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新たな脅威⑩
しおりを挟む一方その頃、草原では。
残された者を嘲笑うように冷たい風が吹き抜けた。
今何が起きたのか。予想だにしない出来事に皆が動きを止め、二人のいた場所だけを視界に入れる。
そこでは風に煽られた薬瓶が倒れ、中の液体をちゃぷちゃぷと揺らす。
レオは虚空に伸ばした手を下へ振り、現場から背を向ける。
「これはどういう事だ!」
恫喝に近い叫びだった。
剣を抜き、そして問うた顔は悪鬼の如く歪んでいる。
返答次第では殺す。
そう言わんばかりの殺気を先導した牙狼の面々に向けていた。
他のメンバーもそれを止めない。
それどころか各々が得物に手を掛け、不測の事態にも対応できるよう慎重に距離を取る。
牙狼の男達は答えない。
顔を伏せたまま、ただそこに佇んでいる。
「どうやら身体に訊いた方が良さそうだな」
「同感ダ」
ラムとグノーが一歩前に踏み込んだその時、男達が面を上げる。
「ゲキャ。ゲッゲッゲッ!」
「!?」
突如笑い出した男達の姿が変わる。
それなりに見れた顔面は鈍器で殴打されたように膨れ上がり、右眼は潰れて、硝子体がどろりと零れている。
汚れていた鎧は砂のように消え去り、その下の皮膚は裂けて、真っ赤な肉を見えていた。
動く死体。
全員の脳に不死者の単語が過った。
「な、なんでアンデッドが……」
驚愕したルディが僅かに蹌踉めく。
そして仁王立ちしていた一体がぎくしゃくと動き出し、ルディへと襲い掛かろうとする。しかしそれよりも早く、オズの剣が振り払われた。
気味の悪い頭部が宙を舞い、軈て地面に転がった。返す刀で残った胴体も切り裂く。
それを皮切りに残りのアンデッドもそれぞれに向かっていった。
生者VS死者。
激闘が繰り広げられると思いきや、勝敗は呆気なく決した。
それもその筈。
元来、アンデッドは夜に活動する。
今はほぼ真昼。
自らハンデを背負うどころか、弱体化して襲い掛かってくるのだから並の冒険者以上であるレオ達が手こずるなんてわけがない。
「そうだ、ユニさん!」
慌てた様子で辺りを見渡すルディ。だがその姿にレオが無駄だと一喝し、拳を握る。
「あの時、奴はユニに対して捕まえたと言った。最初から何らかの目的でユニを連れ去った可能性が高い」
「なんでユニさんを」
「そんな事、俺が一番知りたいよ!」
がしゃんと武器を投げつける音が嫌に響く。
「落ち着け、レオ」
「っ。落ち着けるわけがないだろ! 判ってるのか!? ユニが攫われたんだぞ。俺の、俺の目の前で! ダンジョンの時だってそうだ! 守るって言いながら俺はユニを守れた試しがない! クソッ!!」
「レオ……」
「何時だってそうだ。俺は誰も守れない。ユニももしかしたら今頃殺」
「いい加減にしろッ!」
ラムの拳がレオの顔に入った。
バキリと良い音が鳴り、殴られたレオが地面に腰をつける。
「なっ、にするんだ!」
「うるせえ! いいか。よく訊け、レオ。ユニは攫われた。攫うってのは古今東西、対象に何らかの理由、もしくは利用価値があるからだ。つまり裏を返しゃ直ぐに殺される心配はねえ!」
「殺され……ない?」
「そうだ!」
レオの瞳に光が戻る。
「お前が今すべき事は何だ! そこで嘆いて自棄になる事か?」
「……助ける。ユニを助けに行く!」
「そうだ!」
それを眺めていたグノーが呟く。
「全ク。世話が焼けるリーダーダ」
「あ、あの本当に大丈夫なんですか」
「多分ナ」
自身の杖を握りしめたルディが不安げな表情で見上げる。
「じゃあもしかしたら……」
「その可能性も正直なくはなイ。だがこのアンデッドを操っている者は間違いなく知性があル」
「そりゃあそうですけど」
「……それとこれは一般には知られていないが、知性のある魔物が後衛を狙うのは陣形の崩壊を狙ってだけではなイ。魔物の魔気と呪術師の力は相反しているが奴等にとっては馳走ダ。オレの知る中では攫った後衛の腹に魔気を注ぎ、その呪術師が異物を排除しようと精霊力を展開するを待って喰らう奴も存在すル」
「ヒッ。でもだったらなんで」
自分ではないのか。
そう言いたげな彼の口に、グノーは 人差し指を突き付ける。
「これはあくまで個人的な予想だが……敵は実力ある術者ダ。にも関わらず配下の不利を押しても此方を誘き出した。それは恐らくそうしなければならない理由があるからダ。そして何よりオレなら一番手を出しやすい個体を捕まえて、更にデカい餌も狙ウ」
「じゃあラムさんも」
「そうダ」
「ならっ! ……、」
でもそれは果たして喜んでいい事なのか。ルディは疑問に思ったが口に出す事はしなかった。
「? どうかしましたか。ロキさん」
「ああ、すみません。皆さん。もしかしたらですがユニさんの攫われた場所が解るかもしれません」
「はぁ!?」
六人分の声が綺麗にハモった。
ファニージャ洞窟入口前。
魔物が顎を開いたように暗いそこを前に一行は並ぶ。
その中でロキだけがその場に屈み、弄るように床に触れる。
「……おい」
「はい」
「何時までそうやってるつもりだよ」
痺れを切らしたようにオズが言うが、当の本人は平然としたまま撫でる作業を続け、軈て――。
「あぁ、開きましたよ」
鈍い起動音が鳴り、手の下からかつて大森林ダンジョンで目にした魔法陣と似たものが現れ出でる。
違うのは色。鮮やかな赤の円が、緩慢な速度で回転する。
「これは帰還の魔法陣、ですか?」
「いいえ。転送の魔法陣ですよ。これに乗ると対になる場所に行けます」
「……なんでそんな事が解る」
「それは」
「それは?」
「秘密です」
無表情そのままに、ポーズだけは明るく振る舞う。
なんともミスマッチなそれに全員の空気が白けた。
「? こういう時はこうすると良いと聞きましたが違いました?」
「誰に聞いたんだよ」
「支部長です」
「あんっっっの熊野郎!!」
「……オズ。取り敢えず皆、進もう」
真剣な面持ちのレオが声をあげる。他のメンバーもそれに同意と頷いた。
足を乗せると、魔法陣が一層輝く。
そして視界が、ぶれる。
「っ、」
「ついた、のか?」
視界の先は薄暗い洞窟、というより蟻の巣のような場所だった。
ほぼ全員の体が強張る。
まるで蛇に睨まれた蛙のような心境だった。
「誰かと思えばテメェ等か」
「誰だっ!」
「誰だとは心外じゃねぇか」
牙狼のリーダーに似た声とともに、正面にあの赤いのっぺらぼうが現れる。
「何者ダ!?」
「はぁ? まだ気が付かねえのかよ。俺だよ俺」
そう言うと、のっぺらぼうの顔があのリーダーのものに変化する。
「ッ。ユニは、ユニを何処へやった!」
男の顔が醜悪に染まる。
「あぁ、ユニちゃんか。アイツならあの御方に献上したぜ。今頃あんあん啼かされてんじゃねえの?」
「なっ」
「貴様っ!」
「おー、こわっ」
そう言いながら男は笑う。
「失礼。あの御方とは誰ですか?」
「あ? んな事言うかよバーカ。つーかよ、どうやってここに入ってきた」
「さてどうやってでしょうね?」
ロキの意趣返しに、男の額に青筋が浮き出る。
「待テ。外のアンデッドはお前がやったのカ?」
「あ? だったらどうだってんだ」
「何も思わないのカ?」
「……さぁな。ま、来たもんはしゃあねえ。予定とは違うが相手してやるよ」
「おい、まだ訊きてえ事が」
男が右手を上に突き上げる。
すると辺り一面に赤いのっぺらぼうが形成された。
「まずはこんなとこだな」
「チッ」
「良~い顔じゃねえか。ケケッ。ああ、そうだ。コイツ等全部倒せたら、さっきの質問に答えてやってもいいぜ」
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