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新たな脅威⑤
しおりを挟む暑くもないのに汗が流れる。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
いま、かれは、なんといった?
俺を置いていけ?
何故? どうして?
答えの出ない疑問が脳内を絶えず反芻し、心臓の鼓動が酷く騒がしい。
一番早くに回復したルディが一番に身を乗り出す。
「な、なんでユニさんだけなんです!?」
「……ふざけてはいないんだな。シブマス」
ルディは困惑、ラムは苛立ち。
それぞれの声に感情が乗る。
あの惨劇から二刻半、支部長室に通された俺達はラムの予想通り、聴取と宣告を受けた。
頭を搔き終えたシブマスは、懐の葉巻を取り出して火をつける。煙草特有の嫌な臭いが漂い、白い煙がふーと空へ昇っていく。
「残念ながらな」
「……理由は」
「謎解き要員だ」
「まさかまた!?」
「いや現時点ではまだだ」
熊とヴァイキングが睨み合う。
だが先に表情を緩めたのは、ラムだった。
「であれば此方も話しがある」
「と、いう訳ダ。ユニ、ルディ、オズ。一旦オレ達は外に出るゾ」
反論する間もなく、グノーに引っ張られて廊下に出る。
「ちょっ、グノーさん。僕達は兎も角、何でユニさんまで。ってユニさん、大丈夫ですか。真っ青ですよ!」
「いや、その不細工さは大丈夫じゃねーだろ」
「オズ」
「チッ」
小刻みに揺れる俺の指に、ルディの滑らかな手が重なる。子供体温なのか、その温かさに少しだけ安堵した。
「ルディ君の手、温かいね」
「あ、僕、昔から体温高くて。それよりユニさんの手凄く冷たいですよ。寒いんですか!?」
「そういう訳じゃないよ。最近たまに冷たくなったりしてて」
「ええ!? もしかして病気じゃ」
「ううん。多分疲れからくるものだから問題ないよ」
気付けば震えは止まっていた。
「あ、ルディ君。もう手は」
「駄目です。手足の冷えは万病の元ですので温まるまでこのままです」
「ははっ。なにそれ」
少しして扉が開き、ラムが顔を現す。
「待たせたな。入っていいぜ」
「ラム。話しは」
「その件も含めて話す」
そう言われてしまえば従う他ない。
再度、室内に足を踏み入れると、難しい顔をした支部長が視界に入る。
もしかしたら彼等の説得が成功したか譲歩を引き出せたのかもしれない。
不謹慎ながら期待に胸が膨らんだ。
「あの、」
「すまん。話しをする前に茶を一杯飲ませてくれ。ロキ」
「畏まりました」
室内にてずっと控えていたロキが姿を消して五分ほど、全員分の茶を携帯して戻ってくる。
「どうぞ」
「あ、りがとうございます」
上等なカップだ。湯気の立った赤いお湯が、ゆらゆらと揺れている。
一口飲めば、甘い香りとともにベリーに似た味が口の中に広がった。
「あ。おいし……」
それを最後に俺の意識が、暗闇に落ちた。
『ここは……』
目覚めると俺は黒の中にいた。
仲間の姿はなく、誰の声も音も聞こえない全くの無音。
辛うじて自分の形は視認出来る。
さっきまで支部長室に居た筈なのに、一体どういう事だろう。
立ち上がって周囲を一瞥する。
前後左右、先のない闇一色だ。
通常であれば発狂してもおかしくないそこだが、今は不思議と恐怖は感じなかった。
取り敢えず頬をつねる。
『痛くない。……あ、これ現実じゃないんだ』
恐らくは明晰夢。
『もしかして一服盛られた? けどどうして?』
俺だけ? それとも全員?
けれど前者であれ後者であれ、そうする意味が解らない。
例え拗れたとしても支部には登録削除や罰則をつけて脅して無理矢理従わせる術もあるのだ。決して褒められた行為ではないが。
『だぁっ。駄目だ。判断材料が少なすぎてさっぱり解らねえ!』
頭皮を掻き毟っても、やはり痛覚はない。
『あー、クソッ。取り敢えず目を覚ます。話しはそれから!』
元来、明晰夢は夢のなかで思った通りに行動したり、内容を操ったりできると聞く。なので起きろと念じてみるが、一向にその気配はない。
『夢なんだから思い通りになれや!』
苛立ち混じりに床を蹴ったその時、硬かったそれが泥のように俺の足を絡め取る。
『ちょ、は!? マジかよ!』
どぷん、と嫌な音とともに身体が沈む。それに伴い、死んでいた触覚が復活する。
『気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!……ヒッ!』
忙しなく手足を動かしていた最中、何かの手が俺を掴んだ。ざらざらとした、何処かで覚えのある感触だ。
背中に嫌な汗が伝う。
恐る恐る首を傾け、絶叫した。
『ぎゃあぁああああ!』
顔のない木製の人形。
倒された筈のエビルトレントだ。
『やだやだやだ』
あの悍ましい行為がフラッシュバックし、俺は力の限り暴れた。
怖い。怖い。怖い。怖い。
拘束する木を引っ掻く手から血の臭いがするが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
『離して離して離してぇぇ!』
エビルトレントが俺を抱きしめる。
その時だった。
近付いた魔物から、陽だまりの匂いが香った。
『へ……』
『大丈夫。大丈夫だよ』
懐かしい声が聞こえてくる。
『――●●●?』
「う、」
「ユニ! 気が付いた?」
目を開けると、ぼやけたレオがいた。
「……レオ?」
「そう、そうだよ」
不明瞭な視界のまま、視点を横に移動すればレオの他に仲間達の姿を捉える。どうやら完全に夢から醒めたようだ。
「つーわけだ。シブマス。解ったろ」
「……あぁ」
ラムと支部長の声がするが、どうにも身体が怠くて上手く耳が働かない。
「何かあった、の?」
「大丈夫。大丈夫だよ」
「そうだゾ。ちょっと疲れが出ただけダ。少し眠っておケ」
「……寝たくない」
「あ゛、ぐたぐた言ってねーで寝ろ」
「やだ。怖い夢みたく、ない」
また強い眠気がやってくる。
同時にレオの顔が近付き、額に柔らかなものが触れた。
「怖い夢を見ないお呪い。これで大丈夫だよ」
「ほん、とう?」
「うん。俺が起きるまで傍にいるよ」
お呪いの効果なのか。あの粘り着くような恐怖が嘘のように霧散する。
もう大丈夫。
俺はまたゆっくりと目を閉じた。
「で、どうするよ。シブマス? これを見てもまだ俺達、いやユニをレオから引き剥がすか?」
悪人面を更に凄ませたラムが問う。
反対に支部長は頭が痛いとばかりに片手で顔半分を覆った。
「その前にこの状態は攻略後からずっとなのか」
「いや、最近は魘される程度だったようだが、ここまでは久しぶりダ」
「最初はもっと凄かったですよ」
ルディが泣き出しそうな表情で、杖を握る。
「なのに僕の方が辛い想いをしたからってたくさんたくさん気を遣ってくれる優しい人なんです」
「今のユニにゃ、レオは精神安定剤だ。無理にでも引き剥がしてなんかあったその時は……判ってるよな?」
数秒の沈黙。
そして、肺腑の中の空気を吐ききるように支部長は息を吐いた。
「わぁったよ。坊主はお前等の元に返す。けど、いつでも連絡がつくよう街の近くにはいてくれ」
「やった!」
「……どうでもいいけどよ。なんでソイツを手元に置こうとしてやがったんだ?」
「あ、僕も知りたいです!」
オズの疑問に、ルディも同意を示す。
「……はぁ。ま、いっか。あの下で現れた魔物いるだろ。あれからウチのロキが、ダンジョンボスの気配を感じたっつったんだ」
「はぁっ!?」
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