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ルディ・リアリース⑥

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 ナウシュヴォーナに案内された先は伯爵邸の応接室だった。
 間取りは支部長宅の寝室よりもやや大きく、数値で表すとならばおよそ50坪ほどだろうか。室内は美術館や画面の向こうでしか拝見する機会のない骨董品が幾つもあり、けれど主張しすぎないよう絶妙に安置したそれが訪問者の目を楽しませる。

「デールライト伯爵家現当主、ワイズアライメント・デールライトだ」

 ソファーに腰掛けて名乗るのは二十代後半の若者。優男という表現が相応しい整った顔立ちをしている。それでいて何処か腹黒そうだともとれる雰囲気を同居させている。
 橙に近い金髪はよく手入れされており、周囲の光を受けて天使の輪を浮かべている。天鵞絨ビロードの細い瞳が疲れたように揺らいでいた。
 現伯爵ともあり、服装は綺麗だ。
 胸元に見事な鷹の刺繍を施したジャケットを羽織り、その下には白地のシャツが収まっている。

「此度は本当に申し訳ない」

 ワイズアライメントは深く頭を下げる。既に兵士達の失態については耳にしていたのだろう。更に隣席のナウシュヴォーナから執事の問題行動について報告を受け、眉間を指で揉みほぐす。
 前世で世話になった上司もよくああしていた。あれは確かOS内のC言語、プログラミング言語の改修に当たっていた同僚が誤ってデータの一部に要らんもんを入力した過去最高のやらかしであった。当然始まる誤作動カーニバル、原因特定に何時間も頭を悩ませる俺を含めたエンジニア、その過程で新たな不備発掘による阿鼻叫喚あびきょうかん、差し迫る納期に大変怒号溢れるノンアットホームな現場となった。
 そんな過去と上司を思い出して、少しだけワイズアライメントに同情する。

「以後このような事が起こらぬよう徹底すると約束しよう。君達には本当に迷惑をかけた」

 ワイズアライメントが五千万と書かれた真新しい小切手を差し出した。
 賠償金だろう。貴族にしては間違っていない行動だ。だが俺の中でワイズアライメントの株は波を引いたように下がった。

「受け取ってほしい」
「兄上!?」
「ご、ごせん」
「ごめん、レオ」

 金額に目を剥くレオに断りを入れる。彼は疑問符を浮かべるも直ぐに俺の意図を察して頷く。

「これは受け取れません」
「……少ないと申すか」

 僅かに眉尻を上げたワイズアライメントに俺は緩く首を振る。
 名誉と誇りを重んじる貴族の考え方としてならばワイズアライメントの行動は決して間違いではない。
 けれど俺からしたらこれは“賠償金”ではなく、只の“口止め料”でしかなかった。

「多すぎるのです」

 俺の発言にワイズアライメントは数秒、虚を突かれたように目を開いた。それでも直ぐに表情を戻す辺り、かなり高度な自己コントロールを有していると分かる。

「これは口止めも兼ねている」
「存じております」
「成る程!」

 得心がいったとナウシュヴォーナは手を打ち鳴らした。続けて言う。

「確かにそう見えるでござるな」
「……ナウシュヴォーナ」

 未だ正解に辿り着かない実兄にナウシュヴォーナが耳打ちする。ナウシュヴォーナは理解していたようだ。
 彼、ワイズアライメントが提示した金額は“口止めを兼ねた賠償金”でなく、“賠償を兼ねた口止め料”になっているから、と――。
 結果的には同じだと、くれるというなら遠慮なく貰えばいいと、呆れる者もいるだろう。だが俺からしてみればその僅かな差は酷く大きなものだった。
 手にしてしまえばそれを認めるようでどうしても嫌だったのだ。

「理解出来んな」
「そういう価値観もあるでござるよ」
「ハァ。……であれば君は如何ほどならば満足するのだ」
「この金額の十分の一で構いません」
「十、」

 ワイズアライメントがレオを窺う。お前はそれでいいのかという確認だ。だが返ってきたのは、是とした穏やかに微笑みのみ。

「そうか。であれば私の答えは否だ。そのような条件は到底飲めない」

 部屋の空気がピリッと締まる。

「君にもこだわりがあるように私にも貴族としての面子がある。最低でも二千五百万。それ以下は認めない」
「しかしっ」
「君は私が賠償を軽視したと見ているがそのような思想は一切ない。君達への暴行に不当勾留、器物損壊……本来あってはならぬ事が起きたのだ。これらは唾棄だきすべきものであり、君達が受け取るべき正当な金額だ」

 恐らくワイズアライメントはこれ以上譲らないだろう。上級冒険者の如き気迫に俺は息を飲む。

「承知、致しました」
「そうだ。兄上、ロッテングルーへの罰も忘れないでほしいでござるよ」
「判っている」
「本当に。本当に本当にござるな」
「近い!」

 鼻息荒く顔を近付けるナウシュヴォーナにワイズアライメントが心底嫌そうに顔を背ける。

「ユニたん、約束守ったでござるよ」
「ア、ハイ」
「……君はこれと仲が良いのか」
「いえ全く」

 食い気味に否定する。
 こんなのと友人であってたまるか。

「そんなぁ」
「そうだ。伯爵様、二つお願いがあるのですが宜しいでしょうか」
「内容による」
「現在この邸宅にて保護しているルディ・リアリースとの面会とナウシュヴォーナ様との対談をお許し頂けますでしょうか?」
「……何故だ」
「ルディ・リアリースとは浅からぬ縁がございまして。その、彼から不穏な言葉を幾つか聞かされていたこともあり、一度顔を見て安心したいのです。ナウシュヴォーナ様には」

 俺はボロ紙とペンを取り出し、日本語と英語で『場所を変えて話したい事がある』と書いて彼に渡す。

「これは!?」
「どうした」
「ななな、なんでもないにござる! 拙者もユニたんとまだまだ話したいと思っていたところにござる! さあさあ此方にどうぞ! 兄上、ルディたんの元には拙者が案内するでござる!」
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