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新たな脅威⑮
しおりを挟む「みん、なぁ……」
ユニの力無い手が仲間へ伸びる。
けれどそれはヘルブリンによって阻まれ、身体ごと寝台に投げられる。
またのし掛かられる。全身が硬直するも、あの不快極まりない重さは来訪せず、犯人は無言で寝台を降り、侵入者と対峙する。
「下等生物共が。王の寝所への侵入のみならず、我が后への軽率な物言い……万死に値するぞ」
「あ゛。何ほざいてんだ」
疲労の色を晒しながらも、目だけは爛々と闘志を燃やすオズが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「その巫山戯た見た目同様、頭の中身も大分イかれてんなぁ、オイ」
「…………貴様」
「おっ。化けもん風情が一丁前に怒ってんのか。プッ」
「……その口を閉じよ。下等生物」
「下等生物ぅ? これだから魔物は駄目だな。いいか、俺様にゃオズ・ベアリングズつー世界一カッコいい名前があんだよ。その少ねえ脳味噌によーく刻んどけアホンダラ!」
ま、低能な魔物にゃ土台無理かも知れねえけどな。やれやれと態とらしく肩を落とす仕草に、ヘルブリンの額に一本の青筋が浮かぶ。
「……す」
「あ? 聞こえねぇよ。言いてえ事があんなら腹から声だせ腹からよ」
「 殺 す !! 」
ヘルブリンの堪忍袋が音を立てて弾けた。彼の足周辺。大地に罅が走った直後、爆風が巻き起こった。次いで甲高い金属音が穴倉に反響する。
「! ローフェウス、貴様っ!」
ヘルブリンが吼える。
その険しい形相の先には、柄に蛇の巻き付いた槍の刃先を細剣にて受け止めるロキがいた。やや青白かった顔色は幾分か回復し、あの胡散臭い笑みを作る。
「やあ、兄弟」
まるで長年の友にでも相対したかのような気安さだ。
「まさか君が現界しているとは思いませんでしたよ」
「退け! 貴様と談笑する気はない」
「それは困りましたね」
全く困ってない口振りのまま、細剣で槍を弾く。そのまま神速の如き速度で斬りかかり、オズ、ラム、グノーもそれに続いた。
仲間の声と金属と金属のぶつかり合う音が全ての鼓膜を劈く。
そんな中、一人取り残されたユニは必死に上体を起こそうと藻掻いていた。性行為による負荷と飲食拒否の弊害か、シーツに押し当てた手が滑り台のように何度も滑る。
身体が重い。
けれどユニは諦めなかった。
「れお、らむ、ぐのー」
仲間の元へ帰りたい。
ただその一心で挫けそうな自分を奮い立たせた。
「かえ、る。かえる。ぜっ、たいに」
何度目かの挑戦の時、近くで人の靴音がした。音の発声主はそのままゆっくりと寝台に乗り上げ、ユニの傍に寄ってくる。
「あ……あ……」
足元が抜けたみたいな絶望が全身に襲い掛かる。心臓が早鐘を打ち、歯と歯が小刻みにぶつかり合う。
温かな手がユニへと触れる。
「や、いやっ!」
「しー。ユニ、俺だよ」
「へ……れお?」
「そう。レオだよ」
ユニの目が、ぱちぱちと瞬く。
夢を見ているのだろうか。
目の前にレオが居る。
「待たせてごめんね」
紫を裏切った颯斗そっくりの声で、彼は穏やかに微笑んでみせた。
一秒の沈黙とともにユニの涙腺が決壊する。
「っ…………おぞいよぉ」
「ごめん。もう大丈夫だから一緒に帰ろう」
「う゛ん……う゛ん」
レオの腕の中で、さめざめと泣きながら首を振る。彼の優しい陽だまりの香りが、何よりもユニを安心させた。
そしてすんすんと鼻を鳴らす彼を一撫でし、その手で支えながら二人で寝台を下りる。
入り口を見れば、まだ仲間達が激しい戦闘を続けている。
「歩けそう?」
「ちょっとむり」
生まれたての子鹿のように膝が笑っていた。これでは走るどころか、歩くことさえ難しいだろう。
それが解ったレオがユニを背負おうと動いたその時――。
「貴様っ! 我が后に何をしている!!」
ヘルブリンの怒声が空気を揺らす。
続けて何かをぶん投げるような音。
それが槍であるとレオが認識したのは、刺さる三秒前。
「(避けられない!)」
レオの脳内に走馬燈が流れ、当たると思われた刹那、ユニが前に出た。
どしゅ、と音がした。
「……あ……ゴホッ」
口から吐いた赤い液体が、びしゃっと地面を濡らす。直後、ユニの身体はゆっくりと後ろへ傾く。
「ユニ……ユニィイイイ!!!!」
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