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下水道にて③

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 誰かが生唾を飲み込む。
 不審を覚えたロキがどうかしたかと問いかけるも、せめて表情は取り繕おうよという突っ込みを胸に仕舞い、ぎこちない作り笑いを浮かべる。
 これどうするよと逡巡しゅんじゅんしていると、リーダーであるレオが口火を切った。

「さっきは危ないところをありがとうございました」
「いえ。こちらこそ驚かせてしまったようですみません。皆さんに怪我がなくてなによりです」

 発した言葉と喜怒哀楽のないそれは到底つり合っていないものの、やはり敵対の意志はないようで、全員がほっと胸をなで下ろした。

「それにしてもここまでスライムが大量発生しているとは思いませんでした。皆さんは此方へは依頼で訪れたのですか?」
「え、ええ、まあ……そんなところ、です」

 しどろもどろに言葉を濁しながら、レオが俺達に視線を送る。助けてくれ、というアイコンタクトである。
 無理もない。現在の状況とナウシュヴォーナ経由俺翻訳の元、否応なく頭に叩き込まれたロキのバッドエンディング:皆殺しの果てに――ナウシュヴォーナ曰く作中屈指の鬱地雷エンド――の可能性のある存在が目の前にいるのだ。誰だって躊躇ちゅうちょはする。
 なのでラムの『絶対に刺激せず、不自然でない態度を取れ』という無言のメッセージに全員軽く頷くことで了解を示す。

「あ~……助けてもらっといてなんなんだが、アンタはどうしてこんな掃き溜めに。支部長からまたなんか異変調査の指令でもでたのか」
「ああ、そういうのではありませんよ。私が此処を訪れたのは単純に探し物をしていただけなんです」
「探し物……間違っていたら申し訳ないが、なにか大事なものでも落としたりしたのカ? もし小さいものだとしたら一人での捜索は困難を極めるゾ」
「ああ、ご心配には及びませんよ。実は私の探し物ですが、もう大凡の場所の見当はついているのです。それよりも皆さんこそ此処で引き返した方が宜しいかと。どうやら奥へ進むに従い、魔物が増えていっているようですから。あぁ、もしかして皆さん、それの調査ないし討伐の依頼中でしたか?」

 レオ、ラム、グノーの三名が然り気無く俺に解答権を譲渡じょうとする。

「はい。実はナウシュヴォーナ、いえデールライト様から急ぎである物が欲しいと依頼されておりまして。大変申し訳ありませんが同行の許可を頂くことは可能でしょうか」
「ああ、あの方の」

 一応ナウシュヴォーナには俺達の今後の方針については文にてしたためておいたので、いざという時は口裏合わせしてくれるだろう。
 何より銀等級冒険者に指名依頼をする貴族は珍しくない。もし疑われたとしても先日の無礼の埋め合わせも兼ねていると言えばいい。
 睨めっこを続けること少し。
 ロキの了解を得た俺達は、彼先導のもと下水道を進む。隊列は当然ロキを先頭に据え、その後ろにレオと俺、殿をラムとグノーで固めた。
 ロキが照明用の炎を生み出してくれたお陰もあり、ここまでずっと警戒に警戒を重ねていた道中が、驚くほど快適になった。魔物の方も彼がサーチアンドデストロイしてくれるので、戦闘の心配がなかった。
 皇都ナタールの地下を通る下水道、皇都中の排水の集まるそこは、最奥の処理場を中心に放射状に増築した、洞窟でいえば副洞のようなものが幾つか広がっている。
 魔物を焼き払う音をBGMに俺はふと思う。
 ナウシュヴォーナの資料曰くスタンピードの原因となるアイテムは最奥の処理場に配置される。しかし今の状況では本来仕掛ける側であった筈のヘルブリンが死んだというのに何故、下水道に魔物が大量発生しているのか。何故ロキが闇落ち一歩手前に陥っているのか。謎が深まるばかりだ。
 考え得る可能性としてはゲームの世界としての強制力が無理矢理辻褄を合わせにきているか、もしくは――。
 脳裏に最も思い浮かばせたくない顔が浮かび、俺は振り払うように頭を振る。それに気付き、レオが手を握ってくれた。
 大丈夫だ。いま此処にはこれからは絶対に守ると約束してくれたレオが、ラムが、グノーもいてくれる。恐れるものは何もない。戦力になってくれるかは不明だが同じ悪魔だってこの場にいる。
 そんな俺達の仲睦まじいやり取り――自分でいうのもなんだが間違ってもいない――を見て、恐らく昔の恋人と自分を思い出したのか、一瞥いちべつしたロキが懐かしさの中に寂しさを感じさせるような切ない口調で話し掛けてくる。

「お二人は恋人同士になられたんですね。おめでとうございます。私も、今はもう顔すら思い出せないほど昔に恋人がおりましたが、付き合い始めの頃は手を握るだけで天にも昇る心地でしたよ」

 表情は窺えないまでも悲しそうなロキに、グノーが尋ねる。

「どんな人だったか訊いてもいいカ」
「どんな人……とても優しく温かな女性だったと思います。現界したばかりで重傷を負った私を、悪魔ですら受け入れて手厚く看病してくれました」

 相変わらず魔物を焼き払いながら呟くロキに対し、みな同情しているが、冷静に鑑みると異様な光景であった。およそ回想に相応しくないが、口を挟んで病みスイッチを押したくはない。
 ロキの恋人――アザレアーナさん――の回想に耳を傾けつつ、しくしくと痛む胃をさすった。
 そんな俺の態度を別の意味に捉えてしまったのだろう。ロキが話しの腰を折る。

「どうしました。気分でも悪くなったようなら一度休憩を挟んでいきますか?」
「いいえ、大丈夫です。その、アザレアーナさんって本当に素敵な方だったんだなぁって思っただけですから!……あ」

 口にした直後、自分が言い放ったそれが選択肢の一つであったと思い出す。
 選択肢とは平たくいうと好感度上昇下降イベントらしい。三つ提示される行動や台詞の中から好きな物、というか狙うエンディングに合わせて選ぶのだそうだ。
 やっちまった。驚愕に顔を歪ませる俺に、仲間達が続く。

「そうだな! グノーと肩を張れるほどアザレアーナは素敵な女性だ!」
「全くダ。ラムに負けないくらい良い恋人ダ!」
「だね! 一度会ってみたいくらい」

 多分、俺ヒロイン化計画を全員で阻害しようとした結果なのだろう。
 アレだ。赤信号みんなで渡れば怖くない、みたいな? 怒涛の食い気味感想に、ロキが若干面を喰らい、少しだけ微笑んだ。~スライムの消滅焼きを添えて~。

「皆さん……ありがとうございます」

 ロキの暗く淀んだ瞳に僅かに光が差した。実に喜ばしく、感動的な場面だが俺達全員の顔は対面時同様引き攣っている。
 そんなデストラップに留意しつつ、一行は結露のように滴り落ちる汗を拭いながら歩く。下水に混じって男臭い汗の臭いが空中を漂う。
 そろそろ鼻が曲がるかもしれない。
 回ってきた皮袋の水を口に含むが、臭いの所為で味もおかしなことになってしまっている。それでも水分は必要だと、無理矢理にでも喉を嚥下えんげさせて飲み込んだ。
 俺同様疲労を滲ませる仲間達に、ロキだけは汗一つ流さない、涼しげな様子で歩みを止める。釣られて俺達も止まる。

「やはり一旦ここで休憩にしましょう。可能であれば塩気のあるものを口になさってください」
「あー、そうするわ」

 流石のラム達も限界のようだった。このまま熱中症になるのはまずいと俺は鞄の中から塩と砂糖を水で溶いた、経口補水液を皆に配る。

「ロキさんもどうぞ」
「いただきます……不思議な味ですね」
「あー……まあ俺の地元?では汗をかいた時はこれが一番効くので。美味しくないかもしれませんがちゃんと全部飲んでくださいね」
「ああ、いえ。美味しくないわけではないです。ただ」
「ただ?」
「なんとなく懐かしさのようなものを感じたんです」
「も、もしかしてアザレアーナさんもこういったものを」
「いいえ。彼女のはもっと……酸味がありながら甘みがあって、軽やかな口当たりのようでいて重さのあるものだった気がします」

 それはつまり不味いのでは?
 そして俺の経口補水液、どこも掠ってなくね?
 ――と思ったが、彼の無機質さが消え、恋人を想う一人の人間の男に見えて俺は口を噤んだ。
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