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情報量が多い!⑮

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 お幸せに。
 そう、オズに最期の言葉を託して、一条 星夜がこの世から消えた。
 その事実に俺の心が軋みを上げる。あれほど憎み、それでもどうにかケジメをつけたというのに、まさかこんな終わりを迎える事になってしまい、喜びよりも後味の悪さが勝っていた。
 心の中で星夜の顔を浮かべると、胸元を握り、レオの背中に顔を擦る。

「ユニ?」
「ごめん。ちょっとだけこうさせて」

 俺の言葉にレオは同意を示し、俺を背負ったまま雑踏をかきわける。
 威勢のいい客引きと名前も知らない住人達の与太話や噂話がそこかしこから流れてくる。俺は目を閉じてその全てを聞き流す。
 彼とは金輪際関わり合いになりたくなかったが、消えて欲しいほどではなかった。

「どうしてなんだろ……」

 俺の呟きは雑踏に紛れて消える。

「そうだ、ユニ。この辺りにちょっと覗いていきたいなと思っているお店があるんだけど少し寄っていってもいいかな。もちろんそんなに長居もしないし、あ、でも身体が辛いようなら無理にとは言わないからさ」

 レオの明るい声が、どうかなと答えを待つ。此方を気に掛けてくれているのがひしひしと伝わり、敢えて俺もそれに乗った。

「行ってみたい。そのお店ってどんなところなの?」
「宝飾品店だよ。ここから近いんだ」

 レオの身体が左に動く。俺の腰に響かないよう、速度を弱めてくれている。
 その細やかな気遣いに、俺は慚愧の念に襲われた。
 なんて様だ。
 今此処に俺を愛して一生添い遂げようと言ってくれた彼の前で、前の男のことを考えるなど。
 そもそも勝手に消える方が悪い。消えるなら俺の姿が見えなくなってから消えるべきだ。
 俺は自分の頬を軽く叩き、レオの背中から感じる温もりに目を瞑った。

「ねぇ、レオ。小耳に挟んだんだけど剣を握る人って指輪とか嵌めた状態だと力の入れ具合が変わるからあまり装着しないらしいんだけど、レオももしかしてそっちだったりする?」
「うーん、どうだろう。俺はした事無いから何とも言えないかな。けど何で指輪……もしかして」

 レオの歩行が止まり、顎の下の部分を極力右肩にくっつけた。驚きと期待が入り交じった瞳。それがゆらゆらと揺れている。

「もしかしなくても。このピアスのお礼に結婚指輪買おうと思うんだけど貰ってくれる?」

 俺の色と同じ右耳のピアスを突きながら尋ねると、レオの全身が僅かに揺れる。

「レオ?」
「どうしよう。今すっごく嬉しい」

 片手を口元に持って行き、再び正面を戻ってしまったレオの耳が茹で蛸のように赤く染まる。
 どうやら構わないようだ。
 前世のように高い物には手は届かないが、彼のために一生懸命選ぼう。何かあっても後悔しないように、絶対に彼と共にこの世界で生きるために。

「あ、でもお金は俺にも出させてね。だってこのピアスはあくまで誕生日プレゼントなんだから」
「え、やだ。俺が指輪買って、レオに一生一緒にいてくださいってプロポーズしたいんだもん」
「なにそれ狡い!」
「狡くない!」
「俺もユニにプロポーズしたい」
「もうしてくれたじゃん!」
「指輪は渡してない!」
「おい、兄ちゃん達。仲が良いのは良いことだが、こんな往来で痴話喧嘩なんてするもんじゃねーぞ」

 背後に犬と猫のじゃれ合いが浮かぶ中、街の住民だろう作業着の男が擦れ違い様にレオの肩を叩いた。
 言われて気付く。
 話しを聞いていて擦れ違う人々が、微笑ましいものを見るように俺達の横を次々と通り過ぎていった。
 俺とレオの顔面が同時に朱に染まる。

「……行こっか」
「……うん」

 流石に恥ずかしくて俺達はそのまま、気持ち早足で宝飾品店に向かった。
 店の名前はマチルダというらしい。
 定宿同様趣のある外観から入店すると、初老を迎えた女性と彼女の孫くらいの年齢の店員が俺達を出迎えた。そうして人当たりの良さそうな柔和な老女がレオに気付き、ゆったりと、それでいて遅すぎない速度で前に立つ。
 そういえば今身に着けているピアスも宝飾品店で買ったと言ってたなと店内を見渡すと彼女は俺を、いや正確には俺の耳に注目し、ほうれい線を深くする。

「ようこそおいでくださいました。本日は何をお求めでございましょう」
「指輪です。冒険の邪魔にならない極力シンプルなものってあります?」
「でしたら此方へどうぞ」

 案内されたショーケースはこじんまりとした一角。レオ曰く冒険者御用達らしく、確かによく言えばシンプル、悪く言えばありきたりなお一人様専用量産品が並んでいた。

「すみません。ペアの指輪とかってあります?」
「ペア……少々お待ちくださいませ」

 カウンターの奥に下がった老女が、箱を積んだ棚を卸し始める。
 少し時間がかかりそうだとまた店内に目を走らせると若い店員が男女の冒険者に接客をしている最中だった。
 互いをみやる視線と雰囲気から察するにまだ付き合いたての恋人同士なのだろう。とても初々しく微笑ましい。

「知り合い?」
「ううん。微笑ましいカップルだなって思って」
「お待たせ致しました。此方などは如何でしょうか」

 差し出したのは、リングケースに入った一対の細い銀の指輪だ。注文通り凝った模様ではないものの、何処か目を離せない魅力を放つ。手に取って眺めてみれば、輪の裏に彫られた小さなハート部分にそれぞれ赤茶と緑の色硝子が嵌め込まれていた。

「……うわぁ!」
「これいいね」
「うん。これ好き」
「俺も。これなら剣を握る上でも邪魔にならないし、何よりこのピアスとセットみたいで気に入った」
「では此方で宜しゅうございますか」
「はい! あ、サイズは」

 何号であるか口に出そうとすると、彼女は一層笑みを深くして、それで合っている筈だと告げる。
 念の為、試着してみると――。

「…………合ってる」
「俺のも」

 寸分の狂いもなく、薬指に納まっている。恐るべし、ベテラン店員。

「ではお会計なさいますか」
「あ、料金はそれぞれ別々でお願いします」
「はぁっ!?」

 俺に声に驚いた男女と若い店員がこっちに振り返る。一瞬にして羞恥が走るものの、肝心のレオはどこ吹く風で寂しそうに鳴く犬のように俺を見下ろしている。

「っ。…………レオの指輪は俺が払うからね」
「やった!」

 惚れた弱みには抗えなかった。
 結局それぞれ会計してもらい、俺の物となった指輪を手に取る。
 陽だまりの下にいるかのようなじんわりとした温かさに包まれていると、老女が一言告げる。

「ご結婚おめでとうございます」
「「!?」」

 祝福の言葉に俺達は顔を見合わせ、彼女に感謝を告げる。サービストークかもしれないが他人に祝ってもらうのは嬉しいものだった。

「ユニ、これから丘公園行こう!」
「うん、行く」

 あの花々が咲き乱れる場所ほどプロポーズに適した場所はない。善は急げとばかりにレオは俺をお姫様抱っこし、慌ただしく店内を出る。
 その時だった。
 外に出て数歩進んだ先で、何かがどんと俺達にぶつかる。幸い俺達、レオの驚異的な体感により此方に被害はなかったものの、ぶつかったフードの男が盛大に後ろへ飛んだ。

「いたた……」
「ユニ、大丈夫?」
「大丈夫。レオは」
「俺も問題ないよ。すみません。大丈夫ですか」
「こちらこそすみません。ちょっと急いでて」

 言いながら彼の目深に被っていたフードが後ろに傾いた。
 俺達は目を見開く。
 そこに居たのは、一月以上、支部にも顔を見せなかったルディその人であった。

「ルディ!」
「え……ユニさん!」

 同じように驚愕したルディが一転、海の青の如き瞳に水の膜を張り、俺達に泣きついた。

「助けてください。僕、追われてるんです」
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