの始まり④ 凄惨表現あり

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SIDE:ワイズアライメント


 PM、14:28
 規則的な靴音が鳴っている。
 皇都ナタールの象徴たる、ナタール城の廊下を歩くワイズアライメントからは疲労が皮を被っているような有様だった。踏み出す足取りはやや重く、形の良い眉端は僅かに上を向いている。加えて唇は緩やかな逆Uの字を描き、一見見破れないも不機嫌に近い顔つきになっていた。
 大貴族が集まって責任の擦り付けあいとは嘆かわしい。
 ワイズアライメントの脳裏に、先ほどの会議と権力争いと己が私腹を肥やすことしか興味のない廊下貴族共のご尊顔が過り、腹の奥にて燻り続けていた怒りの炎が再燃する。
 どいつもこいつも危機感がない。
 ワイズアライメントは心の中で舌打ちし、一つ目の角を右に曲がる。直後、不機嫌率二割突破の顔が一瞬にして嫌悪一色に塗り変わる。
 その視線の先には肥えた豚。醜い肉の鎧を纏ったデューダイデン・アウグスブルクの姿があった。

「おや。デールライト伯爵ではありませんか。お久しぶりです。まさかこのような場でお会いすることになろうとは驚きましたなぁ」

 十人が十人、生理的に受け付けないと豪語する顔面をにちゃりと歪めながら、デューダイデンはまるで親しい間柄であるかのようにワイズアライメントに話し掛ける。だがしかしその瞳の奥。海の青のごとき色硝子には友好とはほど遠い、ワイズアライメントを見下すものがしっかりと映っている。
 ふわりと香る悪臭。
 デューダイデンの身体から腋臭らしき硫黄の臭いとそれを誤魔化すためだろう強いパルファムの香水が混じり合い、空気を汚す。
 ワイズアライメントは一歩後退る。
 この悪臭に気付かないのかと思うが、発声元であるデューダイデンはけろりとしているため、おそらくは鼻が馬鹿になってしまっているのだろう。
 取り出したハンカチで顔の下半分を覆い、彼は表情から嫌悪を消した。

「どうも」
「具合でもお悪いのですかな」
「お気になさらず」
「そうですか。あぁ、もうお帰りで? いやぁ、羨ましい。私めはこれから皇帝陛下とお会いする予定なので、少しばかり気が重いのですよ」

 気が重いのは皇帝陛下の方だ。

「そういえば昨今、城下、“下”が随分と騒がしくてかないませんな。噂では皇帝陛下の覚えめでたい方々が失踪したのだとか。なんともはや物騒な世の中になったものですなぁ」
「貴方がそれを仰るか」
「……デールライト伯爵。それは一体どういった意味にございますかな」
「失礼。世俗にはあまりご興味がないものとばかり」
「あぁ、あぁ。なるほど。確かに私は今までそういった噂に疎い面がありましたからなぁ。いやぁ、お恥ずかしい」

 軽やかな笑い声に、ワイズアライメントはひたすら真顔を返す。許されるのならばその穢れた顔に一発喰らわせたいところだが、爵位の差と場所がそれを阻む。なのでせめてもと不興を買わないギリギリの線を攻めることで怒りを紛らわせる。

「貴族たる者、情報に遅れをとるようでは程度が知れると言われますからね」
「全くです。私には伯爵のような聡明な細君がおりませんし、社交にも着いていくだけで精一杯ですよ。おっと、失礼。そういえば伯爵夫人は既に逝去されておりましたね」
「……ええ」
「あれは本当に悼ましい事件でしたなぁ。貴族女性が強姦の末、殺害されるなど今でも信じられませんよ」
「そうですね。私は今でも犯人は人の皮を被った醜い獣だと思っていますよ」

 ワイズアライメントは拳を握る。
 忘れもしない。胎児の成長を願い、教会の祝福を受けに向かうのだと微笑んでいた妻が、見るも無惨な死体となり、路地裏に転がされたあの光景を。一日たりとて忘れたことはない。
 貴族女性には珍しい鷹揚な人だった。目下の者にも誠意を持って接する優しい人だった。間違ってもあんな風に殺されていい人ではなかった。
 喜怒哀楽。彼女の表情はなんだって見てきたつもりだった。なのに降りしきる雨の中、塵のように捨てられた彼女は筆舌に尽くしがたい状態だった。
 愛らしい顔は潰した柘榴のように紅く染まり、足は逃亡防止なのか左右ともに在らぬ方向を向いていた。
 どれだけ痛かっただろう。
 どれだけ苦しかっただろう。
 思い出すだけで胸が張り裂けそうだ。そんな彼女が必死の抵抗と犯人を示すため、喉奥にひっかけたアウグスブルク家の紋章入りのネクタイピンを見たときはどうにかなりそうだった。
 けれどそれを知った時にはもう事件は、破落戸の犯行として片付けられていた。あろう事かデューダイデン・アウグスブルクは善意の第一発見者を装い、ワイズアライメントは彼に感謝していた。これほど間抜けな事は無い。
 故にワイズアライメントは誓った。
 これから先どれだけ時間がかかろうと、どんな犠牲を払うことになってもこの悪鬼デューダイデン・アウグスブルクをなんとしても地獄に叩き堕としてみせる、と。
 ワイズアライメントの鋭い視線に、デューダイデンは僅かに眉を顰める。けれど直ぐ表情を変え、その通りだと彼に同意する。

「しかし私はこうも思うのですよ。どれだけ見目麗しい者でも上等な衣服の下、腹の中では凶暴な醜い獣を飼っている、とね」
「否定はしませんが、そも前提が違います」
「同じですよ。奴等とて醜い獣だ」
「侯爵は人の一面ばかりに目を向けすぎでは?」

 デューダイデンの纏う雰囲気が尖ったものに変化する。両親から愛されず差別ばかりされ、穢い物しか見れなかった彼には腹立たしい言葉なのだろう。
 同情為べき点もある。だが、この男はあまりにも罪を犯しすぎている。

「……伯爵は人の善性を信じすぎですよ。人は生まれながらの悪ですよ」
「それはどうでしょう」
「ハハッ。伯爵は随分とロマンチストのようだ」

 小馬鹿にしたように笑い、デューダイデンはワイズアライメントの横を通り過ぎ、三歩進んだ所で立ち止まる。そしてそのまま振り返ることなく、ワイズアライメントに告げる。

「あぁ、そうそう。伯爵の屋敷に家の者がお邪魔しているようで。近く引き取りに伺いますので」
「……何方かとお間違えでは? 我が家にはそのような者はいらしておりませんよ」

 ワイズアライメントの背を氷の手が撫でる。

「ハッハッハッ。そういう事にしておきましょう。今は」

 ワイズアライメントはデューダイデンが立ち去るまで握った拳を解かなかった。靴音が遠離り、悪臭が消えてもなお――。

「ナウシュヴォーナの勘は当たったな」

 複雑な気持ちで吐き捨てる。
 我が弟ながら何処か頭の螺子が飛んでいたが妙に聡い子だった。
 『兄上、奴は必ずルディ殿を捕まえにこの屋敷に乗り込むでしょう。その為に兵の強化を。可能ならば対人ではなく、魔物との交戦を想定したものにした方がよいにござる!』
 当初は意味が分からなかったが、会議の内容と今あの男と話してそれを確信した。
 『奴はもう人じゃない』
 息も絶え絶えなオズによって語られたアウグスブルク邸での惨状。

「(彼は、ルディ君は悲しむだろうか……)」

 窓から見上げた空は彼と同じ青。
 最初の頃は何か利用出来るかと思っていたが、彼はあの男の血を引いているとは思えないほど“普通”の子供だった。普通に泣いて、普通に笑う、神聖魔法が使えるだけの少し臆病な子供。
 けれどワイズアライメントはもう止まれない。

「私があの男を殺す」







 その三十分後。
 デューダイデン乱心により、皇帝陛下が殺害される事を、この時のワイズアライメントは知る由もない。
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