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ルディ・リアリース⑧

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 俺は片手で口元を覆う。
 懐かしい鳩尾の痛み、紫時代に患った逆流性食道炎の症状が舞い戻ってきたかのようだ。だがここで吐いている場合ではない。俺は一度深呼吸をし、迫り上がる胃液を気合いで抑えつける。
 時間にして一分。どうにか嘔吐の波をやり過ごし、再度ナウシュヴォーナに注目する。彼も動揺を隠せない様子だが、どうやら機械方面には精通していないようでその衝撃は俺ほど重くはないようだ。
 故に俺はナウシュヴォーナに、Bindの各キャラ含むエンディングチャート全ての書き出しを依頼した。
 ナウシュヴォーナは不思議がっていたが、今後の為に必要不可欠だと主張する俺の圧にあてられ、慌てて筆記用具を手に取った。

「しっ、しかし、ユニたん。いや紫たん?」
「ユニで構いません。で、何です?」
「拙者、生まれてこの方エンディングチャートなるものの記載などした事がなく、今から行うとなると時間も」
「あ……」

 ナウシュヴォーナは時計の方へ頭部を寄せる。確かに全て執り行うにはあまりにも時間的余裕がない。ルディとの面会を合わせても残り一時間が関の山だろう。

「クソッ。――だったら今はレオと死んだヘルブリンを除いた四人、その中で貴方様から見て最も望みのありそうなキャラ二人優先でその行動や出来事を書いてください。エンディングチャートに関しては俺が後で纏めます」
「それならなんとか」
「残りのメンバーについては可能であれば“日本語か英語”表記で後日、なるたけ巻きで郵送して頂けますか」
「勿論良いにござるよ」

 後は今が皇都編のどの辺りなのか。
 それを含めて精査していかなくては。

「ユニ、俺も何か手伝おうか」
「有難う。だったら俺達が書き上げるまで人が近付いてこないか見張ってもらえる? あんまりこの作業を他人に見られるのは好ましくないからさ」
「判った」

 ペンの走る音が音楽となり、絶えず鼓膜を揺らす。誰も何も言わない。だがそれほど気まずい沈黙ではなかった。
 ややあってナウシュヴォーナが指定通り、二枚の資料を完成させる。
 選択したキャラは、実兄ワイズアライメントと意外にもロキの二人だった。
 時刻を確認する。
 残り時間は三十分弱。
 もう一人か二人はいけそうだ。

「こ、これで良いにござるか」
「すみません。もう一人追加お願いします」
「ユニたんは意外とSにござるか」
「なんとでもどうぞ」

 資料に目を通しながら頭の中でチャートを組み立てていくと、ナウシュヴォーナが尋ねる。

「ユニたん。ユニたんはこれで何をしようと思っているでござるか?」
「シナリオ修正、ですかね」
「修正できるでござるか!?」
「断言は出来ませんがしないよりはマシかと。正直私の考え通りなら静観の構えはあまりに危険なので」
「危険? どういう事にござるか?」

 やはり思い至れていなかったようだ。

「その前に例え話をしましょう。今、ナウシュヴォーナ様はゲームをプレイしているとします」
「はぁ」
「その際、貴方様は進行不能とまではいかないまでも可笑しな挙動を発見しました。そうしたらどうしますか?」
「公式、サポートセンターに報告してそのままプレイするにござる」
「そう。大半のプレーヤーはそうします。何故なら然したる問題がないから。けれどそれらが多発し、積み重ねていった結果、進行不能に繋がってしまったら」
「そりゃあパッチを待つ――あっ!」

 そこで漸くナウシュヴォーナは俺が言わんとしている事に気付いた。
 今がそれに近いのではないか、と。
 同時にナウシュヴォーナの顔がみるみる内に蒼ざめていく。

「理解しましたか」
「ややや、ヤバイでござるのでは!?」
「ええ。ヤバイですね」
「なっ、なんでユニたんは落ち着いているのであるか!?」
「そう見えるなら光栄ですよ」

 左の上腕二頭筋を掴む俺の右手は小刻みに揺れていた。

「ユニたん……」
「ですので今考えうる中で一番マシ、いえ最善手は今後出来うる限りシナリオに近い形へ然り気無く修正をかけること、くらいでしょう」
「たっ、確かにその通りでござるが、それだとルディたんの気持ちを蔑ろにしてしまうのでは」
「ならばこのまま静観しますか?」

 俺だって好き好んでやりたい訳じゃない。自然に身を任せてクリア出来るのなら諸手を上げて賛成する。でも現時点、俺とレオが暮らしていける未来がそこには確約されるか不明なのだ。
 この世界はルディの為のモノ。
 故に進行不能に陥る前にそれを達成してしまう他ない。

「俺は嫌です。俺はレオと共に生きたい。だからその為なら……ルディには最大限配慮して、例え嫌われてもこの物語を終わらせてもらいます」
「ユニたん……」
「止めますか?」

 ナウシュヴォーナは俯いて三拍、左右に頭を振った。そして何かを決意したように顔を上げた。

「どの道、物語はいつか終わるものにござる。拙者に必要な事なら何でも言ってくだされ」
「ナウシュヴォーナ様……」
「それに言い換えれば拙者がルディたんの恋のキューピッドになれるまたとない機会でござる。これはこれでなかなか滾るっ!」
「お前……」

 微上昇した株を瞬く間に下げる男……いや今のは敢えてそうしてくれたのだろう。多分。

「そうと決まれば、ユニたん! ルディたんには誰を宛がうか決めていたりは?」
「いえ。現時点ではなんとも。ただ彼の状況を鑑みて出来れば庇護者になれる人物が好ましいとは考えています」
「そうなると兄上か、支部長でござるが……」
「そうなんですが」

 俺は少しだけ渋る。
 資料と比較して、ワイズアライメントルートは喩えるなら昼帯放送の嫁姑問題ドラマだ。反対に先程完成した支部長ルートは、国家権力と戦う熱血ドラマに近い。正直、どちらにもルディをやりたくない。
 だからと言ってロキ、アイツと同じ悪魔に託すには不安要素が大きい。
 ああ、オズは最初から論外だ。

「ナウシュヴォーナ様はどちらが」
「拙者としては兄上ですな。性格は多少腹黒いですが、懐に入れた者にはとても優しい人格者ですぞ。何より二人が結ばれた後の濡れ場は最高に股間に直撃して、グフッ」
「うわぁ……」

 それを聞いただけでワイズアライメントルートを選びたくなくなる。

「あ、ですが支部長ルートも悪くないですぞ。あの熊のような男が自らの為に権力とヘルブリンに立ち向かうスチルは正に男が男に惚れるシーンで、濡れ場は獣のような巨大でありながらルディたんを優しくそれでいてねちっこく抱く様はグッときたものですぞ」

 なんで平等に下げてくるんだ貴様は。
 しかも説明に熱が入りすぎている所為か、早口で聞き取り辛い。
 俺は乱暴に頭を搔く。
 まあ結局のところ、俺達はワイズアライメントルートを選択する事にした。
 ナウシュヴォーナの見解と何かあった際にサポート出来る者が近場にいた方がいいと判断してである。
 その後は約束通り、ルディと面会したり、ロッテングルーとまた一悶着あったり、また兵士に襲撃されたりと中々目まぐるしい一日となった。
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