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新たな脅威⑧
しおりを挟むそれから近場での狩りを終え、休憩を挟もうとしたとき、男の声がかかる。
「ちょっとすまねぇ」
「……なんダ」
一番近くだったグノーが怪訝そうに答えた。追うように視線を向けた先にいたのは、以前俺達に絡んできた牙狼の冒険者だった。
またかよ、と内心で辟易としながら見守っていると彼等の人数が少ない事に気付く。リーダーと思しき男の姿がない。
「お前等に頼むのも正直癪なんだけどよ」
「じゃあ頼むナ」
「まっ、待ってくれ」
一行のサブリーダーらしき男が引き留める。あの日、目にした傷のない金属製の鎧をどういう訳かところどころ破損させた状態の男だ。
よく見れば他のメンバーも同じで、冒険者としての勘が良くない物を告げているが、情報を得る為、俺達は奴等の次の言葉を待った。
一陣の風が吹き抜ける。
男がゆっくりと口を開いた。
「実はリーダーが負傷して動けねぇんだ。悪いが手を貸しちゃくれねえか」
その言葉を聞いて、俺達は全員顔を見合わせる。
そして直ぐ集まった。彼等に背を向け、会議を行う。
「どうする?」
「正直助ける義理はねぇと思うけど、断って因縁つけられるのもなぁ」
「僕はどっちでもいいです」
「右に同じ」
「取り敢えず経緯だけ聞いてみればいいんじゃない?」
俺の意見が通り、牙狼の面々とその場に座る。
男達の表情は暗く、疲労が強いのか、肌も土気色に染まり、瞳も何処か濁っていた。
よほど酷い目に合ったのだろう。
そして命からがら逃げたのか、彼等から強い土の香りが漂ってくる。
「一体何があったんだ」
「ファニージャ洞窟の魔物にやられた」
代表として先程の男が声を出す。
「新種の魔物か!?」
全員に緊張が走った。
各々が武器に手を掛け、いつでも戦闘態勢に入れるよう座り方も変える。
「いや違う。俺達を襲ったのは蝙蝠、デュアルバットだ」
耳にした途端、ラムが舌を打つ。
デュアルバット。
確か一つの体に頭を二つ持つ大型の蝙蝠だ。生態はほぼ前世の蝙蝠に近く、日の光の届かない洞窟を根城とする。ただ主食は昆虫などではなく、小動物や人間という大変危険な存在だ。
攻撃手段は二つの頭より発する怪音波にて獲物の平衡感覚を狂わせ、配下の蝙蝠に吸血させ、弱体化したところを喰らう、極めて冒険者と相性の悪い相手である。
「お前等のリーダーは其奴にやられたのか」
「……あぁ。あんまり数が多くてな。荷物を置いて撤退したんだが、途中こいつを庇ったリーダーが深手を負っちまった」
「それで助けて欲しいト?」
「チッ。面倒臭ぇ」
「そう言うな。オズ」
心底渋面を作るオズを、レオが諫めた。冒険者の繋がりは狭い。もし仮に此処で彼等を見捨てた場合、それはあっという間に広まる。
するとどうなるか。
支部からの評価は勿論の事、同業からの信頼、或いは自分達が同じ立場に立った時、手を差し伸べて貰えない可能性が出てくるのだ。
つまり余程の格上相手でない限り、断れない。そして残念な事に俺達はそこそこデュアルバットを狩った経験があった。
「少し準備に時間はかかるが、それでもいいかい」
「構わねえ」
「分かった。君達のリーダーは何処に?」
「洞窟近くだ。たまたま手持ちにあった忌避剤を撒いて最低限の止血はしてきた」
ルディが軽く手を上げる。
「あの、単純に疑問なんですけど、どうして一人くらいリーダーさんの所に残らなかったんですか?」
「これを見れば分かる」
そう言うと男達は武器を抜いた。
どれもこれも途中で折れ、武器としててんで役に立たないガラクタだ。
確かにこれなら残っても意味がないだろう。荷物もないなら彼等の行動にも納得がいく。
「あ、すみません」
「構わねえ」
「オレからも質問いいカ。お前達はずっとファニージャ洞窟にいたのカ」
「そうだ。なんかあったのか」
半数が道具を整理する中、グノーは彼等に新種の魔物について説明した。
「……んな事が。だがこっちはそれらしいもんは見てねえ。洞窟も異常なくれぇバットが大繁殖していただけだ」
「そうカ。回復薬はいるカ?」
「いや、リーダーの為に残しておいてくれや」
「そんなに酷いのか?」
「ああ」
ぼそりと呟いた声は重く暗い。
柄の悪い輩だったが、仲間には慕われていたのだろう。
その空気を払拭するように上げたグノーの声は当然、明るい。
「まあ憎まれっ子、世に憚るダ。奴ならそう簡単に逝くとは思えんがナ」
そんなやり取りをしている間に荷造りを終えた面々が彼等の元へ集う。
「よし、じゃあ出発しようか」
その少し前。
漆黒の闇の中、赤い何かが洞窟内を進んでいた。
装備も防具もない上半身に動かない下肢で進む物体、人の形を取りながら凡そ人の行動でないそれは昨今巷を騒がせている新種の魔物だった。
魔物は灯りのない洞窟内を迷うことなく、奥へ奥へと歩いていく。
軈て僅かに光のある最深部に到達する。それは立ち止まり、王に傅くように膝を折る。
その先にいるのは若い男だ。
年齢は二十代から三十代程度。
顔立ちは酷く整ってはいるが、それは爬虫類じみた生理的嫌悪感を催す。美しいのに気持ち悪い、相反する二つを同居させた人物だ。
「ああ、戻ったか」
男はどうでもよさそうに言いながらウェーブのついた白髪を掻き上げ、石の玉座にて足を組む。
最深部には他には何もなく、王の前にしては酷く簡素な見た目であった。
赤い魔物は何もない面を上げて、彼に向けて差し出すように両手を出す。
「お受け取りください」
ざあぁと音が鳴り、両手の上、何もなかった空間に濁った赤い球体が現れ出でる。そして一拍、球体はふよふよと浮かびながら、ゆっくりと男の元へ近寄る。
「悪くはない」
自身の目の前のそれを眺めた男が、手を伸ばして掴むと、菓子でも放るように口の中に入れた。
ぐにぐにと音を鳴らして咀嚼し、軈て胃の中にそれを納める。
明らかに異様な光景だった。だがそれに誰一人異を唱える者はいない。
「……ふむ。褒めてつかわす」
「有り難き幸せ」
瞬間、魔物の顔が人の物になる。
それはとても柄の悪い、牙狼のリーダーであった。彼は心酔の表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「今後も我が主、ヘルブリン様に忠誠を誓います」
「当たり前だ」
「他にも何か御座いましたら何なりとこの愚鈍なる身にお申し付け下さい」
「ならばその顔をしまえ。気分が悪い」
「も、申し訳ありません」
男の顔がまたのっぺらぼうに戻る。
次いで全身を小刻みに揺らしていた。歓喜に震えてではない。間違いなく恐怖に震えていた。
「そう怯えずとも良い」
「ハハァ!」
「……そうだな。腹は満たされたが、変わり映えのないここは退屈だ。何か余興を用意せい」
「余興、に御座いますか」
「そうだ」
「畏れながら愚鈍なるこの身ではヘルブリン様がご満足頂けるような余興をご用意出来るか」
「其方は本当に使えぬな」
「もっ、申し訳ありません」
平伏した配下にヘルブリンは、溜め息を溢す。そして数秒、悪戯を思いついたように唇を醜悪に歪ませる。
「其方の記憶に執着していた者達がいたな」
「執着……疾風迅雷でございますか」
「名などどうでもよい。その者達を連れて参り、殺し合いをせよ。演出は其方に任せる」
「奴等をにございますか?」
「……我の命令が不服か」
「い、いえ。決してそのような事は。直ぐに連れて参りますので今暫くお待ちを!」
男は床に染みいるようにその場から直ぐに消える。一人取り残されたヘルブリンは喉の奥を鳴らす。
「ククッ。人間と元人間の殺し合い。何年ぶりだろうな」
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