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ルディ・リアリース⑨
しおりを挟む朝のグリル亭に帰宅した俺の掌に児童文学と同程度の厚みを有したようなA4サイズの紙束が載る。
さらりとした手触り、支部にて偶然手に取った書類とは比べ物にならないほどの質の良さ。その惚れ惚れとする紙質上に癖のある文字が書き殴られていた。
言語は指定通り日本語で綴られており、それが蚯蚓をのたくったように何枚も続いている。かなり急いて仕上げたのだろう。ところどころインクが掠れて微妙な線を作ってある。
辛うじて解読可能な書類は全て、俺がナウシュヴォーナに依頼したレオ・オズ・ヘルブリン……残りの攻略対象達のチャートだ。
ここに三人の攻略法が記してある。
ハッピー、ノーマル、バッドにそれぞれ必要な数値と選択肢が事細かに記載されている。伯爵邸でも思ったがここまで詳細だと助かる反面、のめり込み具合がもはやその道のプロといっても過言ではなくて少し引く。
これが彼、レオの攻略法なのか。
俺は書面から視点を外して顎を上に持ち上げた。
装備を解いて俺の背もたれになっていたレオは、此方を見返し、慈愛に溢れた天使のような微笑みを向けてくれる。たったそれだけなのに俺の心はどうしようもなく高鳴り、脳内からは幸せホルモンであるオキシトシンがこれ以上なく分泌する。
そんな俺達を見、半分呆れ顔となった二人がやれやれと静かに両肩を落とした。
その二人とは疾風迅雷の前衛兼中衛、ラムとグノーだ。彼等もまたレオと同じように防具を脱ぎ、ややくすんだ白シャツに黒のズボンといったラフな格好で俺の寝台に仲良く並んで腰を降ろしていた。
彼等はデールライト伯爵家に囚われた俺達を心配し、事の経緯を聞き出すためこの場にいた。
最ももう粗方の内容は伝えおいており、それでもまだ彼等が逗留しているのは俺がナウシュヴォーナの報告書の読了するまで待っているからだ。その内容により、今後の疾風迅雷としての活動方針を決めなくてはならなかった。
ちなみにデールライト、いやワイズアライメントから頂いた慰謝料(兵の更なるやらかしによって最終的に五千万になった)はレオと相談の上、ラムとグノーを加えて山分けした。最初は渋っていた二人だが日頃の礼としてゴリ押した。
読み終わって寝台に放ったレオの攻略法の紙を手に取り、グノーは世界最高峰の暗号で認めた機密文書を眺めるように、眉を寄せた。
「これでも他国を含め古代の言語はそれなりに習得していたつもりだったが、世界は広いナ。言語には共通の規則性があると教えられてきたがこれを一人で解読するには十年単位の時間がかかりそうダ。ユニの前世は普段からこんな難解な言語を扱っているのカ」
「あー……平仮名、片仮名、漢字。三つも合わさっているからね。あっちでも日本語は外国人の言語習得難易度、最高指定されているよ」
「お前の国はイかれてるゾ」
心底引いたと言わん気に突っ込んだグノーはラムに近寄った。
「ラムもこれを見て見ロ。全く意味が分からン」
「……こりゃあひでぇな。オレもお手上げだ。ちなみにこの複雑怪奇な言語をユニやユニの国の奴はどの程度時間をかけて習得したんだ?」
「うーん、正確な年数はちょっと。ただ外国の友人曰く仕事の合間に講座、勉強してある程度理解出来るようになるまで四年かかったって言ってたかな」
「地獄か」
散々な言われようではあるが、あまりにも正論過ぎてぐうの音も出ない。俺も上から命じられて英語を勉強し直した時はグノー達と全く同じ感想と顔になったものだ。仕方ないので苦笑いを浮かべて資料整理に集中する。
今はオズのものだ。記載された紙には攻略法のみならず、彼の詳細かつ凄惨な生い立ちも載っていた。レオの同郷だけあり、そこそこ酷いだろうと予想していたが、彼もまた予想を上回る酷さを孕んでいた。
今更ながら人の過去を無遠慮に覗き見る行為に罪悪感が芽生えるが、必要な事だと割り切――いや、でもオズには結構な暴言吐かれたし、まあいいか。
そうして全てを読み終わるまで一刻。
頭の中で攻略チャートを組み立てた俺はナウシュヴォーナの手紙に同封された紙にそれを書き記していく。
レオ達にと見せる用と、ナウシュヴォーナに送る用だ。
「……出来た。皆も見て」
すっかり分厚くなったそれを手渡された三人が集まって目を通した。それから三十分ほどだろうか。彼等は一通り読み終えて一斉に何とも言えない表情を浮かべた。気持ちは判る。俺も逆の立場でこんなもの渡されたら絶対、頭の心配をする。
軽い困惑を顔に刻んだラムが、手を上げて質問する。
「それで、ユニ。これを見せて、どうするってんだ?」
「シナリオクリアの為に必要なのはワイズアライメントの欄と皇都編の出来事だけだけど、そのクリアに向けて独自に動きたいと俺は思ってる。皆の意見を訊きたいんだ」
まさかの逆質問と俺の視線に、全員の驚愕の視線が迎撃する。返事に戸惑っている感じだ。ただそこに恐れや苛立ちの気配は無い。
「つまり暫く皇都に留まって、ルディが父親を倒す手助け、いや来る魔物の襲来に備えたいという事カ?」
グノーが此方の言わんとする事を纏め、俺は頭を縦に振る事で同意の意志を示す。
「ワイズアライメントルートの手助けは一番接触機会の多いナウシュヴォーナに任せる予定だから、俺、俺達はその露払いを行いたいんだ」
「俺は別に構わないけど――あの変態、ナウシュヴォーナは物語と違うと言ってなかった? これ本当に起こるの?」
確かにその通りだ。だがしかし絶対に起こらないとも断言出来ない。
だからこそヘルブリンが魔物襲来の為に皇都に仕掛けた誘蛾灯、魔寄せの水晶の探索と破壊を行いたいのだ。
「何とも言えない。無駄足になるかもしれないけど、放置するのも危険だと思うし。あ、勿論タダでとは言わないよ。俺の取り分1250万ルピーを報酬として三人に依頼したいんだ」
俺は姿勢を正して三人の前で依頼人として頭を下げて、そのまま彼等、ラムとグノーの答えをじっと待った。
不気味なほどの静謐さが室内を漂う。そうして三拍ほど過ぎた頃だろうか、ぎぃっと寝台の脚が短い悲鳴をあげる音が鼓膜を揺らした。
次いで俺の頭の上にぽんっと優しい重みが乗った。
「そんな金要らねぇよ」
「…………え」
「ラムの言う通りダ。大事な仲間が頭を下げてお願いしてるんダ。それに応えない理由はなイ。仮に今の話しが真実だとすればこの街も甚大な被害を被ル。此処にはオレ達もそれなりに愛着があるからナ」
「ラム、グノー…………」
なんて優しくて頼もしい仲間たちだろう。こんな訳の分からない意味不明な話しを信じて無条件で手伝ってくれる。俺は世界一幸せ者だ。
「まだ襲来にゃ時間はあんだろ。山分けした金で新しい装備整えて、下水路の魔物で肩慣らしするにゃ丁度いいじゃねえか」
「そうだナ。今の装備も古くなってきていたし良い機会ダ」
「決まりだね」
「皆…………本当に有難う」
鼻の奥がつんとし、みるみる内に広がった水の膜が視界を歪ませる。
「おいおい、泣くんじゃねぇよ」
「なっ、泣いてない」
「どうせまた不安だったのだろウ。昔から安心すると泣くところは変わらないナ」
「うっ。って、だーかーらーその頭ワシャワシャ止めてよぉ!」
「あはは」
「レオも笑ってないで助けてよ!」
三人の笑い声が寝室に響く。
「あー、笑った笑った。腹いてぇ。…………ま、そんじゃあ明日は各々新装備の調達に向かうとすっか!」
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