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新たな脅威⑬
しおりを挟むあれからどれくらい時が経ったのか。
何日も灼熱砂漠を彷徨うような焦燥を感じながら、疾風迅雷一行は現在、迷路の中にいた。
全員の足が止まる。
正面に立ちはだかるは行き止まりと、ケース内に並ぶ数字駒。ただ大森林ダンジョンのものとは異なり、今回のものは駒の数は九つと少ない。
名称はスライディングブロックパズル。枠内にある数字駒を空所を利用して、正しい配置に並べ直すパズルだ。
苛立ったレオが壁を殴る。
またこれだ。迂回しても迂回しても似た物が自分達の行く手を阻む。
一刻も早くユニを助けに行かなければいけないのに。
彼はきつく奥歯を噛み締める。
思いつくものは全て試した。皆同じ配列に揃えたり、何処かにヒントが隠されていないか隅々まで探し回った。
だのに一つも打開策がない。
「レオ、大丈夫か」
若干疲れを滲ませたラムが話し掛けてくる。
「問題ないよ。それより、っ」
「おい、ふらついてんじゃねえか。無理せず一回此処で休むぞ」
「そんな暇は!」
「…………後ろ見ろ」
促され、振り返る。
そこにはユニを除いた面々と……特にルディの肩を借りて立つロキの姿が目に入る。表情こそ普段通りだが、その顔色はまだ青白い。
「……十分だけ休もう」
「すみません。お手数おかけします」
全員の荷を下ろし、その場に腰をおろす。すると漬物石でも乗せたような重さが全身に襲いかかる。
予想以上に疲弊していたようだ。
他のメンバーに至っても同じ。
各々水を飲むなり、体を休めるなり、記録した紙と睨めっこするなりと様々だが、回復に専念していた。
睨めっこ中のグノーに近付く。
「どう、何か解る?」
「いヤ。こんな時、ユニがいたら。…………すまン」
失言に気付いたグノーが押し黙る。
確かに大森林ダンジョンをほぼノーミスクリアした彼なら望みはあっただろう。だがその肝心のユニが此処には居ない。
「あの。よかったらこれどうぞ」
嫌な静寂を裂き、ルディが手を差し出す。乗せているのは携帯食だ。
礼を言って一つ口に放る。
硬い砂を噛むような食感と苦味が舌の上に広がる。
「……不味いね」
「まあ携帯食だからナ」
「そう、だね」
味気のない食事だ。
ユニの手料理が食べたい。
ユニの声が聞きたい。
ユニに会いたい。
ユニを抱きしめたい。
脳裏に彼の姿がよぎる度、レオの鼻の奥が、つんと痛む。
「……泣いているのカ」
「泣いてない」
「ユニならきっと大丈夫ダ」
根拠のない慰めは彼の優しさだ。
壁を殴りつけた手を握る。
あの時、あの男に告げられた言葉が忘れられない。
『良い情報? いや、お前等にとっちゃ悪い情報か。あの御方はユニちゃんをいたくお気に召したぜ』
『こっそり覗いてきたが、そりゃあもう激~しく激~しく愛されてたぜぇ』
『ひょっとしたらお前等が行く頃にゃ、ユニちゃん、犯り殺されたりしてな。アッハッハッ!』
頭の中で嫌な想像が頑固な汚れのようにこびり付いて消えない。
もしその通りになっていたら、一体如何すればいい。
もしまた“あの時”みたいになったら――。
「(あの時?…………痛っ)」
頭痛が走る。
二日酔いと同じ、頭の芯を延々と容赦なく叩き続ける鋭い痛みだった。
次いで目の奥に映像が浮かぶ。
見たことのない男が見知らぬ場所で、目の前に倒れている若い男を茫然と眺めているシーンだった。
その男は酷い喪失感と絶望に苛まれながら、若い男の名を呟く。
どうして、紫――と。
レオの記憶にはない名前。だのにレオはどういう訳か彼を、紫を『ユニ』だと認識していた。
黒髪黒目の綺麗な男。
ユニとは歳も見た目も似ていない。なのに彼はユニであると、レオの中の何かがそう強く訴えていた。
「…………い。おい。レオっ!」
「へ」
揺すられて我に返る。
「いきなりどうしタ」
「え?」
指摘を受け、レオは初めて自分がスライディングブロックパズルの前に移動している事に気付いた。
次いで地響きにも似た音と共に、行き止まりが新たな道を解き放つ。
「……開いた」
「すげぇじゃねえか、レオ!」
「どうして解けタ?」
「解けた?――なんでだろう」
歓声から一転、『ハァ!?』と方々から疑問の声が飛ぶ。
「白昼夢、なのかな? 急に頭痛がしたと思ったら頭の中に何か映像のようなものが見えて気付いたらこうなっていたんだ」
「おいおい、大丈夫かよ」
「もう一度休むか。つか白昼夢って何を見たよ」
「確か……あれ?」
思い出そうとしたレオが首を捻る。
何かとても大事な事だったのに、それがどうしても思い出せない。
「ごめん、忘れたみたい。けどその問題、多分中の数字を順番通り並べれば先が開けるみたいだよ」
「いやいやいや。流石に意味わっかんねえんだけど!?」
「大丈夫。俺も解ってないから」
「あの、それは何一つ大丈夫ではないのでは?」
「やっぱ一回しっかり休むぞ、レオ」
「大袈裟だよ。今はもう頭痛も消えたし、また此処が行き止まりに戻ったら怖いから先へ進もう」
こうしている間にもユニが危険に晒されている。そう思うと到底また休む気にはなれなかった。
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