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終わりの始まり③
しおりを挟む「いやいやいや、待て待て待て!」
火のような怒りの色を漲らせ退室しようとしたレオを、少しばかり間隔を置いて平静を取り戻したラムが必死に引き留める。
「気持ちは痛ぇほどわかる。わかるが今は一旦落ち着け! というかこんな状態のユニをほっぽって何処に行くつもりだよ!」
「ヘルブリンの所に決まってるだろ!」
「余計駄目だわ! 第一、お前、ヘルブリンの居所なんざ知らねえだろ。そんな状況で何処を探すってんだ!」
半ギレのラムの指摘を受けて歩みを止めたレオが、ぐっ、と言葉を詰まらせる。どうやら図星のようだ。
「っ。アウグスブルク邸に行けば!」
「仮にそこに居たとしてどうやって中に入るんだ。塀を乗り越えて不法侵入でもすんのか? あのな、レオ。相手は腐っても高位貴族だぞ。見つかったら最後、捕まって死ぬまで玩具にされるのがオチだ。そしたらユニを助けられねえ。お前だって本当はわかってんだろ」
「けどっ!」
「けど、じゃねえ! 行くとしても準備ってもんがあんだろ!」
「っ、……わかった」
「あのっ!」
不承不承ながらレオが説得に応じたタイミングで、今度はルディが彼等を呼び止めた。
「僕にもちゃんと説明してください! なんでユニさんがこんなことになったのか、さっきの魔法陣と蛇も、なんで死んだヘルブリンを殺しにいくのかも、なんでアウグスブルク邸に乗り込むみたいな話になってるかも。全部、全部話してください!」
服の裾を固く握りつつ進言したルディの顔面は泣き出す一歩手前のように、くしゃりと歪む。
無理もない。
慕った相手が何者かに呪われた状態で運び込まれ、解呪しようとしても一向に通じない。その上、突然魔法陣が現れ、そこからロキによって撃破された筈のヘルブリンと瓜二つな人面蛇の登場。何が何だか解らないのに説明は一切なく、蚊帳の外に置かれて、彼等だけで方針を固めようとしているのだ。泣きたくもなるというものだ。
泣き顔を見せまいと俯く彼を慰めんとグノーが距離を詰めた刹那、突き破る勢いで扉が開く。
扉の先にいたのはナウシュヴォーナ。
彼は白衣を纏った男を片手に、挨拶もなく部屋に踏み込んだ。
「ユニたんが運び込まれたとは誠にござるか!」
「はっ、はい。そうにございます!」
ほぼほぼ人型の銅像と化していたロッテングルーの言葉を耳に流し、室内を見渡す。そして呆気に取られた一同を無視し、ソファーに寝かされたユニを発見すると、その傍へ医者らしき男を引き摺った。
彼の目に映るユニは、あんなに騒がしくしたにもかかわらず相変わらず静かに寝息を立てていた。だかしかし触れた身体より伝わる温もりは夏の川のように冷たく、ソファーから落ちた手はだらりと力無く垂れていた。遠目でも呪いに犯されているとは到底思えない姿だ。それこそ今にも起きて「おはよう」と挨拶してくれそうだ。
「ね、寝てるにござるか?」
瀕死の重傷を想像していたのか、それとも治療済と判断してか。愁眉を開いたナウシュヴォーナはその場にへなへなと座り込む。次いでレオ達のいる後方へ振り返り、え?と戸惑う。
視界の先に、葬式真っ最中のような暗い面持ちが四つ。
彼は直ぐさま引き摺り連行した主治医にユニの診察を依頼した。医者は乗り物酔いのように顔を青ざめさせたまま命じられた通り、ユニの身体を診る。そして一通り確認した後、鞄の中から予防接種でお馴染みの注射器と、なにやら試験管を幾つか取り出し、そこへ採血したユニの血液を入れた。
赤黒い水がちゃぷんと揺れ、男はそこへ砂、いや粉のような物体をそれぞれに加えていく。待つこと数秒。
四つの内、右から二番目の試験管の中身だけが毒々しい紫に色を変える。
すると医者の顔色が青を通り越し、白くなった。
「これは……」
「な、なにが解ったでござるか!?」
「大変申し上げにくいのですが」
「早く言うでござる!」
「この者は呪われております。それもかなり強い呪いに」
「呪い!? 解けるでござるか!」
両肩を掴まれ揺さぶられた医者は私には無理だと頭を横に振る。
ならばとナウシュヴォーナはルディを仰ぐ。だが肝心のルディは決して彼と目を合わせず、悔しげに俯いている。それが何を意味しているのか察せないほどナウシュヴォーナも鈍感ではなかった。
片手で顔面を覆うこと暫し、ナウシュヴォーナは力無くレオ達以外の者の退室を命じた。そう言われてしまえば使用人に否やはない。退室する彼等を見送り、その後ナウシュヴォーナは一行と向き直った。
「どういうことか説明してもらえるでござるか」
「始まりは多分四日前。地下下水道で発見した魔寄せの水晶を破壊してからだ。レオ曰くユニは悪夢に魘されるようになったらしい。本人は不安とストレスからだろうと言っていたらしいかが、今日になって突然目が覚めなくて今に至る」
ついでに先ほどの魔法陣とヘルブリンの人面蛇についてもラムが説明する。
「――そういう訳なんだわ」
「じゃあユニさんは地下下水道でデューダイデン・アウグスブルクが設置したと思しき水晶を破壊した所為でヘルブリンから呪いをもらったってことですか!?」
「真偽のほどは定かじゃねえがな。なぁ、ナウシュヴォーナさんよ。あの場にんなイベントは無かった筈だよな」
「そうですな。拙者の知る限り、そこには精神操作系の罠もなかったはずにござる」
「……ん? おイ。皆、これを見ロ!!」
焦ったように外の面々を呼びつけるグノーに、頭を悩ませていたメンバーがどうしたと、そちらの方へ首を動かした。
「此処を見てくレ。レオがさっき斬ったヘルブリン顔の蛇の死骸があったところなんだが無くなって代わりに何か書いてあるみたいなんダ」
「なんだって!」
「此処だ」
グノーが指差したのは絨毯の上に赤黒く滲んでいた文字だった。言葉通り、人面蛇の死骸は綺麗さっぱり姿を消している。
「これは……読みにくいが住所か? この場所に来いって宣戦布告か?」
「その線もありといえばありだが、あれだけユニに執着していた奴ダ。ブラフの線も薄くはないだろウ。オレ達がその場所に向かってる間に奴がユニを攫いに来るなんて可能性も当然捨てきれなイ。……どうすル?」
「あ、その前に絵が書かれてます。これはバリケード?、いえ門?」
「ちょっと見せてもらうでござるよ。この住所は何処かで見たことがあるような、ないような……あ! 思い出したでござる。拙者の記憶に間違いがなければここはアウグスブルク邸でござるよ!」
「よく住所だけでわかるな」
「……まぁ、我が家もそれなりに色々あったでごさるから」
ナウシュヴォーナの顔には溜め息を押し殺すような何とも言えない表情が滲んでいた。デューダイデンによるデールライト伯爵夫人強姦殺人と使用人殺害。その内情を書面にて知るレオ達は同情的な視線を送る。
「では拙者の話はさておき、これからどうするでござるか? まだ魔寄せの水晶は一つ残っているのでは」
「今はユニの方が大事だよ!」
「そうですよ!」
救助を優先するレオとそれに賛同するルディ。対してラム、グノー、ナウシュヴォーナの顔は渋い。
三人とも今後を考えてだ。
別段ユニの救助優先を反対してではない。ただそうした場合のリスクを彼等は案じていた。
「……ナウシュヴォーナさんよ。そっちの兵力は借りられるか」
「もちろん!……と言いたいところではありますが、こちらも少し問題が生じていて難しいでござる」
「問題?」
「ラム殿少しお耳を。……実は先日、この国の魔法使いが失踪いたしましてな。その現場に居合わせたらしき重体のオズ殿を上が保護しておりまして。彼の雇い主でもあった兄上が少し難しい立場に置かれているのでござる。一応、地下下水道にて発見した水晶についての報告とアウグスブルク伯爵らしき痕跡を提出してはおりますが、事が事なだけに表立って動けないのが実情にござるよ」
「オズが? いや今はいい……お前さんの見立ては」
「拙者の主観込みならば、時期尚早ではありますが、シナリオにはほぼ近いかと」
「オレと同じだな。だとしたら今、戦力を裂くのは得策じゃねえな。ルディの方はどうだ?」
「ルディ殿? あぁ、兄上と仲良くはしているようです。ただそれがノーマルエンドなのかはいまいち」
ラムは面倒くさそうに頭皮を搔く。
「このままだと確実にこっちに着いてくる勢いだな」
「それは不味いのでは」
「だよなぁ……お前さんのチャートにゃ、此処にデューダイデンが攻めてくるんだろ。手筈は」
「その日に備えて騎士団はそれとなく鍛錬を積ませたでござるが」
それでも絶対ではない。
何より今は内も外の問題で、ナタール自体が騒がしくなっている。つまり余剰分の戦力が限りなく少ないのだ。
ならばどうするか。
うんうんと唸り声が三つ重なる中、何気なく視線を動かしたグノーが次の変化に気付く。
「また変わっているゾ」
「はぁ!?」
先ほど住所を記していたものが、今度はナウシュヴォーナの蚯蚓がのたくったような字を超える悪筆文字に変化する。内容は『16:00 ルディ・リアリースも連れてこい。さもなくば』だ。
その後は書かれていない。が、碌な事ではないのは全員察しがついた。
「僕!?」
「俺達は分かるが何故ルディまで?」
「分からン」
ラムがナウシュヴォーナを仰ぐが、肝心のナウシュヴォーナも両手を上げてお手上げのポーズを取る。
「気に入らねえが選択肢は一つってやつか。……はぁ。ナウシュヴォーナさんよ、アンタの名前でシブマス、支部長に手紙を送ってくれるか。ロキの力を借りたい」
「構わないでござるが、本当によろしいので?」
「今出来る最善手はそれなんだ。仕方ねえさ。奴なら問題なく魔寄せの水晶を壊せるし、ヘルブリンとも因縁がある。その後合流したとしても戦力としては充分申し分ねえ」
「確かにそうでござるが……ユニたんはどうするつもりで?」
「すまんが此処に置かせてもらってもいいか。流石に連れてはいけねぇし」
「了解にござる。拙者も最善を尽くすでござるよ」
任せろと親指を立てたナウシュヴォーナにラムが笑う。
「ラム、グノー。早速準備を始めよう! ルディは……?」
指示を出そうとルディへ視線をずらしたレオが彼の姿が無いことに気付き、室内を探すと、ルディは何時の間にかユニの傍らに跪き、何やら身の回りをごそごそと探っている。
「ちょっ、何してるんだよ!」
「あった!」
そう言って取ったのは、かつてルディがユニへプレゼントしたクローバーのペンダントだった。彼はそれを手にし、祈りを捧げるように握り締める。
「……出来た。一応、護りの魔法をかけておきました。これがいざという時、ユニさんを守ってくれる筈です」
「あ、ありがとう……」
「別に貴方の為じゃありません。ユニさんの為にしたんです」
「それでもありがとう」
「止めてくださいよ。気持ち悪い」
「むっ。君って本当に失礼だね!」
「はぁ!? 本当の事を言ったまでですけど?」
二人の背後に大型犬とハムスターの喧嘩を空目したグノーは呟く。
「お前達、実は気が合うのでハ?」
「「合わない!!」」
「はいはい。じゃれ合いはそんくらいにしとけ。全員装備を整えたら、アウグスブルク邸に乗り込むぞ!」
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