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終わりの始まり

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 魔寄せの水晶Ⅱの破壊終了で一泊、体力回復を兼ねた休暇一日。更に魔寄せ水晶Ⅲ破壊タイムアタックを終え、ラスイチ攻略に向けて英気を養うべく繰り出した夜の歓楽街は、別の顔を見せていた。平時であれば温かみのある淡いガス灯の光が等間隔に灯り、周囲を照らしているのだが今日はそれが少ない。人に至ってもそうだ。子供や若い女性はともかく、仕事帰りの男たちの姿が異様に少なかった。左右に立ち並ぶ店も軒並み開店休業どころかそもそも開店していない。
 俺達は互いに顔を見合わせる。
 繁盛していた昨晩とはえらい変わりようだった。いやよくよく思い返してみれば昨晩も冒険者以外の一般客層は減っていたかもしれない。けれどそれを考慮しても今日の変化はあまりにも劇的すぎるものだった。
 行きつけの大衆酒場の前に到着し、俺達は店の前で立ち止まる。
 昨日まで陽気な声と灯りを漏らしていたそこは死んだ貝のように固く入口を閉ざしていた。加えて扉前の掛け看板にはCLOSEの文字がある。
 この世の絶望でも味わったようにグノーが肩を落とす。
 他にやっている店はないかと見渡すと、ほとんどの店頭にラストオーダー終了の目印が掲げられていた。
 風に乗って香る香ばしいステーキの香り。その匂いを嗅ぐだけで口の中によだれがたまり、僅かに凹んだ腹からは、くぅううと腹の虫が鳴る。続けて両隣から空腹を知らせる大きな音が三つ重なった。
 俺達は再度顔を突き合わせ――強敵を前にしたかのような真剣な顔つきで頷きあう。内容は一つ。これはもう大人しく宿に帰って飯にしよう、だ。
 そして思うことはみな同じのようだ。
 俺達同様、食欲を刺激された柄の悪そうな男女――恐らく八割方冒険者たち――も回れ右で自宅、或いは宿泊街の方向へ向きを変えている。
 夜が稼ぎ時の店がこぞって閉店。
 これも物語が終盤に近寄った証左なのだろう。現に、飲食店の中からはなんでこんなに高いんだと文句をつける声が上がり、魔物が多くて物が入ってこなくなってるからだと声を荒げる店員のやりとりが流れてくる。
 思っていた以上に進みが早い。本来のストーリーならまだ二~三週間程度の猶予がある筈だが、バグったこの世界ではあまり当てにはならない。救いなのはナウシュヴォーナ攻略本がいることくらいだ。中身はどうあれ、彼と出会わなければきっと今も俺は右往左往したまま恐怖に晒されていたに違いない。
 だからこそもっともっと頑張らないと。ナウシュヴォーナの資料曰く、物語の終盤になると皇都ナタールは五割方半壊するという。喩え魔物の襲撃が避けられぬイベントになったとしても少しでも被害は減らしておきたい。

 (全部のクリスタルを壊したら、一回外の魔物を減らしにいった方がいいのかもしれないかな)

 いやその前に、主人公であるルディの進捗状況を一旦確認してからでないといけないのだけれど。いまどの辺まで攻略したのだろう。個人的には友人エンドらしいノーマルが望ましい。
 ナウシュヴォーナは内心ハッピーエンドを期待していたようだが……。
 だがまあなんにせよ、ルディ本人が幸せであるならエンディングはどれでも構わない。
 思考の海を漂っていると元気な腹の虫が俺を現実に引き戻す。いま俺に必要なのは頭の回転ではなく栄養、美味しい食事だそうだ。連日決まったメニューを出すのに定評のある朝のグリル亭だが、シチューの味は悪くない。掻き込んで今日は寝てしまおう。

 (今日は悪夢を見ずに寝れるといいなぁ……)

 魔寄せの水晶を砕いて以降、どういうわけか、俺は毎回悪夢に苛まれているらしい。都度レオに起こしてもらっているが毎度毎度内容は覚えていないし、レオの睡眠時間を奪ってしまうのでとても申し訳なく思っている。
 ふと颯斗の事務所にPTSDと重いうつ病を併発した女性が、周りの人間が脳波を操って悪夢を見せてくるから訴えたいと刃物持参でやってきた話しを思い出す。ひょっとしたら俺もPTSD……いや、それは多分ない、と信じたい。
 きっと下水道の魔物の多さと駆除の面倒臭さ、これからの事にストレスを溜めてしまっていたのだろう。

「それにしても人が少ねえな。これも誘拐事件絡みか何かか?」

 枕、ラベンダー、入浴……。紫時代の記憶の引き出しを漁って一番効果のありそうな安眠体操もといストレッチでも試してみるかなと思案する俺を余所に、ラムとグノーが話し始める。

「そのようダ。道すがら何度か耳をそばだてて聞いてみたが、どうやら先日、国の上層部が調査と解決を命じて動いていた魔法使いの一団が揃って行方不明になったのだそうダ」

 それで誘拐犯は魔法使いたちを御せるくらい凶悪な輩ではないかと噂が流れ、街の住民たちは脅えて夜の外出を控えているとのこと。まあそうなるわなと苦笑いを浮かべる。
 俺達やナウシュヴォーナそれと一部を除いて、誰もこれがボス、デューダイデン・アウグスブルクの仕業であるなど想像もできないはずだ。一応其方の方は回収した魔寄せの水晶の欠片をナウシュヴォーナに渡し、アウグスブルク侯爵家の紋章が見つかったという呈でデールライト伯爵家が動いているらしい。

「……何も言えねえってのは結構キツいもんだな」
「仕方がなイ。貴族が絡んでいる以上、オレ達が下手にしゃしゃり出ては下水道のあれの破壊にもおちおち行けなくなル」
「そうだね。悔しいけど俺達は俺達の仕事に集中していかないと」
「ごめんね。もっと上手く立ち回れたら良かったんだけど、流石にストーリー破綻する行動は起こせなくて」
「アホウ。だーれも責めてねえよ。つうか全てを知ってたとしても全てを最小限にして救うなんて芸当、誰も出来やしねえよ。んなこたぁ可能なのはこの世でただ一人。居るかも分からねえ神様だけだ」

 ラムの断言に他の面々が同意すると、俺はちょっとだけ眉を下げて笑った。

「そうだね」
「ま、腹が減ると嫌な事ばっか考えるし仕方ねえさ」

 普段通りフォローするラムに、仲間たちも話題を食べ物に変えて盛り上げてくれる。

「毎回思うんだが宿のシチューも味は悪くないが、いまいち腹持ちがよくないんだよナ?」
「じゃあ宿に戻ったら、厨房借りて俺が何か作ったげようか。食材の方も少し余分に買っておいたお陰でちょっと余裕があるし、シチューの方も少しアレンジして、あとおかず兼おつまみも二、三品あれば足りるでしょ。あ、ついでに明日の朝ご飯を作っとくのも手かな」
「是非頼む!」

 仲間達は俺の提案に一にも二にもなく飛びつく。一応朝のグリル亭にも追加メニューというのがあるにはあるのだが、これが少しお値段が張る上に、ほんの少しの肉と大盛り野菜を軽く炒めたものという、なんとも“身体には”優しいというものであった。ついでに便通にもいい。

「じゃあ運ぶときは手伝ってね」
「任せろ!」

 三つのキメ顔とグッドサインに小さく微笑むと、俺達はそのまま雑談を交わしながら定宿、朝のグリル亭に向かって歩を進める。するとレオが顔を寄せ、甘い声で囁いてきた。

「食べ終わったらイチャイチャしてもいい?」
「っ、けどさ。レオ、疲れてない。明日もあるからあんまり無理するのはオススメしないけど……」

 もちろんヤりたくないわけじゃなく、なんなら凄くヤりたいけれど明日も魔寄せの水晶を破壊に行くのだ。スライムへの対抗策はあるとはいえ、一番疲労の強い前衛にはゆっくり休んでほしい気持ちがやや勝っていた。
 どうしても駄目?
 見下ろしていながら見上げる器用な芸当に感心しつつ、可愛いお強請ねだりに気遣いの心が強烈な右ストレートを食らって彼方へと吹っ飛んだ。そしてその後釜にムラムラ発情オッケーバッチコイ心がスライディングしてくる。
 じゃあ今日はレオのしたい体位もプレイもなんでも付き合ってあげるとウインクすると、レオが気持ち前屈みに姿勢を変える。目線を下げれば鎧に隠された股間辺りが僅かに浮いていた。目の下もほんのり赤い。
 微笑ましく眺めていると、俺達同様乳繰り合っていたラムがひょいっと顔を出した。

「明日も昨日と同じ時間でいいのか。なんだったら出発時刻を少し遅らせてもいいからな」
「流石にそこまでハッスルしないよ」

 そう言いながら少々汗ばんだレオの指に自身の手を絡ませ、指の腹でスリッと厭らしく撫でる。茹で蛸のように赤く染まり、外方を向くレオ。毎回俺に仕掛けてはこうして撃墜される初心な彼を見るのはちょっと楽しい。
 そんな風に心を弾ませながら、俺達は朝のグリル亭に帰還したのだった。




 * ・ * ・ *




 深夜。
 愛しい男の雄を受け入れた後孔に軟膏を塗り込んで、俺はレオの待つ寝台に戻る。机に設置した蝋燭の明かりに照らされた彼氏が優しく腕を開き、俺を迎え入れる。しっとりと濡れた逞しい胸板から汗の香りが漂う。
 チュッ、チュッとレオの柔らかな唇が何度も額に押し当てられ、その心地良さと擽ったさに喉の奥を震わせて身じろぎすると、逃げないでと言わんばかりにレオの手が俺を引き寄せる。
 
「好きだよ、ユニ」
「俺も好き」

 顔に触れたレオの左手、その薬指にて輝く銀の輪っかに俺は軽く口づける。
 魔寄せのクリスタルⅡの破壊後、デールライト家から贈られた指輪だ。
 デールライト伯爵家からの強い申し入れにより、ほぼほぼ俺の買ったものと同じ結婚指輪である。ちなみにほぼほぼというのは、裏に嵌め込んだ色硝子が強い防御効果のついた魔法石に変わっているからだ。変化に気付いたのは受け取って暫くしてだった。
 正直思うところはあったものの、俺では決して買えないそれを捨てて、もし彼に何かあったらと考えるとどうしても捨ても売れも出来なかった。

「擽ったいよ」
「セカンドマリッジリングはもっとちゃんとしたの……これより高いのは無理だけど必ず買って改めてプロポーズするね」
「じゃあ俺もする」

 穏やかに笑いながら張り合う彼氏に、一瞬だけ呆気にとられるも俺はすぐに口角をあげる。本当にレオは俺を幸せにしてくれる天才で、温かくて優しくて世界一男前な人だ。胸板に顔を埋め、顔を擦りつける。
 その後は一言二言のピロートークを重ね……やがて疲労のピークに達したのか、俺の目蓋はゆっくりと下へ降りていく。

「ユニ、眠くなった?」
「ん」
「俺もちょっと眠いかな」

 くぁあっと欠伸をしたレオが眠そうな声を出す。じゃあ明日に備えて寝ようかという言葉に俺も同意して頷く。

「おやすみ、またあした……」








 だがしかし――翌朝になっても俺、ユニ・アーバレンストは目覚めることはなかったのだった。
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