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新たな脅威⑥
しおりを挟むパチパチと火の粉が爆ぜる。
背にした夕陽と同じ竃の上、鍋に浸したお玉を回す。
中身は野菜と肉のトマトスープだ。
具の入ったそれが鍋の中で、ぐるりと回転する。次いで取り出した小皿にそれをよそい、口に含む。
まったりとしたトマトと肉、野菜の旨みが舌に広がる。
「ん~?」
眉間に縦皺を一つ増やす。
悪くはないが、一味足りない。
手持ちのどれを足すべきか、思考を巡らせる俺の横にレオが並ぶ。
「どうかした?」
「いや、なんか味が決まらないんだよね。ぼやけてるっていうか」
「どれ」
小皿に残ったスープにレオが口をつける。
「このままでも凄く美味しいよ。あ、でも胡椒入れると少し締まるんじゃないかな」
「それだ!」
沸騰したスープに胡椒を振る。その後、軽くかき混ぜて味をみれば、納得のいくトマトスープが完成した。
「ん。これでオーケー」
「なら俺は食器の用意するね」
「ありがと」
あの支部長室寝落ち騒動から現在、オズとルディ、そして何故かロキを加えた俺達一行は皇都外にいた。
経緯はよく解らないものの、レオ達が支部長を説得したらしく、皇都外の近くに待機するなら俺を置いて行かなくてよくなったそうだ。
よって今日はほど近い場所で大森林攻略パーティー全員でキャンプを行っている。
因みに俺が爆睡した原因のあの紅茶だが、眠剤の類は含まれておらず、単なる支部長ご愛飲のリラックス効果の高いハーブティーだったそうだ。
で、なんで爆睡したか。
曰く俺の体質がそれに酷く反応したとのこと。解りやすくいえば市販薬の副作用のような物らしい。取り敢えずその詫びとして、以前選択しなかったあの毒(小)付与の呪文書を貰い、俺達は外に出たのだそうだ。
「うわぁ、すっごく良い匂いですね」
俺とレオの間にルディが、ひょっこりと顔を出す。
「ユニさん。僕も一口食べたいです」
「……ルディ。これから直ぐ夕食だから我慢しなよ」
「どうしても駄目ですか?」
レオの忠告を無視したルディが、俺を見上げる。うるうると瞬く瞳。
ご飯を強請る小動物のようなその愛らしさに、心の天秤が傾く。
「一口だけだよ」
「やったぁ! ユニさん、大好き」
「ユニ。少し彼を甘やかしすぎじゃないかな?」
「え、そうかな」
「そうだよ」
「レオさんが厳しすぎるんですよ。あ、美味しい!」
小皿に手に満面のルディと、唇を尖らせるレオ。
ずっと思っていたけど、どうやらこの二人はあまり相性が宜しくないみたいだ。色々ありすぎて後回しにしていたけれど、彼等は本当に恋仲になれるのだろうか。
「ユニが作ったんだから美味しいのは当たり前だよ」
「そういう言い方よくないですよ」
今も尚、火花を散らしている。
仲良しの対極を地で行く二人に、俺は苦笑いするしかない。
そんな時だった。
脳内に雷の如き天啓が舞い降りる。
もしかしたら彼等は不仲から始まる、喧嘩っプルではなかろうか、と。
「なるほど」
そう考えればしっくりくる。
その過程で俺ことユニは当て馬になるのだろう。
「どうかした、ユニ?」
「あ、ううん。二人は本当は仲良しさんだなって思ってただけ」
「「仲良くない!」」
息ピッタリだ。
きっとこうやって口論を重ねる度に彼等の距離はもっともっと縮まっていく。そして近い未来、俺は彼等の当て馬になるのかもしれない。
そう物思いに耽ると、俺の中のユニが悲しいとばかりに胸を締めつける。
「(早めに脱退計画進めないと)」
「おい、テメエ等。なに大声でくっちゃべってんだ。飯の支度は出来たのかよ!!」
後方でオズが怒鳴る。
そういえばコイツも忘れていた。
あの新種らしき魔物が出現する前、確かに星夜だった彼が何時の間にかオズに戻っていた。
消えたのか、そうでないのか。
知りたい気持ちと知りたくない気持ちが鬩ぎ合う。
「あ゛。なにガン飛ばしてんだ」
「……何でもない」
「なんでもねえならジロジロ見てんじゃねえよ。うざってえ」
「どうも悪ぅございました」
「おう。悪いわ」
「チッ」
ただ一つ言える事は、星夜とは別ベクトルで俺はコイツが嫌いだという事だ。
夕食後。
夜の見張りと順番は、籤引きで決定した。最初にラムとグノー、ロキとルディ、俺とレオ、オズだ。
若干作為的な物を感じたが、作成したグノー曰く不正は一切ないらしい。
各自、武器の手入れなり、翌日の支度なり、思い思いに過ごすと、軈て自らで建てたテントの中へ消えていく。
明日の朝食の支度を終えた俺も、先に横になっていたレオの元へ向かい、彼に背中を預ける形で横になる。
レオの大きな手が俺の腰に回る。
だがそこに恋愛的なものはなく、何時の頃からか始まった狭いが故の最適行動だ。すっかり順応し、ときめきも覚えなくなった行為に俺はゆっくりと目を瞑る。
二人分の息遣い。その心地良さに俺の意識は微睡んでいく。
「ユニ、起きてる?」
「ん。おきてるよ」
「苦しくない?」
「だいじょうぶ」
「今日のスープ美味しかったね」
「レオのアドバイスのおかげ」
「だったら嬉しいかなぁ」
「ん~」
「あ、もしかして眠い?」
「ちょっと。あんなにねたのに」
「まだ紅茶の成分が残ってるのかもしれないね」
「おそろしい紅茶」
「ハハッ。次回は飲まないようにしないと駄目だね」
「ぜったいのまない」
笑いとともに伝わる振動がとても気持ちいい。軈て夢の世界に脛辺りまで浸かり始めた頃、レオが意を決したのと思い出したかのように口を開く。
「あ、あのさ。これは知り合いの話なんだけど聞いてもらってもいいかな」
「いいよ~」
「その知り合いがさ、最近、ある人を特別可愛く見えたり、自然と目で追ってしまったり、その人の隣に誰かがいて話してるだけで嫌な気持ちになるみたいなんだけど誰もそれについて教えてくれなくて困ってる、らしいんだ」
「レオもわからないの?」
「う、うん。俺そういうの疎くて。どう言っていいか解らないんだ」
ぼんやりとする視界で、『あぁ、これはルディの事をいっているのだな』と察した。同時に順調に物語が進んでいるのだという喜びと一抹の寂しさが胸に去来する。
「たぶんね、そのひとは恋をしてるんだよ」
「恋?」
「うん、恋。そのしりあいさんは、きっとその人を自分だけの物にしたい。自分だけ見てほしいって思ってるんじゃないかな」
「そう、そうなんだ!……あ、いやそう言ってたかな」
「ん。じゃあその知り合いさんには、その人に優しくしてあげないとダメだよってつたえて」
「わっ、判った」
「あとね、ちゃんと好きって態度に出して、口にしないとダメ」
そろそろ眠気が限界値に達する。
「ふわぁ。ごめん、そろそろ寝るね」
「あ、うん。ありがとう。お休み」
「おやすみぃ」
それを最後に俺は完全に意識を閉ざした。背中でレオが何か呟いていたようだったが、残念ながらそれは聞き取れなかった。
「好き……俺がユニを、好き?」
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