65 / 98
情報量が多い!⑮
しおりを挟むお幸せに。
そう、オズに最期の言葉を託して、一条 星夜がこの世から消えた。
その事実に俺の心が軋みを上げる。あれほど憎み、それでもどうにかケジメをつけたというのに、まさかこんな終わりを迎える事になってしまい、喜びよりも後味の悪さが勝っていた。
心の中で星夜の顔を浮かべると、胸元を握り、レオの背中に顔を擦る。
「ユニ?」
「ごめん。ちょっとだけこうさせて」
俺の言葉にレオは同意を示し、俺を背負ったまま雑踏をかきわける。
威勢のいい客引きと名前も知らない住人達の与太話や噂話がそこかしこから流れてくる。俺は目を閉じてその全てを聞き流す。
彼とは金輪際関わり合いになりたくなかったが、消えて欲しいほどではなかった。
「どうしてなんだろ……」
俺の呟きは雑踏に紛れて消える。
「そうだ、ユニ。この辺りにちょっと覗いていきたいなと思っているお店があるんだけど少し寄っていってもいいかな。もちろんそんなに長居もしないし、あ、でも身体が辛いようなら無理にとは言わないからさ」
レオの明るい声が、どうかなと答えを待つ。此方を気に掛けてくれているのがひしひしと伝わり、敢えて俺もそれに乗った。
「行ってみたい。そのお店ってどんなところなの?」
「宝飾品店だよ。ここから近いんだ」
レオの身体が左に動く。俺の腰に響かないよう、速度を弱めてくれている。
その細やかな気遣いに、俺は慚愧の念に襲われた。
なんて様だ。
今此処に俺を愛して一生添い遂げようと言ってくれた彼の前で、前の男のことを考えるなど。
そもそも勝手に消える方が悪い。消えるなら俺の姿が見えなくなってから消えるべきだ。
俺は自分の頬を軽く叩き、レオの背中から感じる温もりに目を瞑った。
「ねぇ、レオ。小耳に挟んだんだけど剣を握る人って指輪とか嵌めた状態だと力の入れ具合が変わるからあまり装着しないらしいんだけど、レオももしかしてそっちだったりする?」
「うーん、どうだろう。俺はした事無いから何とも言えないかな。けど何で指輪……もしかして」
レオの歩行が止まり、顎の下の部分を極力右肩にくっつけた。驚きと期待が入り交じった瞳。それがゆらゆらと揺れている。
「もしかしなくても。このピアスのお礼に結婚指輪買おうと思うんだけど貰ってくれる?」
俺の色と同じ右耳のピアスを突きながら尋ねると、レオの全身が僅かに揺れる。
「レオ?」
「どうしよう。今すっごく嬉しい」
片手を口元に持って行き、再び正面を戻ってしまったレオの耳が茹で蛸のように赤く染まる。
どうやら構わないようだ。
前世のように高い物には手は届かないが、彼のために一生懸命選ぼう。何かあっても後悔しないように、絶対に彼と共にこの世界で生きるために。
「あ、でもお金は俺にも出させてね。だってこのピアスはあくまで誕生日プレゼントなんだから」
「え、やだ。俺が指輪買って、レオに一生一緒にいてくださいってプロポーズしたいんだもん」
「なにそれ狡い!」
「狡くない!」
「俺もユニにプロポーズしたい」
「もうしてくれたじゃん!」
「指輪は渡してない!」
「おい、兄ちゃん達。仲が良いのは良いことだが、こんな往来で痴話喧嘩なんてするもんじゃねーぞ」
背後に犬と猫のじゃれ合いが浮かぶ中、街の住民だろう作業着の男が擦れ違い様にレオの肩を叩いた。
言われて気付く。
話しを聞いていて擦れ違う人々が、微笑ましいものを見るように俺達の横を次々と通り過ぎていった。
俺とレオの顔面が同時に朱に染まる。
「……行こっか」
「……うん」
流石に恥ずかしくて俺達はそのまま、気持ち早足で宝飾品店に向かった。
店の名前はマチルダというらしい。
定宿同様趣のある外観から入店すると、初老を迎えた女性と彼女の孫くらいの年齢の店員が俺達を出迎えた。そうして人当たりの良さそうな柔和な老女がレオに気付き、ゆったりと、それでいて遅すぎない速度で前に立つ。
そういえば今身に着けているピアスも宝飾品店で買ったと言ってたなと店内を見渡すと彼女は俺を、いや正確には俺の耳に注目し、ほうれい線を深くする。
「ようこそおいでくださいました。本日は何をお求めでございましょう」
「指輪です。冒険の邪魔にならない極力シンプルなものってあります?」
「でしたら此方へどうぞ」
案内されたショーケースはこじんまりとした一角。レオ曰く冒険者御用達らしく、確かによく言えばシンプル、悪く言えばありきたりなお一人様専用量産品が並んでいた。
「すみません。ペアの指輪とかってあります?」
「ペア……少々お待ちくださいませ」
カウンターの奥に下がった老女が、箱を積んだ棚を卸し始める。
少し時間がかかりそうだとまた店内に目を走らせると若い店員が男女の冒険者に接客をしている最中だった。
互いをみやる視線と雰囲気から察するにまだ付き合いたての恋人同士なのだろう。とても初々しく微笑ましい。
「知り合い?」
「ううん。微笑ましいカップルだなって思って」
「お待たせ致しました。此方などは如何でしょうか」
差し出したのは、リングケースに入った一対の細い銀の指輪だ。注文通り凝った模様ではないものの、何処か目を離せない魅力を放つ。手に取って眺めてみれば、輪の裏に彫られた小さなハート部分にそれぞれ赤茶と緑の色硝子が嵌め込まれていた。
「……うわぁ!」
「これいいね」
「うん。これ好き」
「俺も。これなら剣を握る上でも邪魔にならないし、何よりこのピアスとセットみたいで気に入った」
「では此方で宜しゅうございますか」
「はい! あ、サイズは」
何号であるか口に出そうとすると、彼女は一層笑みを深くして、それで合っている筈だと告げる。
念の為、試着してみると――。
「…………合ってる」
「俺のも」
寸分の狂いもなく、薬指に納まっている。恐るべし、ベテラン店員。
「ではお会計なさいますか」
「あ、料金はそれぞれ別々でお願いします」
「はぁっ!?」
俺に声に驚いた男女と若い店員がこっちに振り返る。一瞬にして羞恥が走るものの、肝心のレオはどこ吹く風で寂しそうに鳴く犬のように俺を見下ろしている。
「っ。…………レオの指輪は俺が払うからね」
「やった!」
惚れた弱みには抗えなかった。
結局それぞれ会計してもらい、俺の物となった指輪を手に取る。
陽だまりの下にいるかのようなじんわりとした温かさに包まれていると、老女が一言告げる。
「ご結婚おめでとうございます」
「「!?」」
祝福の言葉に俺達は顔を見合わせ、彼女に感謝を告げる。サービストークかもしれないが他人に祝ってもらうのは嬉しいものだった。
「ユニ、これから丘公園行こう!」
「うん、行く」
あの花々が咲き乱れる場所ほどプロポーズに適した場所はない。善は急げとばかりにレオは俺をお姫様抱っこし、慌ただしく店内を出る。
その時だった。
外に出て数歩進んだ先で、何かがどんと俺達にぶつかる。幸い俺達、レオの驚異的な体感により此方に被害はなかったものの、ぶつかったフードの男が盛大に後ろへ飛んだ。
「いたた……」
「ユニ、大丈夫?」
「大丈夫。レオは」
「俺も問題ないよ。すみません。大丈夫ですか」
「こちらこそすみません。ちょっと急いでて」
言いながら彼の目深に被っていたフードが後ろに傾いた。
俺達は目を見開く。
そこに居たのは、一月以上、支部にも顔を見せなかったルディその人であった。
「ルディ!」
「え……ユニさん!」
同じように驚愕したルディが一転、海の青の如き瞳に水の膜を張り、俺達に泣きついた。
「助けてください。僕、追われてるんです」
161
お気に入りに追加
641
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる