二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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情報量が多い!⑨

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 そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。ある漫画の台詞が浮かぶほど俺は今とてもがっかりしてる。
 視界全面に広がる満天の星々。
 かつて騙し討ちで颯斗が連れて来た長野県の駒ヶ岳に酷似した光景だ。
 その中空、重力という鎖から解放された俺は宙を飛んでいた。
 最悪だ。舌を打ち、俺は速度を早めながら上空へ舞い上がる。
 何百、何千……。
 だというのに不思議な事に進めど進めど、景色は変わらない。
 上昇し続けた身体をゆっくりと止め、頭皮を傷つける勢いで掻き毟って深く深く息をついた俺は、大地を見下ろす。煌々と輝く月と星の光が、全てを照らしている。
 雨粒に濡れた草が風で揺れるたび、宝石のようにきらきらと反射する。
 とても美しい光景だ。
 なのにとても憎たらしい。

「何で今更こんなもん見なきゃならねぇんだよ……」

 目に映る全てが歪む。
 ぽたぽたと流れて落ちた涙が、地上へと向かっていった。
 レオに会いたい。
 会って抱き締めてもらいたい。
 その時だった。まるで俺の心を反映しているかのように何処からともなく雨が降り出した。バケツをひっくり返したような強い雨だ。

「ハハッ……こんなに晴れてんのに」

 ぼんやりと真下を眺めていると、ふいに前方に人の気配がした。
 もしかしてレオかと期待に喜び勇んで顔を上げ――そして後悔した。

 身長185㎝、肌は健康的な小麦色。
 顔立ちは彫りの深い欧米風でありながら、オールバックに流した髪は日本人らしい漆黒。切れ長の目の下にはセクシーな泣き黒子が二つ並んでいる。
 服装は山に到底不釣り合いなブランドのスーツ、ネクタイまでしっかり締めている。胸元には向日葵と天秤を刻んだバッジが光っている。
 精悍せいかんな弁護士が俺を見る。
 俺は奥歯をきつく噛んだ。
 男の名は、荻野目おぎのめ 颯斗。
 生涯を誓い合っておきながら、仕事と宣い、浮気した元恋人だ。

「よく俺の前にその面、晒せたな」

 颯斗は何も言わない。
 穏やか目で微笑んでいる。
 最愛に向けるような甘さを孕んだ――大好きだったその表情で。
 カチンと腹が立った。

「黙ってないでなんとか言えよ! ていうか少しは悪びれろや!」

 口にしたら最後、止まらない。
 顔面の皮膚がどんどん、どんどん上に吊り上がっていく。

「そんなに女の方が良かったのかよ。コソコソ、コソコソ裏で会うくらいには好きだったのかよ!」

 それでも颯斗は答えない。

「答えろよ! それともあれか。別れを切り出したら俺がみっともなく縋ると思ったか。態とあの場所で見せつけて傷付く俺が見たかったか。ハッ、だとしたら大成功だよ。ほんと良い趣味してるよお前」

 ああ、今の俺、凄く醜いな。
 ゲリラ豪雨のように雨足が強まり、雨なのか涙なのか、水が絶えず流れて落ちる。

「……なぁ、なんで言わなかったよ。男の俺には飽きたって。自分の血を引く子供が欲しくなったって。ちゃんと言ってくれたら俺は別れたよ」

 気付いたら泣きながら笑っていた。

「俺、颯斗の事、本当に好きだったんだよ……!」
「知ってる」

 動かなかった颯斗が俺を抱き締めた。息が詰まるほどに強く、苦しく、力を込める。
 鼻先に懐かしい香りが転がる。
 清涼感のある檸檬とシトラスの香水で、颯斗の誕生日に俺が直接選んでプレゼントした一品だ。

「離せ! 離せ! 離せ、よぉ……」
「ごめん」
「嫌い。颯斗なんか嫌いだ!」

 昔、俺の感情が爆発した時のように揺らしてあやす颯斗。
 それがとても懐かしくて、嬉しくて、憎くて、悔しくて……子供のように泣いてしまった。


「……落ち着いた」
「落ち着いた。離せ」
「それは嫌だ」
「じゃあ一発殴らせろ」
「紫、凄く暴力的になってない!?」
「この状態で冷静だったら恐ろしいわ! 浮気野郎!」
「いててて。待って、待って。そもそも俺、浮気してないから!!」
「テメエ、この期に及んで、そんな嘘を!」
「嘘じゃない。嘘じゃないから」
「え」

 攻撃の手を休め、呆然とする俺に、颯斗はほっと胸を撫で下ろす。

「ちゃんと話しするからさ」
「……判った」

 取り敢えずどんな言い訳が出るのやら。俺はその場に胡座をかき、颯斗は正座で向かい合う。

「で、なに」
「紫、柄も悪くなったね」
「は?」
「なんでもないです。その、クリスマスの日にあった女性なんだけど」
「おう」
「あれ、俺の実の弟なんだ」
「……歯を食いしばれ」
「わー!! 待って待って待って。ほんと、ほんとにほんとだから!」
「嘘つくならもっとマシな嘘つけや」

 腸煮えくり返って結局一発殴った。
 とても良い音がした。

「痛い! 本当に本当なのに……」
「あ゛、まだ言うか!」

 拳を振りかぶって、はたと気付く。
 颯斗の鼻の穴が広がっていない、と。

「……本当にあの女が弟さんなの?」
「はい!」

 再度、鼻に注目するが全く変動はない。と、いうのも颯斗は嘘をつく時、鼻の穴が面白いくらいに揺れるのだ。

「え、じゃあ浮気は」
「法の神に誓って一切しておりません! 俺は紫一筋です!」
「は、え、でもだったらなんであんなにベタベタ……」
「あれは蘭丸、殆ど海外で暮らしていた弟がパートナーのDV受けて帰国したんだけど、ちょっと見ない間に性転換手術して戸籍も女性になって、更に両親と大喧嘩して、小料理屋開くから保証人になってくれないかって相談だったんだよ」
「…………ごめん。なんて?」
「だから弟が女になって、両親と大喧嘩した所為で小料理屋開く為に必要な保証人が居ないから俺になってくれって会いにきたんだよ」
「肩組んでたのは……」
「オーケーしたら嬉しさのあまり抱きついてきただけで、そういう感情は一切ありません!」
「ハァアアアア!?」

 なんっっっって紛らわしい。
 頭を抱えて唸る俺に、颯斗は気まずそうに頬を搔く。

「いや待て。だったら何で直ぐ白状しなかった? そもそも仕事なんて嘘つく必要もないじゃん」
「それに関しては申し訳ない。一応、元彼との接触や諸々の手続きとかそっち方面に強い弁護士の紹介もしてた。あと紫に写真撮られた後、以前弁護して身元保証人になっていた子が脳梗塞で倒れて、急遽病院に呼ばれたんだ」

 鼻の穴に変化はない。
 どうやらこれも真実のようだ。
 そこでざあざあと降っていた雨がぴたりと止み、夜空があけていく。

「うわぁ……」
「俺からもごめん。俺があの日、紫を選んでいたら君は」
「……そっか。そっか。そっか」

 颯斗は俺を裏切っていなかった。
 それどころかアイツの言う通り、俺の後を追うくらい俺を愛してくれていた。

「良かった……けどごめん。俺は今さ、二度目の人生を生きてて、お前じゃない相手と一生添い遂げるって約束してるんだ」
「あ、うん。それも知ってるよ」
「知ってんのかよ! ……その、いいの?」
「いいよ。だって――」

 颯斗が何かを言っている。
 が、どういう訳かそれが聞き取れず、眩いほどの太陽光が俺の目を刺激する。

「待って。もう一回」

 その言葉を最後に俺の身体は光に包まれ、夢の世界から追い出された。








 パチパチと目を瞬く。
 視界正面には逞しい胸板が映っている。

「……あれ」
「ふぁああ。ユニ、おはよう」
「あ、おはよう。レオ」
「良い夢でも見た?」
「どうして?」
「なんか顔がすっきりしてるよ」
「なんだろ。なんか夢を見ていた気はするんだけど、全然思い出せない。忘れちゃいけない事だったような」
「まあ夢なんてそんなものだよ」

 そう言ってレオの唇が額にくっつく。

「あ、でも俺も今日は夢見たんだ。多分あれユニの姿かな。黒髪黒目の凄い美人さんで、抱き締めたら一回殴られちゃった」
「なにそれ」
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